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1. はじめに
再生可能エネルギーの台頭等、電力ビジネスは新たな時代に突入している。恒常的に電力を利用する企業は、事業戦略の一環として、自らの電力調達の在り方や電力ビジネスとの関わり方について再考する必要がある。
本稿では、企業がこれらを検討するための参考として、電力分野において現在起きている事象、具体的には、電力システムを取り巻く現状、電力の分散化・再生可能エネルギーを中心とした次世代電力システムへの変遷、将来の電力ビジネス展望等について解説する。
2. 電力システムを取り巻く現状
まず俯瞰的な話として、我が国の将来の電力供給の在り方は、次の二つの方向性で進められている(図表1左側)。一つは、「送電プラットフォームの広域化・高度化」である。既存の大規模電源から送電するのみならず、再生可能エネルギー等の新たな大規模電源から需要地付近(配電変電所)に効率的に送電することを企図している。もう一つは、「配電プラットフォームの分散化・多層化」である。大規模電源のみならず、今後需要家や需要地付近で発電される「分散型電源」の導入を進め、効率的に電力システムの運用を行うためである。
前者の「送電プラットフォームの広域化・高度化」は、洋上風力等、我が国のカーボンニュートラルに向けた大規模な再生可能エネルギー電源の導入推進が計画されていることからも、重要な取り組みである。しかしながら、本稿では、より中長期的な視野での電力システムの本質的な変革をもたらすと思われる、後者の「配電プラットフォームの分散化・多層化(以下「分散グリッド化」と表記)」に焦点をあてて説明をしたい。
近年、大規模な太陽光発電(メガソーラー)は、条件面から開発余地が少なくなる一方、「分散型電源」は価格低減が進んでいる。遠くにある大規模な発電所から電気を運ぶより、需要地近くに太陽光発電を設置して自家消費する方が、経済性が高くなりつつある。
また、こうした「分散型電源」の導入が進むと、電気の流れが双方向化する。このためこれまで大規模な発電所から需要家まで一方向で電気を送電すればよかったものが、従来と逆方向に電気を送電(逆潮流)することを前提とした電力システムや運用方法が必要になる。(図表1右側)。このように「分散型電源」の導入が進むことで、新たに発生する課題への対応、それらを解決するための配電の役割の変化等、新たな事業機会の創出が「分散グリッド化」において期待されている。
この「分散グリッド化」の意義として、政府は、以下の三つを挙げている(図表2)。
第一に、地域の電力供給レジリエンスの向上である。2022年度、配電ライセンス制度という新たな制度が始まり、事実上、電力会社(一般送配電事業者)以外の民間企業が配電網の運用管理を行えるようになった。今後、災害時の送電系統の停電時には、送電系統との切り離しを行い、配電より下位の部分のみを独立運用し、電力供給を継続する「地域マイクログリッド」という仕組みが想定されている。
第二に、エネルギーの地産地消ビジネスの深化である。地域の再生可能エネルギーの発電から配電、小売までのサプライチェーン全体を、地域が主体となって行うことで地産地消ビジネスを深化させ、地方創生につなげていくという意義である。
第三に、再生可能エネルギーの大量かつ効率的な導入である。詳細は後段で説明するが、「分散型電源」をうまく活用して、再生可能エネルギーをさらに導入できる電力システムを構築していくということである。
「分散グリッド化」により配電プラットフォームが変化することで、今後様々な異業種の企業が新しい事業分野で活躍することが想定される。例えば、「分散型電源」の電力量や時間、位置情報等に関する情報プラットフォームの形成、「分散型電源」を運用するプロシューマ同士のP2Pプラットフォーム等の新たな電力取引ビジネス、電力データを用いた電力と他産業の融合による社会課題の解決等の分野である。
図表1 電力供給における変化の方向性、配電の役割の変化―電気の流れの複雑化・双方向化
(資料)経済産業省 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会(第39回)基本政策分科会 再生可能エネルギー主力電源化制度改革小委員会(第15回)合同会議 「資料3 電力ネットワークの次世代化」(2022年2月)等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表2 「分散グリッド化」の意義と分散化による電力プラットフォームの変化の可能性
(注1)地域の電力網が送電網から切り離して独立して運営すること
(注2)需要家に設置している機器を制御して、送配電網の安定化に寄与する取り組み
(注3)電力を消費していた主体(コンシューマー)が、太陽光発電を導入する等、自ら電力を作るようになる(プロデューサー)こと。この主体を両者の造語で「プロシューマ―」と呼ぶ
