
[連載]こども・子育て支援連載オピニオン
安心・安全な保育環境づくりの促進に向けた取り組み課題
—医療的ケア児を対象とした提案—
2024年9月10日
社会政策コンサルティング部
名取彩雲
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1. いま、保育の現場に求められること
就労する親を持つ就学前のこどもの多くが保育所等1に通っている。保育所等利用率は令和元年度の45.8%から、令和5年度には52.4%に上昇しており、就学前児童の過半数が保育所を利用している実態にある2。
また、様々な理由で通園が困難であったこども達が、保育所等に通い集団の中で育つことが可能になるような取り組みが拡大しつつある。令和3年には、医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに、その家族の離職の防止を目的として、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が施行された。さらに、改正障害者差別解消法の施行により、それまで努力義務となっていた民間事業者による合理的配慮の提供が令和6年度から義務化された。
医療的ケア児とは、日常生活を営むために医療を要する状態にある障害児とされている3。令和4年度には、保育所等での医療的ケア児の受け入れ人数が全国で982人に達した4(当社実施の令和5年度こども家庭庁補助金事業「保育所等における医療的ケア児の受入れ方策及び災害時における支援の在り方等に関する調査研究」5(以下、令和5年度調査)によれば、医療的ケア児を受け入れることができる保育所、施設を有する市区町村は、11.1%であった)。さらに、令和8年度には、「こども誰でも通園制度」6によって、一層多くのこどもが保育所等を利用できるようになる見込みである。
こうした背景により、保育者や保育施設が担う役割はこれまで以上に大きくなっており、障害や病気を持ちながら保育園に通うこども達のニーズへの対応も一層強く求められている。
そこで本稿では、令和5年度調査の結果等を基にして、医療的ケア児を対象に、ニーズの多様化が進む保育現場における、こども、家族、保育者にとって安全・安心な環境づくりに向けた課題を示すことを目指した。
2. 医療的ケア児の保育をめぐる課題
医療的ケア児の保育にあたっては、当社が実施した令和5年度調査より、①保護者が望む就労を実現する難しさ、②預かり可否をめぐる保護者と保育者の考え方の違い、③災害発生時の対策強化が主な課題であることが明らかになった。
以下にその実態を解説する。
①保護者が望む就労を実現する難しさ
医療的ケア児の保育所等利用には、さまざまなハードルがある。令和5年度調査によれば、医療的ケア児は、体力的な理由や免疫力の観点から、安定的に良好な体調で登園することの難しさ、感染症の流行時には登園自粛する必要性が指摘されている。これらは、保護者が継続的に就労する際の課題になっているといえる7。
保育所等の勤務体制の観点では、医療的ケアの担当者8が常勤でない場合や、複数人配置されていないため、一人で対応せざるを得ない場合など、安定的に医療的ケアを提供するための課題が指摘されている。特に、早朝や延長保育の時間帯に医療的ケア児を受け入れることが困難な点も課題となっている。
保護者の就業先における課題としては、医療的ケア児の子育てと仕事の両立を図るためには、長期間にわたりフレキシブルな勤務体制を提供するといった配慮が不十分な状況が指摘できる。
②預かり可否をめぐる保護者と保育所等の考え方の違い
医療的ケア児は、それぞれの心身の状況やケアニーズの個別性が高い。加えて、小さな体調の変化が、命に直結する問題となる可能性もある。そのような中で、保護者と保育者が日常の保育方針について、考えの相違に悩む場合があることが指摘されている。
例えば、医療的ケア児は、発熱などの明らかな体調不良時以外にも、バイタルの微妙な変化を見ながらの体調管理を求められることがある。令和5年度調査では、「施設側が預かり困難と考えるようなバイタルの状態であっても、保護者の判断を尊重し、預かっている実態もあった。体調が不安定な状況で預かることは、保護者の就労継続の観点では必要であろうが、こどもにとって負担ではないか」と保育所等側の悩みも指摘されたところである。
医療的ケア児の体調に応じた預かり可否について、国や自治体がガイドラインを示し、こどもを中心に、保護者と保育所等の間の考え方を整理し、対応策を検討、共有することが必要と考える。
③災害対策の強化
令和5年度調査によれば、全国の市区町村のうち、認可保育所等での災害時の対応方針を文書で定めている割合は47.8%に留まっており、定めている自治体であっても、医療的ケア児について記載がある市区町村は、わずか6.1%であった。
