はじめに ―社会的インパクト評価の意義
最近、企業のサステナビリティ開示の担当者からよく聞く悩みがある。それは「自社の情報開示が投資家から見た魅力の向上につながっているのかわからない」というものだ。TCFD提言やSSBJ基準に基づき、シングルマテリアリティ(自社財務への影響)に基づく情報開示に取り組むことは企業にとってもはや規定演技。重要な取組みではあるが、その結果、他社と同じようなリスク・機会等の開示に至ることになる。TCFD提言やSSBJ基準が企業を横並びで比較するための枠組みである以上、必然的な結果とも言えるが、開示担当者としてはこれでは自社の特徴、自社ならでは魅力が投資家には伝わらないと不安にもなろう。
こうした悩みを持つ開示担当者に対して、筆者が提案する処方箋の一つが「社会的インパクト評価」だ。社会的インパクト評価とは、自社の事業が社会・環境課題の解決にどのように貢献するのかを具体的に把握し、意思決定に活用する手法だ。解決を目指す社会・環境課題やアプローチは企業により異なる。それゆえこの手法を用いた開示には多様性が生まれ、自社らしさが表れやすい。規定演技と対比させるなら、自由演技と言えるだろう。
もちろん、「自社らしさ」があれば投資家から評価されるわけではない。サステナビリティ開示においても、成長性のような投資家へのリターンに直結する要素は重視される。興味深いのは「社会的インパクト評価」が、この点でも一定の効果を発揮することだ。“ポジティブな社会的インパクトを創出する事業は社会・環境課題の解決を機会として中長期的に大きく成長する”という考え方が存在し、一部のアクティブ投資家が既に企業のバリュエーションに活用しているのだ。実際、筆者がインタビューしたあるアクティブ投資家は、同じような事業計画を開示する複数の企業を評価する際に「社会的インパクト」を打ち出す企業について、潜在的な成長を期待したプレミアムを考慮しているという。「社会的インパクト評価」には、自社らしさを打ち出す効果だけでなく、一部の投資家に自社を魅力的な投資対象として認識してもらう効果も期待できることになる。
筆者は、「社会的インパクト評価」をより多くの企業に取り込んでいただきたいと考えている。本稿では、その第一歩として代表的なロジックモデルの作成を紹介したい。
社会的インパクト評価の第一歩=ロジックモデルの作成
まず、「社会的インパクト」と「社会的インパクト評価」の定義を確認したい。社会的インパクトに関する用語の定義は団体によって幾分の相違がある。本稿では、国内で広く用いられているGSG国内諮問委員会(現GSG Impact JAPAN National Partner)の定義*1を取り上げたい。GSG国内諮問委員会は、社会的インパクトとは「事業や活動の結果として生じた、社会的・環境的な変化や効果(短期、長期問わない)」と定義する。シングルマテリアリティ(自社財務への影響)評価では捉えきれない、社会・環境側の変化、と言い換えることもできるだろう。また、社会的インパクト評価は「インパクトを定量的・定性的に把握し、事業や活動について価値判断を加えること」としている。はじめから、必ずしも定量的な評価が必要となる訳ではなく、まずは定性的な評価でもよい点は押さえておきたい。
社会的インパクト評価を実施する上で非常に重要なのは、「事業を通じて何の社会的インパクトを創出するのか」という「意図」を明確にすることである。GSG国内諮問委員会は、「『偶発的に』起きたインパクトではなく、事業の主たる目的としてインパクトの創出」を推奨する立場をとる*2。換言すれば、「意図」を持って社会・環境にポジティブな変化をもたらそうとする企業が、意図した変化を起こせたかどうかを評価することが社会的インパクト評価ということになる。ならば、意図を持って行った自社の事業や活動が本当に意図した変化をもたらすのか、を論理的に示すことの重要性が理解されるだろう。この論理的な整理がなければ、社会的インパクトを評価しようとしても、さて何の変化を測ればよいのだろうか、と途方に暮れることになる。社会・環境側で生じた何らかの変化を見つけ出し、自社の事業・活動の結果だと後付けしても説得力は生まれないのだ。
この第一歩=意図を明確にした上で社会的インパクト創出への道筋を可視化する取組み、を実現するツールがロジックモデルだ。ロジックモデルは「事業が社会・環境に与える影響」を、筋道を立てて、論理的にわかりやすく表現するものである。ロジックモデルの作成こそが、社会的インパクト評価の一歩目と言ってよいだろう。
ロジックモデル作成のポイント
さて、そのロジックモデルも社会的インパクトに関する用語の定義と同様に団体によって様々な構成で表現されるものの基本的には(図1)のようなモデルで表現されることが多い。(図1)ロジックモデルのイメージ
