絶えない初任給引き上げ競争
今年も初任給引き上げ競争が続いている。昨年末から各社の初任給引き上げに関する報道が相次ぎ、大企業で30万円以上の初任給を提示している様子を見ても、もはや驚かない状況だ。
この絶えない競争のもと、企業は「自社の初任給水準で新卒社員が取れるのか?」「競合はどこまで初任給を引き上げられるのか?」と、新入社員以外の働き手は「自分の給与は新卒社員とこれだけしか給与が変わらないのか」「他社は給与を上げている中で今の会社で働き続けていいのだろうか」と不安を抱く様子が見られる。
初任給引き上げの正体
企業や働き手に不安をもたらしている初任給引き上げは何によって招かれているのか。以下の4つが挙げられる。
①ベースアップの初任給反映
②転勤前提の働き方への報酬増
③少子化に伴う若手労働者の希少性向上による賃金上昇
④後払い型賃金モデルの揺らぎ
それぞれどのようなものか見ていきたい。
①ベースアップの初任給反映
昨今の物価高、働き手の不足により、多くの企業でベースアップ(基本給の引き上げ)実施が進んでいる。これにより、既存社員だけでなく、新卒入社社員の給与である初任給にも反映されている。
②転勤前提の働き方への報酬増
転居転勤ができることを条件に初任給を高く設定する企業が増えている。その背景には働き手の意識の変化がある。まず、共働き世帯が増え、パートナーの仕事や生活を考えると転勤が難しいと感じる人が増えている。また、労働市場の流動化が加速している中で、「転勤を受け入れれば自身のキャリアアップが保証される」という考えから「いつまで所属するか分からない会社で転勤を受け入れるメリットがない」という考えに変わる人が増えている。これらにより企業にとって転勤を受け入れる人材の確保は年々難しくなっている。そこで、対策として企業は、転勤可能なことや転勤を受け入れたことに対する手当を手厚くしており、自ずと、転勤可能な新卒人材に対する初任給も高まっている。
③少子化に伴う若手労働者の希少性向上による賃金上昇
少子化により、新卒の母数が減っている。18歳人口は2005年には約137万人であったものが、2024年時点では約109万人にまで減少している(*1)。これにより、新卒社員の希少性が高まり、売り手市場となることが初任給引き上げを促している。
④後払い賃金モデルの揺らぎ
日本の雇用慣行の特徴の1つとして「後払い賃金」、すなわち「入社段階では職業能力が十分でない学生を低い賃金で雇って社内で育成し、長期勤続の末に、高い賃金が得られる」という仕組みが挙げられる。これにより、労働者の長期勤続意欲を促してきた。
図1:「後払い賃金」の賃金カーブイメージ
この「後払い賃金」を企業は崩さざるを得ない状況となっている。なぜなら、転職が一般化する中、また、企業寿命が短縮する中で、今後も働き続ける、続けられる保証がない(すなわち、高い処遇を得られる保証がない)企業で、あえて若い時期に低い処遇のもとで過ごす理由がなく、「後払い賃金」の企業が選ばれにくくなっているためだ。また、企業内の人員構成として、若手が少なくベテラン社員が多い、すなわち、生産性以上の賃金を受け取る層が厚くなり、人件費が経営を圧迫する状況にも陥っている。このことが「後払い賃金」の機能不全を招き、初任給引き上げをより強固なものとしている。
図2:「後払い賃金」見直しの動き
「初任給引き上げ」は、何が問題なのか?
ここまでの話を踏まえると、初任給引き上げは違和感を覚えにくく、むしろ適切な対応に見える。「①ベースアップの初任給反映」「②転勤前提の働き方への報酬増」は既存社員との公平性を保つために必要な措置であり、「③少子化に伴う若手労働者の希少性向上による賃金上昇」「④後払い賃金モデルの揺らぎ」は労働市場の動向を踏まえると必然的な対応とみられる。では、「初任給引き上げ」における問題とは、何なのだろうか。
1. <企業視点>若い労働力の希少性・生産性の過大評価
たしかに、若い労働力の希少性は高まっている。一方で、希少性を過度に踏まえた初任給水準を設定した結果、若手社員に期待できる生産性を上回る賃金となっていないだろうか。企業によっては、「新卒採用人数」をKPIとし、「新卒を採用すること」が目的化してしまった結果、全社の報酬バランスとの整合性を欠いた初任給額の設定が見られる。この結果、人件費配分のバランス悪化や既存社員のモチベーション低下を招いている。
図3:「若い労働力」を過大評価した賃金カーブイメージ
2. <新入社員視点>給与の高さに目が向き、仕事の適性が見えにくくなる
初任給を引き上げる企業体力は企業ごとに異なる。従来よりも企業間の初任給額の差が大きくなっている。これにより、求職者の目線が、職務内容や職場の雰囲気といった、仕事を選ぶ際の他の要素に向きにくくなり、結果、適社、適職への就職を阻害する可能性がある。
3. <中堅社員視点>賃金が“後払い”されない
中堅社員の立場に立った際、初任給引き上げはどのように映るだろうか。労働人口の構成を踏まえると「後払い賃金」の見直しは避けられないものの、初任給引き上げが「後払い賃金」の見直しをより強固にしているのも事実だろう。この「後払い賃金」の見直しが加速した際、中堅社員は、若手時代に行った「賃金を上回る生産」が「後払い」されなくなる。なぜなら、中堅社員がベテラン社員になる頃には、「後払い」型の賃金カーブではないからだ。中堅社員から見ると「会社に裏切られた」という印象を抱いてもおかしくないだろう。
図4:「後払い賃金」を途中で見直した場合の中堅社員の賃金カーブイメージ
「初任給引き上げ競争」とどう向き合うか
このような違和感を招くリスクのある初任給引き上げとどのように向き合うべきだろうか。
まず、企業は、「③少子化に伴う若手労働者の希少性向上による賃金上昇」「④後払い賃金モデルの揺らぎ」における初任給引き上げについて、どこまで対応すべきか一度立ち止まってみるべきだろう。もちろん新卒採用には、自社の方針に沿って育成し、長期的に勤続する可能性のある社員を確保できるという大きなメリットがある。一方で、今定めている初任給に見合った成果を期待できるか、また、定年延長、非正規社員の活用、再雇用制度の拡充など様々な人材確保手段や、リファラル採用、アルムナイ制度などの他の採用手段がある中で、本当に「新卒採用」に従来通りの期待をすべきか検討すべきだろう。
新卒の求職者においては、初任給が高まっている時世だからこそ、給与以外の面で、会社、仕事に何を期待すべきか判断することが重要だ。多くの企業では初任給水準で十分な生活保障を行っている。初任給を過度に意識することにより適社、適職を見失う機会損失は大きい。
中堅社員層については、初任給と自身の報酬を比べて一喜一憂せず、転勤可否など、どのような条件で初任給が設定されているのかを踏まえるべきだろう。また、初任給引き上げ、ならびに、「後払い賃金」の見直しがモチベーションの低下につながることは避けがたい一方で、「後払い賃金の見直し」に伴い、生産性と賃金の連動が高まるということは、生産性を高めている社員には十分な賃金が支給される仕組みであると言える。労働市場の動向に対して抗えないところも多くあるため、いまできる貢献や働き方と向き合い、自身のキャリアの棚卸やリスキリングに取り組むことを期待したい。
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