3. 「分散型電源」の時代へ
前項では、主に「分散グリッド化」の意義について紹介した。ここでは、今後「分散グリッド化」が進む背景となる次世代電力システムの変革のシナリオとその進み方について述べる。
(1)次世代電力システムの変革のシナリオ
図表3は筆者が考える次世代電力システムの変革のシナリオである。今後起きる「①社会の変化」によって、「②従来電力システムにおける将来課題」が出現するため、新たに「③次世代電力システム」を構築する必要があるという流れである。
まず、「①社会の変化」は、再生可能エネルギーの普及と「分散型電源」の普及から起こる。再生可能エネルギーの普及は、以下の二つの観点から進められるが、より導入が進めば、従来の電源である火力発電は縮小していくことが想定されるだろう。
- 政府は、カーボンニュートラルを進める観点から、再生可能エネルギーの大量導入を優先する
- 太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーは、火力発電のように化石燃料コストが不要であり、一度導入したものは稼働させたほうが合理的である
再生可能エネルギーの導入が進めば、それだけ火力発電の稼働率の低下につながり、火力発電の収益性は悪化する。今後の再生可能エネルギーの導入を見越すと、中長期的には、火力発電を新たに建設したり、稼働をし続けたりする事業者も少なくなるだろう*1。
一方、火力発電は温室効果ガスを排出するため、なくなればよいのではないかと思うかもしれないが、これがなくなると「②従来電力システムにおける将来課題」が起きる。「調整力」の確保の問題である。
「調整力」とは系統安定化のために電力システムにおける時間断面での需給バランスを調整するための役割を持つ電源のことを指す。これまでは、主に出力の調整が可能な火力発電(主にガス火力)がその役割を担っていたが、再生可能エネルギーの普及により火力発電が減少すれば、「調整力」をどこから確保するかが課題となる。また、電力システムにおいて太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギーの割合が増加すれば、天候により発電量が増減し、需給バランスが大きく変動するため、電力システムに必要となる「調整力」自体が増加することも課題となり得る。
こうした課題を踏まえると、「③次世代電力システム」を新たに構築することが必要となる。ここで登場するのが「分散型電源」である。「分散型電源」として需要家に設置される蓄電池や電気自動車等が、従来の火力発電が果たしていた「調整力」の役割を担うことが期待される。
「分散型電源」の普及が想定される背景には、「分散型電源」のコスト競争力の向上およびレジリエンス、脱炭素ニーズの高まりがある。この10年で太陽光発電の急激なコスト低減が起こった。加えて、蓄電池や(蓄電池として活用可能な)電気自動車のコストも低減しており、今後もさらに低減するだろう。そうすれば、図表4に示した通り、需要家は、従来のように電力会社から電気を購入(系統電気料金)するよりも太陽光発電と蓄電池を購入し自家消費(オンサイト太陽光+蓄電池)する方が、経済的にメリットがでる時代がもうすぐ到来する。昨今の系統電気料金の高騰がこの「分散型電源」への流れをさらに加速していく。また電力供給レジリエンスの高まりや、需要家における脱炭素ニーズの高まりも「分散型電源」の普及を後押ししていくだろう。
しかしながら、「分散型電源」は、「配電混雑」という別の「②従来電力システムにおける将来課題」を発生させる。例えば、配電網で太陽光発電からの電力の逆潮流が増加したり、電気自動車の大量普及により急速充電等が一斉におこったりして「配電混雑」が発生し、効率的な配電システム運用に影響すること等が想定される。この問題を解決するために、新たな「③次世代電力システム」では、配電・マイクログリッドを中心に、配電運用効率化を目指す新たな技術・運用方法の構築が進められるだろう*2。
もちろん今後、配電・マイクログリッドを中心とした「③次世代電力システム」が進む背景には、人口減少、デジタル、IoT技術の進展といった環境の変化も大きい。特に人口減少の時代においては、人口の少ない地域に電力を送るために、遠くにある大規模な電源からの送電網を整備・維持管理するより、その地域で「分散型電源」からの電力を地産地消する方が経済合理的となる可能性が高くなっていく。
図表3 次世代電力システムの変革のシナリオ(弊社仮説)
(注1)電気を発電所から需要家までに送るために必要な料金
(注2)固定価格買取制度で買い取られた再生可能エネルギーは系統を介した電力料金に課金される(再エネ賦課金)が、「分散型電源」から自家消費した電力には課金されない
(注3)再生可能エネルギー(太陽光・風力)が天候等により予定通り発電しない場合等に、系統安定化のためにそれら予測誤差等を調整するために必要となる電源能力。従来、火力発電等が担う