図1 ロジックモデルのイメージ

出所:筆者作成
図1のモデルを読み解くと、「意図」が意図した「変化」に繋がっていく流れが可視化されていることがわかる。
(1)インプット:課題を解決するための事業に必要な資源
(2)活動:投入した資源からアウトプットを生み出す事業
(3)アウトプット:活動によって得られた製品・サービスの提供
(4)アウトカム:アウトプットが生み出す直接的・間接的・最終的な成果
(5)インパクト:アウトカムの積み重ねによって生まれる社会・環境の変化
(1)(2)(3)はこれから事業を開始するスタートアップでない限り、基本的には所与のものとして事業を行うための資源や事業の結果としての製品・サービスを当てはめればよく、わかりやすいだろう。(4)と(5)の検討にあたっては、まず最終的なゴールである(5)のインパクトから逆算して検討することが求められる。目指す社会的インパクトが明確であれば、その変化を起こすために(4)の“どのようなアウトカム”が“どのような順序で”必要となるかが見えてくるだろう。目指す社会的インパクトを明確化するためには、企業理念やマテリアリティを考慮すべきだ。企業理念やマテリアリティには「何の課題を解決するために事業を行うのか」が表れていることが多い。まさに「意図」がある社会的インパクトそのものだ。
こうした説明を行うと、事業が多岐にわたるコングロマリットの場合ロジックモデルの作成は難しいのではないかとの指摘を受けることがある。確かに、コングロマリットが擁する多様な事業はそれぞれが社会・環境に異なる影響を与えるため、想定されるアウトカムは無数に存在する。それらを全て書き出そうとすると、ロジックモデルが複雑化しすぎてしまうという懸念が生じる。その際、検討の拠り所になるのはやはり何の社会的インパクトを創出するのかという「意図」である。意図を念頭に置きつつ、社会的インパクトを創出するために各事業がどのステークホルダーに、どのような成果を与える必要があるのかを描き出せばロジックモデルが複雑化しすぎることが防げる。このように作成されたロジックモデルを用いることで企業が最終的に何を目指し、その実現のために自社はどのような活動を行い、社会に何を提供し、その結果としてどのような波及効果を狙っているのかをわかりやすく示すことができる。
また、単に目指す社会的インパクトの創出に向けた経路をわかりやすく示すだけでなく、ロジックモデルを眺めれば企業が目指す社会は何か?目指す社会を実現するために適切な事業活動を行っているか?活動の結果、本当に目指す社会を実現できるのか?が見えてくる。実現に向けた本気度も伝わってくる。先に紹介したアクティブ投資家は、ロジックモデルに「共感」できるかを重視すると語っていた。同じような経営計画を立てている同業他社と比べた時に、市場環境が悪化してもやり抜く気概の一端を、ロジックモデルから感じ取ろうとしていたのではないだろうか。
おわりに
本稿では特に事業を通じたポジティブインパクトにフォーカスしたが、実際にはネガティブなインパクトを起こしうる可能性もある点には留意が必要だ。作成したロジックモデルを改めて眺めてみた上で、ポジティブなものだけでなくネガティブなインパクトも想定される場合にはその対応策もあわせて検討する必要がある。
また、ロジックモデルはGSG国内諮問委員会の定義に照らすと、インパクトを「定性的に把握」する段階にある。事業を通じた社会課題解決を具体化し、さらに投資家の関心を引きつけるためにはインパクトを「定量的に把握」することも重要であり、インパクトKPIの設定や社会的インパクトと企業価値向上の関連性を検討することも欠かせない。ただし、定性的な把握なくして定量化や企業価値との結びつきを検討することは困難だ。そのため、まずは社会的インパクト評価の第一歩としてロジックモデルの作成を提案したい。
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*1GSG国内諮問委員会(現 GSG Impact JAPAN National Partner)『インパクト投資拡大に向けた提言書2019(修正版:2021年2月)』
impact_investment_report_2019.pdf(PDF/30,116KB) -
*2GSG国内諮問委員会(現 GSG Impact JAPAN National Partner)『インパクト企業の資本市場における情報開示及び対話のためのガイダンス(第1版)』
Impact-IPO_word_JPN_v1_FIX.pdf(PDF/9,518KB)
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