そうした状況を受け、当社は、同調査の中で、医療的ケア児の防災対策を推進するため「保育所における医療的ケア児の災害時対応ガイドライン」9と「保育所の業務継続計画(ひな型)」10を作成したのでご活用いただきたい。また、同時に実施した、令和2年度策定の「保育所等での医療的ケア児の支援に関するガイドライン」11の改訂においては、災害対策が重要なポイントであったことを指摘したい。
同調査では、医療的ケア児を受け入れている保育所等のうち、6割程度が災害時を想定し医療的ケア児に必要な資材等を備蓄していることが示された。ただし、ある自治体によれば、保護者やケアマネジャーに備蓄を提案したが、使用期限管理の負担等を理由に拒否された事例もあったことが指摘されている。
自治体、保育所等、保護者等の関係者間での意識の共有化を図ることを目指し、災害発生時に備えた対応策について体系的な検討を行い、関係者間の意識、行動の違いを解消することが必要であると考える。
3. 医療的ケア児に対する安心・安全な保育の実現を目指して
ここまで、令和5年度調査で明らかになった、医療的ケア児の保育をめぐる安全・安心な生活や育ちを実現するうえでの課題を述べてきた。
最後に、より安心・安全な医療的ケア児の保育の実現に向け、「2. 医療的ケア児の保育をめぐる課題」で挙げた課題の解決に資する3つの策を提案する。
①医療的ケア児の保育に関わる専門職の研修強化
保育所等では、医療的ケアを実施可能な者の不足による受け入れ体制づくりの難しさが課題であることから、医療的ケア児の保育に関わることが想定される保育士、幼稚園教諭、管理栄養士といった専門職の養成課程また実務者研修において、医療的ケアを必要とするこどもを想定した知識、技術等のカリキュラム強化、実習機会を検討していくことが必要であると考える。
また、今後、保育に関わる現場の専門職の研修強化にあたっては、自治体間が連携し、現場での学び合いの機会が提供されていくことも必要であると考える。令和5年度調査では、「医療的ケア児受け入れにあたり非常に困っていた時に、すでに実績のある近隣自治体の保育施設がノウハウ等の情報支援に協力してくれ大変助かった」との指摘があった。
②全国版データベースの普及・充実による事例の周知
医療的ケア児の保育に関する知見を共有する既存のデータベースの例として、「医療的ケア児の保育・幼児教育に関する実践事例集」12が作成されている。医療的ケア児の状況や保育環境は多様であることから、今後より多くの受け入れ施設の協力の下、こうしたデータベースにより、多様な事例が蓄積されること、全国の自治体や、保育士の全国組織等で周知・活用されることが期待される。また、データベースの普及により、保護者と保育者が共通の参考情報を持ち、保育に関する考え方の一致も容易になると考えられる。
③災害発生時の対応マニュアルの策定
今後、医療的ケア児を対象とした防災対策推進のため「保育所における医療的ケア児の災害時対応ガイドライン」および、「保育所の業務継続計画(ひな型)」を参考に、自治体や保育所等で地域や施設の実情に合わせて独自のマニュアルを策定し、全国での活用を進めることが不可欠であると考える。まずは、各自治体が方針を示すことで、自治体・主治医・保護者・保育者といった関係者間で、共通認識が形成されることを期待したい。
4. おわりに
令和4年度に保育所等に通う障害児は93,502人13いるなど、今回取り上げた医療的ケア児をはじめ、保育の現場において、個別の配慮が必要なこどもは増加している。
このことは、保護者の就労先である民間企業等にとっても無関係ではない。雇用環境整備として、社員の家族の事情に寄り添い、話し合いを通じて柔軟な働き方等のサポートの在り方を探ることは、安心・安全な保育の実現に不可欠である。その結果、企業にとって貴重な人材が働き続けることができ、また、新たな労働力を確保することにもつながるものと考える。
当社は、引き続き、こども子育て分野の専門コンサルティング知見と、戦略コンサルティングのノウハウを掛け合わせ、子育て中の社員のニーズの把握、雇用対策、人事制度としての求められる対応策を提案することで、企業とともに労使双方の課題を克服し、安心して働き続けられる職場の在り方を検討していきたい。
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*1本稿において、「保育所等」は、保育所、幼保連携型認定こども園、保育所型認定こども園、幼稚園型認定こども園、地方裁量型認定こども園、小規模保育事業、家庭型保育事業、事業所内保育事業を指す。
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*2