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表4 「分散型電源」(太陽光発電・蓄電池)のコスト競争力
(注)系統電気料金(2020年):経済産業省電力調査統計の販売額を販売量で除して全国低圧電気料金平均を試算(24.3円/kWh)これに、再エネ賦課金を合計
太陽光発電コスト(2020年、2030年):経済産業省 発電コスト検証ワーキンググループ 基本政策分科会に対する発電コスト検証に関する報告(2021年9月)太陽光(住宅用)発電コスト 再エネ賦課金(2020年):実績値(2.98円/kWh)、再エネ賦課金(2030年):再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会 2030年における太陽光発電導入量・買取総額の推計と今後の制度設計のあり方(2021年月)試算値(3.5-4.1円/kWh)託送料金(2020年):各一送実績値
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
(2)次世代電力システムの変革の進み方
こうしたシナリオを踏まえると、「③次世代電力システム」は中長期的に図表5のように進んでいくだろう。現在は、「分散型電源」の増加が始まりつつある段階である。図表5の中央部に示すように「集中型電源」*3と一部「分散型電源」が共存するシステム(VPP)が整備され、「分散型電源」も「調整力」として参加できる需給調整市場等の市場運用が開始している。この段階では、「分散型電源」は「集中型電源」と同じように送配電システムに組み込まれ、小売電気事業者やアグリゲーターを通じて「調整力」等としても運用される。
さらに将来、配電やローカルエリアに「分散型電源」が大量普及していくと、図表5の右側に示すように地域によっては、配電やローカルエリア内の「分散型電源」から電力供給していくことが主体となり得る。もちろん、大規模な需要がある地域は「分散型電源」による供給には限界があるため、「集中型電源」による供給は依然必要となるが、「分散型電源」による供給が大部分を占める(需要が比較的少ない)郊外等の地域では、そのような運用が起こるだろう。こうした地域では、配電やローカルエリアでの「分散型電源」をプラットフォーマーが集約して活用し、新たな電力サービスを行う事業者が台頭していく。前章で紹介した、「分散グリッド化」が本格的に広がることが予想される。
図表5 次世代電力システムの変革の進み方(弊社分析)
(注1)再生可能エネルギー(太陽光・風力)が天候等により予定通り発電しない場合等に、系統安定化のためにそれら予測誤差等を調整するために必要となる電源能力。従来、火力発電等が担う
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
4. 次世代電力システムとビジネスの推移
前項では、「③次世代電力システム」がどのように進んでいくのかを示した。ここでは、それら「③次世代電力システム」において変化が起こりつつある中で、どのようなビジネスが進んでいくのかについて述べたい。
図表6は、「③次世代電力システム」の変化と「分散型電源」ビジネス、並びに系統を介した再生可能エネルギー電源による発電ビジネス(以降系統再エネ発電ビジネス)の推移を整理したものである。
図表6 次世代電力システムとビジネスの推移(弊社分析)
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
(1)現在拡大しているビジネス
足元では、「分散型電源」ビジネスとして「オンサイトPPA事業*4」、系統再エネ発電ビジネスとして「オフサイトPPA事業(コーポレートPPAとも呼ばれている)」が立ち上がっている。「オンサイトPPA事業」は、事業者が太陽光発電や蓄電池等の「分散型電源」を需要家に無償で設置し、そこから電力を長期供給していくモデルである。一方、「オフサイトPPA事業」は、発電事業者が太陽光発電等の再生可能エネルギーを系統を介して特定の需要家に長期供給していくモデルである(詳細は本稿の最後に掲載(図表9および図表10)しているので、参照されたい)。これらのビジネスが立ち上がる大きな背景には需要家のRE100への対応、脱炭素ニーズがある。
図表7は、需要家における再生可能エネルギーの調達手段を示している。需要家の再生可能エネルギーの調達手段には、再エネ証書や再エネ電力メニュー等間接的なものから需要家自らが再生可能エネルギー電源を導入する直接的なものまで様々な方法がある。ちなみに、RE100では「追加性」がある取り組みをより推奨している。「追加性」とは、新たに再生可能エネルギーを増やすことにつながる取り組みのことであり、昨今の再生可能エネルギーの価格低下と合わせて、需要家が再生可能エネルギーを「直接」調達していく流れを加速させている。この流れの中で、拡大するのが、「オンサイトPPA事業」、「オフサイトPPA事業」である。一般的には「オンサイトPPA事業」は「オフサイトPPA事業」と比較して託送料金(送配電を使用する料金)や再エネ賦課金がかからないため、経済性に優れている。このようなことから、需要家においては、「オンサイトPPA」を導入しながら、不足する電力について「オフサイトPPA」を活用することになる。
