人事が牽引する「経営戦略と人材戦略の連動」と実現に向けた5つのアイデア

2025年12月16日

経営コンサルティング部

佐藤 修平

ナレッジ・オピニオン

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はじめに

人的資本経営の実現において頭を悩ませる課題として、「3つの視点・5つの共通要素*1」の1つである「経営戦略と人材戦略の連動」があげられる。言葉からは、「まずは(確立された)経営戦略があり、それに連動するかたちで人材戦略が形成される」という一方的かつ主従のような関係が連想されるが*2、果たしてそうだろうか。本稿では、経営戦略と人材戦略の関係性を整理するとともに、人事が牽引していくためのアイデアを提案したい。

経営戦略は一方的に人材マネジメントをリードしない

企業支援の現場では、「人材戦略を立てようにも、経営戦略が抽象的で策定できない」「そもそも当社には人材戦略の前提となる経営戦略が定まってない」など、前工程経営戦略*3・後工程人材戦略*4を前提とした声を聞くことが多い。また、事業戦略の分類、多角化の度合い、プロダクトライフサイクル、ポーターの3つの基本戦略などのフレームワークによって最適な人材戦略パターンが存在するのではないか、と問い合わせ頂くこともしばしばある。

実は、前段内容において潜在化された前提である「戦略目的は利益の最大化」「トップが意思決定を行い部下が実行する」「合理的・意図的に形成・実施された経営戦略」を前工程とし、後工程である人材マネジメントとの関係性を考えることは「経営戦略と人材マネジメントのマッチングモデル*5」として多くの研究が行われてきた。結果、経営戦略と人材マネジメントの関係は複雑でさまざまな組織内外の要因によって影響を受けること、比較的シンプルな経営戦略のフレームワークでは複雑な人材マネジメントの分類ができないこと等を理由に、支持されていない*6。逆に、一部の研究では人材マネジメント部門や人材マネジメントの結果が経営戦略に影響を与えることが指摘されている*7

上記は、例えば責任者の配置を変えた結果、経営や事業の抜本的な変化が生じたなど、人事感覚としても経験があるのではないだろうか。つまり、経営戦略は一方的に人材マネジメントをリードしないのである。

求められるのは創発的な関係性

そもそも現代において、多くの企業における戦略目的は利益最大化だけではないだろう。意思決定においても、限定合理性*8の観点や様々な制約により、全てが合理的・意図的に行われるとは限らない。他にも、特に日本企業の場合、人的資本含む内部資源に焦点を当て、現在の状況をもとに将来を組み立てるフォアキャストのような経営戦略も多く散見される。昨今バックキャストが説かれているところではあるものの、実際にはフォアキャストとバックキャストを行ったり来たりしながら経営戦略を組み立てていることが実態だろう。

このような状況下において、「経営戦略と人材戦略の連動」というキーワードに対して人事に期待されるアクションはどのようなものだろうか。筆者が考えるに、人事は経営資源における人的資源(資本)のプロとして、経営戦略の策定プロセスそのものに人的側面から関与していくことだと考える。つまり、前工程経営戦略・後工程人材戦略ではなく、大枠としての経営や事業の方向性を土台とし、創発的なやり取りを通じて経営戦略と人材戦略をともに昇華させていくことが、「経営戦略と人材戦略の連動」ではないだろうか。

実際に、市況よりも業績が良い企業と悪い企業を比べると、経営戦略の意思決定に関する人事部門の関与度合いや、各事業部門のビジネスパートナー(部門戦略を人事として実現する役割)機能度について、前者の方が関与・機能しているという調査結果も出ている*9。この結果をもって一概には言えないものの、検討に値する方向感と言えよう。

5つのアイデア

では、創発的なやり取りを通じて経営戦略と人材戦略をともに昇華させていくためには、人事としてどのような取り組みが必要だろうか。企業の組織人事支援を生業とするコンサルタントとしての経験則より、5つのアイデアと踏み出すための小さな一歩を提案したい。

① まずは、意思表明と行動

② 経営と事業に対する理解

③ 「人的資本の可視化」の先を見据える

④ あえてのアナログも一手

⑤ 行動するための余力を創造する

①まずは、意思表明と行動

戦略人事に取り組んでいない上位の理由として、「経営が戦略人事を求めていない」「何をすればよいかわからない」「人事部門が実践しようとしてない」があげられている*10。経営の要請が無い場合は致し方がない面もあるかもしれないが、ただ経営戦略の策定結果を待つのではなく、まずは意思を表明し、行動してみてはいかがだろうか。行動はすべての成功の基本的鍵である。

具体的に踏み出すための小さな一歩(例)

  • 次年度部門方針として人材戦略・戦略人事を取り上げるか否か、上長に相談してみる。
  • 経営企画や中期経営計画策定等の会議体に参加し、人事面から意見を述べてみる。
  • 人事に対する期待値について、役員に話を聞いてみる。