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*3現時点で、医療的ケア児の定義について、法律などにより明確に定められたものはない。そのため、本コラムでは、「日常生活を営むために医療を要する状態にある障害児」を「医療的ケア児」として扱うこととする。また、ここでいう「医療的ケア」とは、あくまで日常生活の中で長期にわたり継続的に必要とされる医行為を想定しており、病気の治療のための医行為や風邪等に伴う一時的な服薬等は含まない。
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*4こども家庭庁「延長保育等実施状況調査」保育所等における医療的ケア児の受入状況(令和4年度)
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e4b817c9-5282-4ccc-b0d5-ce15d7b5018c/f5ffa8fd/20240329_policies_hoiku_105.pdf(PDF/550KB) -
*5みずほリサーチ&テクノロジーズ「保育所等における医療的ケア児の受入れ方策及び災害時における支援の在り方等に関する調査研究」事業報告書
https://www.mizuho-rt.co.jp/case/research/pdf/r05kosodate2023_0201.pdf(PDF/1,2828KB) -
*6こども未来戦略方針(令和5年6月閣議決定)において、現行の幼児教育・保育給付に加え、月一定時間までの利用可能枠の中で、就労要件を問わず時間単位等で柔軟に利用できる新たな通園給付(「こども誰でも通園制度(仮称)」)を創設することとしている。
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*72022年「障害児疾患児育児と仕事の両立に関するアンケート調査結果報告書」(障がい児及び医療的ケア児を育てる親の会)
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*8保育所等における医療的ケアの実施にあたっては、看護師や喀痰吸引等研修(第3号)等を受講した保育士が担当する場合が多い。
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*9
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*10
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*11厚生労働省令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業「保育所等における医療的ケア児の受け入れ方策等に関する調査研究」(みずほ情報総研株式会社)では、自治体向けに「保育所等での医療的ケア児の支援に関するガイドライン」が作成された。
https://www.mizuho-rt.co.jp/case/research/pdf/r02kosodate2020_0103.pdf(PDF/1,1249KB) -
*12香川大学教育学部松井剛太准教授らが実施した研究「医療的ケア児の保育・幼児教育に関するデータベースの構築」によって作成されたインクルーシブ教育システム構築支援データベースに含まれている。当社は、事例協力園の選定で関わっている。
https://inclusive.nise.go.jp/%E5%8C%BB%E7%99%82%E7%9A%84%E3%82%B1%E3%82%A2%E5%85%90%E3%81%AE%E4%BF%9D%E8%82%B2%E3%83%BB%E5%B9%BC%E5%85%90%E6%95%99%E8%82%B2%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%AE%9F%E8%B7%B5%E4%BA%8B%E4%BE%8B%E9%9B%86/ -
*13こども家庭庁「延長保育等実施状況調査」障害児保育の実施状況(令和4年度及び令和5年4月1日時点)
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/e4b817c9-5282-4ccc-b0d5-ce15d7b5018c/f5ffa8fd/20240329_policies_hoiku_105.pdf(PDF/550KB)
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