図表7 需要家の再生可能エネルギー調達手段
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
(2)次世代電力システムにおける新たなビジネス
さて、本題を今後のビジネスの推移に戻そう。これらの「オンサイトPPA事業」、「オフサイトPPA事業」のビジネスは、規模を拡大しながら、先ほどの「③次世代電力システム」の進展を見据えて、新たなビジネスへと発展していく。
「分散型電源」ビジネスの中心となる「オンサイトPPA事業」は、図表6に示しているように、今後台頭する「VPP事業」の中に組み込まれていくことが想定される。「VPP事業」は、如何に「分散型電源」を大量に収集して運用していくかということが鍵となるが、その手段の一つとして「オンサイトPPA事業」が活用されていくものと考えられる。さらに、中長期的には、郊外等の需要が比較的少ない一部エリアにおいて配電・マイクログリッド事業の中心となる「分散型電源」インフラに組み込まれる形で発展するだろう。
一方、系統を介した発電ビジネスで中心となっている「オフサイトPPA事業」は、図表6に示すように、「再エネアグリゲーション事業」に今後組み込まれていくだろう。「オフサイトPPA事業」では、再生可能エネルギーの特性上、需給バランスさせるための「調整力」が必要となる。「再エネアグリゲーション事業」では、これら「オフサイトPPA事業」の需給バランスを多くのPPA事業を束ねることでより効率的に統合管理していく。今後は、系統に接続する大型蓄電池である「蓄電所」からの「調整力」の活用も含めた「再エネアグリゲーション事業」が進められていくだろう。
なお「調整力」の確保という観点からは、これまで述べたように「分散型電源」(特に蓄電池、電気自動車、デマンドレスポンス等)の確保も重要であり、「再エネアグリゲーション事業」と「VPP事業」を今後統合して運用していくプラットフォーマー的な立ち位置の企業もでてくるだろう。
実際、電力業界ではこれまでにない大きな変革が起きている。従来、電力ビジネスは電気を発電する「発電事業者」、電気を送電する「送配電事業者」、電気を販売する「小売電気事業者」から構成されていたが、政府は、この既存の仕組みに、新たな仕組みを入れることで、変革を進めている。例えば、VPP(バーチャルパワープラント)の仕組みを回すため、「アグリゲーター」と呼ばれる「分散型電源」を束ねていく事業者が2022年4月から特定卸供給事業者という形で整備された。また、配電ライセンス制度においては、新たに配電事業を運用する「配電事業者」の枠組みが作られた。さらに、2023年度からは大型蓄電池を用いた「蓄電所」が発電事業として位置付けられる等、事業環境の整備は着々と進んでいる。
5. 最後に
最後に、これまでの考察を踏まえ、なぜ「今」、各企業が事業戦略の一環として自らの電力調達の在り方や電力ビジネスとの関わり方について再考する必要があるのかという背景について述べたい。その理由として、以下の3点が挙げられる。
(1)従来エネルギー(化石燃料)のリスクの高まり
一つ目は、化石燃料を始めとする従来エネルギーのリスクの高まりである。ウクライナ・ロシア情勢により、欧州を始めとしてエネルギー・ガス価格が高騰しており、我が国でも2023年4月から電力会社によっては電気料金の大幅値上げが申請される等、産業界はもちろん国民への影響も含めて大きな課題となっている。これが短期的な現象であればよいが、世界中でエネルギーセキュリティーを確保する動きは高まっており、中長期的にも価格高騰リスクが続くことも考えられよう。
こうした状況を踏まえ、例えばEUは、2022年5月にロシアの化石燃料への依存を急速に減らすことを目的に、「REPowerEU」を提案している。その中で、省エネルギー、エネルギー輸入の多様化に加え、再生可能エネルギー、水素、バイオメタン等のクリーンエネルギーへの移行加速によって化石燃料を迅速に代替する計画が提示された。また、欧米において、今後世界の主要電源となる可能性が高い太陽光発電について、サプライチェーン上の脆弱性の課題から、太陽光発電の国内生産への回帰を進める動きがでてきている*5。
(2)カーボンニュートラル実現に向けた企業戦略構築の必須化
二つ目は、カーボンニュートラルの実現へ向けた動きが本格化していることである。ご承知のとおり我が国の政府は2050年までにカーボンニュートラル実現を目指している。産業界では、企業のカーボンニュートラルへの対応が、特に投資家等により重要視されており、気候変動が事業に及ぼす影響が高い企業では、カーボンニュートラルに対応していくための戦略構築が必要不可欠となっている。