②経営と事業に対する理解

戦略人事が機能していない原因の1つとして、「人事部門における経営視点の欠如」があげられている*11。人事に求められる専門知識が日々高度化していることは十分理解しているが、サイロ化・タコつぼ化は起きてないだろうか。人的資本を活用して経営を発展させる視点は抜けていないだろうか。重要なのは木ではなく森である。

具体的に踏み出すための小さな一歩(例)

  • 人事部門内で中期経営計画や統合報告書を読み合わせてみる。
  • 事業部門から講師を招き、自社事業に関する勉強会を開いてみる。
  • 自分たちでサイロ化・タコつぼ化の度合いをチェックしてみる。

③「人的資本の可視化」の先を見据える

多くの会社で人事データの整備が進められているが、人的資本の可視化はゴールではない。重要な点は、データとこれまで培った勘・経験を総動員し、人材戦略の仮説を立案し、経営と対話し、研ぎ澄ませていくことである。手段と目的を履き違えてはいけない。

具体的に踏み出すための小さな一歩(例)

  • 集めたデータをもとに、ざっくばらんな意見交換会を開催してみる。
  • 自社における人的資本の強み/弱みを整理し、経営・事業への活用を考えてみる。
  • 「フリートーク」を前提に、経営へ仮説・意見をぶつけてみる。

④あえてのアナログも一手

最終的に人事施策の多くは従業員の行動変容を目的としている。よって、たとえ理論的に正しい・ロジックが通っている立派な施策が導き出されても、従業員が理解し、腹落ちしないと効果的とは言えない。現場を理解するためにも、サーベイに頼り切るのではなく、現場に足を運んで、対話してみてはいかがだろうか。経営は生情報に触れる機会が少ないため、きっと役に立つ貴重な情報が得られるだろう。現場の情報を直接掴むことを怠ってはならない。

具体的に踏み出すための小さな一歩(例)

  • 同期や仲の良い他部署社員に話を聞いてみる。
  • 〇歳以下、〇等級といった層に絞って社員ヒアリングを企画してみる。

⑤行動するための余力を創造する

現在、多くの人事部門が管理業務に追われており、余力が無い状態となっている*12
やや遠回りに感じられるかもしれないが、①②③④に取り組むため、まずは既存業務の効率化*13を考えてみてはいかがだろうか。高く飛びたいなら、しゃがむ必要がある。

具体的に踏み出すための小さな一歩(例)

  • 「やめる施策を決める」アイデアを募ってみる。
  • 活用実態に乏しい社員向けのサービスや、人事部内業務を洗い出してみる。

おわりに

本稿では、「経営戦略と人材戦略の連動」について、経営戦略は一方的に人材マネジメントをリードせず、創発的な関係が望まれる点を指摘し、取り組みに対する5のアイデアを提案した。各社悩みが深い部分もあるかもしれないが、外部知見も活用しながら、ぜひ取り組みを進めてほしい。

  1. *1
    経済産業省(2020)「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(人材版伊藤レポート)」
    https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11670276/www.meti.go.jp/shingikai/economy/
    kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf(PDF/2,655KB)
  2. *2
    須田敏子(2025)『人事主導の人的資本経営の実現方法』労務行政
    「経営戦略と人材戦略」の関係性は、須田(2025)を参考に筆者経験則を加えるかたちでまとめている。
  3. *3
    本稿における経営戦略の定義は、ビジネス領域や組織構造を決定する企業戦略・全社戦略と、個別ビジネス領域における事業戦略を包含するものとする。
  4. *4
    本稿では、世間的なイメージや読みやすさを重視し、やや乱雑であるが人的資本経営における人材戦略とSHRM(戦略的人的資源管理)における人材マネジメントや戦略人事そのものを凡そ同義として扱っている。
  5. *5
    須田(2025)
    多角化の度合い・方法と人材マネジメントのマッチングモデルについてはFombrun(1984)、Porterの3つの基本戦略と人材マネジメントのマッチングモデルについてはSchuler & Jackson(1987)、プロダクトライフサイクルと人材マネジメントのマッチングモデルについてはKochan & Barocci(1985)、事業戦略の分類と人材マネジメントのマッチングモデルについてはMiles & Snow(1984)がモデルを作成している。
  6. *6
    須田(2025)
    Whittington(2001)の経営戦略論を用いたLegge(1995,2005)の研究含め、数多くの定量研究によって支持を得られない結果となっている。
  7. *7
    須田(2025)
    Hendry & Pettigrew (1992)は人材マネジメントが経営戦略や組織構造の変化をリードする実態が見えてきたと指摘している。
  8. *8
    人間が情報や時間、認知能力の制約の中で、完全な合理性を持たず、限られた範囲でしか合理的に行動できないこと。
  9. *9
    *10 *11 *12『日本の人事部』編集部(2025)『日本の人事部 人事白書2025』。
  10. *13
    効率化に向けた考え方の一つとして、ESCRの原則(排除、結合、組み換え、簡素化)があげられる。

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