加えて、直近では、2028年度から化石燃料の輸入事業者等を対象として炭素に対する賦課金(化石燃料賦課金)の導入が、2033年度から発電事業者を対象として排出量取引制度が開始されることになり、このようなカーボンプライシングが企業の具体的な業績に影響を大きく及ぼす可能性も高まっている。
(3)「分散型電源」の台頭
三つ目は、本稿でも記載した「分散型電源」の台頭である。2021年6月に出版した著書「エネルギーテック革命」においても詳細を描写したが、太陽光発電や蓄電池、電気自動車を始めとした需要家側(一般家庭や企業等)や地域エリアに設置する「分散型電源」が今後台頭することで、需要家は電気を従来の電力会社から調達するのではなく、自ら需要家兼発電者(プロシューマー)になっていく等、電力・エネルギービジネスのあり方が大きく転換する可能性がある。
これら三つの観点は相互に関係し、企業が事業戦略の一環として自らの電力調達の在り方や電力ビジネスとの関わり方を考える大きなきっかけとなっている。
例えば、一つ目の従来エネルギーのリスクの高まりは、二つ目のカーボンニュートラル実現と相まって、再生可能エネルギーの調達に対する戦略構築の必要性をさらに加速させる。特に営業利益と比較して電力コストの影響が大きい企業では、既存の電力会社からの電力調達を変えることも視野におきながら、化石燃料のリスクが少なく、コスト競争力のある「再生可能エネルギー」をどのように開発して調達するか、戦略的に検討し始める必要があろう。また、三つ目の「分散型電源」の台頭も踏まえて、従来の電力会社以外の業界から、新たに電力事業を立ち上げる企業も出現している。
このように今後、企業は、電力・エネルギーシステムがどのように変化していくか、再生可能エネルギーを取り巻くトレンド等を把握して、自らの電力調達の在り方や電力ビジネスとの関わり方を事業戦略として考えることが必要不可欠となろう。
筆者は「分散型電源」が、将来の電力システム、インフラを変革していくキードライバーとなると考えている。「分散型電源」を活用したマイクログリッドを図表8に示す。需要家に設置する太陽光発電や蓄電池、電気自動車、さらにマイクログリッド内に設置する大型蓄電池や非常用電源等を中心とした配電下を中心としたグリッド運用がされていく。そういう世界では、電力取引の形態も変化し、主に需要家(プロシューマー)同士が取引を行うP2P電力取引といった新たなプラットフォームが現れる可能性もあり、様々なビジネス機会が出現するだろう。
なお、「分散型電源」を見据えたシステムへの移行と同時に、「分散型電源」自体の技術革新も様々に進んでいる。例えば、太陽光発電の分野において、政府は次世代太陽電池と呼ばれるペロブスカイト太陽電池の社会実装をグリーンイノベーション基金で大きく進めている。ペロブスカイト太陽電池は高効率でありながら、軽量かつフレキシブルであり、これまでの主流であったシリコン太陽電池にはない特徴を持つ太陽電池である。例えば、今後建物の壁面や様々な構造物、電気自動車等の車両に設置する等、様々な検討方法が考えられる。これらの技術の社会実装が進めば、さらに「分散グリッド化」が進むだろう。
制度が変わり、システムが変わり、同時に技術が進展すれば、新たなビジネス機会も多く創出されるだろう。今後、電力調達の在り方や電力ビジネスとの関わり方に関する事業戦略の検討にあたって、これまで本稿で説明した電力分野における変革、中長期的な方向性を参考にして頂ければ幸いである。
図表8 「分散型電源」時代のマイクログリッドモデル
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
補足
4章で述べた「オンサイトPPA」と「オフサイトPPA」について概要を説明する。
1.「オンサイトPPA」
「オンサイトPPA」は、再生可能エネルギーが必要な需要家に対して、事業者が需要家側に設置した「分散型電源」を活用して長期契約に基づいて供給していくモデルである。需要家は、初期費用無償で「分散型電源」を使用することができ、従来の電気料金支払いと同じように、月額支払いでその原資を事業者に支払う。スキームとしては、「分散型電源」からの供給で不足する電力を電力会社が供給するケースと、不足電力も含めて「オンサイトPPA事業者」が供給するケースがある。
なお、これまでは太陽光発電のみでの「オンサイトPPA」が主流であったが、最近は太陽光発電と蓄電池を組み合わせたモデルが出現している。このモデルでは、蓄電池の価格が未だ高いため、従来の電力会社から購入する電気料金より多少割高になる*6が、再生可能エネルギーやレジリエンス価値を享受できる。今後蓄電池価格の低減が進むと、従来の電気料金より安くなり、多くの需要家が経済合理的にこのモデルを採用していく可能性がある。
図表9 「オンサイトPPA」
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
2.「オフサイトPPA」
「オフサイトPPA」は、「コーポレートPPA」とも呼ばれ、再生可能エネルギーが必要な需要家に対して、発電事業者が系統を介して長期契約に基づいて供給していくモデルである。スキームとしては、小売電気事業者を介して再生可能エネルギーを供給するモデルと、小売電気事業者を介さずに発電事業者から需要家に直接供給する自己託送モデル*7がある。前者はさらに「フィジカルPPA」と「バーチャルPPA」に分けられる。「フィジカルPPA」は、電力と再エネ価値を切り離さずに一体として発電事業者から需要家に供給するのに対し、「バーチャルPPA」では、電力と再エネ価値を切り離し、再エネ価値は需要家に引き渡すが、電力は卸電力市場に販売するモデルである。「フィジカルPPA」では発電事業者は長期間固定金額で再生可能エネルギー供給ができるためFIT(固定価格買取制度)に代わるモデルとして期待されており、FIP(フィードインプレミアム)の適応も可能である。「バーチャルPPA」では発電事業者は再生可能エネルギーの電力を卸電力市場に販売するが、「差金決済*8」の仕組みを入れることで、卸電力市場の高騰、下落に関わらず、発電事業者は長期間固定金額で収入を得ることができる。「フィジカルPPA」の場合、需要家は小売電気事業者を変更する必要があるが、「バーチャルPPA」では需要家は従来取引先の小売電気事業者との関係を継続したまま適応できるためより柔軟性が高い。
図表10 「オフサイトPPA」
(資料)みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
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*1既にこの流れは出てきており、我が国の火力発電の設備容量はこれまで減少してきている。再生可能エネルギーへの移行期の現在に火力発電が十分に足りていないことがウクライナ・ロシア情勢の前から既に始まっていた卸電力市場価格高騰の原因の一つとなっている。政府は2024年から「容量市場」という市場を導入することで、「容量(kW)」に価値を持たせることで火力発電の長期的な収益を確保するための対応をしており、それに伴い火力発電の設備容量不足は一部改善してきている。
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*2現在のVPPは主に送電の安定性寄与に「分散型電源」を活用することを想定されているものであるが、今後は「分散型電源」が配電も含めた系統安定性寄与に活用するための仕組みができる(ローカルフレキシビリティ市場等と呼ばれている)可能性があり、我が国でも一部議論が開始されている。
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*3ここで「集中型電源」は従来の火力発電のように大規模で系統につながっている電源のことを指す。
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*4「オンサイトPPA事業」は一般家庭から導入が進んでいるが、今後法人企業の低圧需要家を含めた事業が拡大するとみられる。
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*5米国では2022年8月に成立したIRA(インフレーション抑制法)で太陽電池、蓄電池等の製造に対して税控除が適応、米国内での太陽光産業構築の動きが加速している。欧州では、2022年12月に欧州委員会が産業界等とEuropean Solar PV Industry Allianceを設立、欧州での太陽電池の生産能力を2025年までに年間30GWまで拡大する目標を示した。
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*6太陽光発電のみの「オンサイトPPA」は、低圧において既に従来の電気料金と変わらないコストで提供されている事例が多数ある。
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*72021年11月の制度改正により、発電事業者と需要家に密接な関係がなくても、「発電事業者と需要家が共同した組合」を設立すれば、小売電気事業者を介さない自己託送が可能となった。
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*8卸電力市場価格がPPA契約金額より高くなった時は、発電事業者は需要家にその差分を還元し、逆にPPA契約金額より低くなった時は、需要家は発電事業者にその差分を支払う。なお政府は、2022年11月にバーチャルPPAの差金決済は、一般的には店頭商品デリバティブ取引に該当しないとの見解を示している。
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