[連載]こども・子育て支援連載オピニオン きょうだい支援の現在地と未来への提案 —「透明な鎖」を断ち、共生社会への道を拓く—
2024年10月1日
社会政策コンサルティング部
出原 幹大
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兄は、重度の知的障害者です。
大学1年の夏、私は兄から逃れるために実家を出ました。
このまま目を逸らし続けていいのだろうか?
東京藝術大学「藝大アートフェス2022」でグランプリを受賞した『兄をなぞる』*1は、この独白のような言葉から始まる、自由帳を描く兄の姿を色鉛筆やカラーペンなどの画材で“なぞった”アニメーション作品である。この作品を目にしたとき、心の奥底に潜む何かが共鳴する感覚に包まれた。私もまた「きょうだい」の1人だからだ。
「きょうだい」とは、障害や慢性疾患のある兄弟姉妹がいる人々を指し、「兄弟」と区別するために平仮名で表記される。きょうだいは障害・慢性疾患のある者の家族として、特有の悩みを抱えるケースが多い。本稿では、きょうだいが抱える課題と今後求められる社会的な仕組みづくりについて論じる。
1. きょうだいとは誰か:ヤングケアラーとの違い
まず、きょうだいという言葉が指す範囲について簡単に整理したい。特にこども・若者のきょうだいは、ヤングケアラーと並行して語られることが多いが、その枠組みはやや異なる。
ヤングケアラーは、子ども・若者育成支援推進法において「家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者」と定義されている。すなわち、介護や世話という、ケアラーとしての「役割」に焦点が当てられた概念と言える。
一方、きょうだいには法的な定義は存在しないが、兄弟姉妹に障害や慢性疾患があるという「属性」に焦点が当てられる。この枠組みでは、介護や世話を担うかは問われない。つまり、兄弟姉妹の世話を担っていない場合でも、きょうだいに該当する。ただし、きょうだいの中には兄弟姉妹に対する日常生活上の世話を過度に担っている場合もある。このように、きょうだいとヤングケアラーの境界は曖昧であり、両者の関係は以下の図のように示すことができる。
図:きょうだいとケアラー・ヤングケアラー(松本 2023*2を基に筆者作成)
2. きょうだいが縛られることの多い「透明な鎖」
障害・慢性疾患のある兄弟姉妹の特性は多様であり、きょうだいを取り巻く状況を一括りにして論じることは難しい。しかし、きょうだいは兄弟姉妹や親に対する気遣いや配慮などを行っていることが珍しくない。きょうだいは、家族の期待を一手に引き受ける優等生としての役割を果たそうと他人を優先する献身的な生き方をする等、過剰適応の傾向が指摘されている*3。この傾向が強まると、生きづらさを感じる*4ことが多い。このように、きょうだいには自身の人生を家族から縛り付けられる、あるいは時に自分自身で縛り付けることが少なくなく、この精神的な縛りは「透明な鎖」として例えられる*5。
この透明な鎖により、きょうだいは進路や就職、結婚などの重要な人生の選択において悩むことが多々ある*6。無論、きょうだいだけでなく多くの人にとって人生を決定づける選択は容易ではない。しかし、きょうだいはその選択に際し、「自分がいなくなったら、家族はどうなるのだろう」という懸念を抱えることが多い。さらに、親がケアを続けられなくなったとき、その役割を代替することに対する不安も大きい。このような懸念・不安により、きょうだいは自身のキャリア選択を狭めてしまうことがある。
一方で、きょうだいの全員がこれらの苦悩を有するわけではない。また、きょうだいの経験は苦悩を伴うと同時に、得がたい経験*7としてプラスに働くこともある。こうした両義性もまた、きょうだいの特質と言える。ただし、得がたい経験は往々にして苦悩の末に獲得されるものであり*8、肯定的な側面のみを強調することは慎重を要する。加えて、情緒的なケアは周囲から見えにくく、気づかれにくい。このように、きょうだいが縛られている透明な鎖は顕在化しにくいものの、きょうだいが抱える大きな課題である。この透明な鎖をいかにして見つけ、断つのかが、きょうだい支援に際し求められる。
3. きょうだい支援の現在地:透明な鎖を断つために
きょうだいの透明な鎖を見つけ、断つために、現在どのような支援が行われているのか。ここからは、その概況と今後の方向性について論じる。
まず、現在実施されている代表的な活動の一つとして、きょうだい当事者同士が交流を深め、相互に支え合うインフォーマルな活動としての「きょうだい会」が挙げられる。きょうだい会は、対面あるいはオンラインでの交流を通じて、共感や支え合いのネットワークを形成している。これらの活動の主眼は、当事者同士のコミュニティ参画により、前述の不安感を分かち合うことにある。そして分かち合いの過程の中で、自らの経験を言語化し、語る作業を通じて、自身を客観視することができる側面もある。
加えて、きょうだいをインフォーマルな活動に繋いだり、持続的な運営を後押したりするための公的支援も、近年広がりをみせている。令和5年度に策定された「こども大綱」*9では、障害児本人のみならず、保護者やきょうだいの支援を進めることが明記された。また、障害のある方が利用するサービスの公定価格である障害福祉サービス等報酬では、令和6年度の改定において家族支援加算が新設され、きょうだいも相談援助等の対象であることが明確化された。これら支援は、きょうだいが繋がれている透明な鎖を顕在化させ、インフォーマルな支援に繋げるためにも、更なる拡充が望まれる。
一方で、「支援」という言葉が馴染まなくとも、透明な鎖を断つことに繋がり得る活動もある。その一例が、冒頭で紹介したアニメーション作品だ。先述の通り、当作品は「このまま目を逸らし続けていいのだろうか?」という問いを出発点に制作された。そしてこの作品は以下の文章とともに締めくくられる。
この映像は、「兄に向き合う私」に向き合った記録で、言わば、自己満足です。
しかし、「兄のために」という言葉から解かれ、初めて真っすぐに兄を見つめることができました。
この映像を作るきっかけを下さった皆様に、心よりお礼申し上げます。
過去の経験と折り合いをつけ、等身大の自分に向き合うことは容易ではない。しかし、この制作は正に、自らを取り戻す「場」であったと考えられる。このように、例えば大学の卒業研究・制作等により透明な鎖を断つことを後押しする「場」を設けることもまた、広義のきょうだい支援と言える。
4. きょうだい支援の未来に向けた提案:民間企業による共生社会の共創
透明な鎖を断つための「場」を形成する重要な主体は、国や自治体、NPOだけではない。民間企業もまた、その一つとして期待される。国や自治体、NPOをはじめとする当事者団体等は、財源や物的・人的リソースが限られており、支援の持続可能性に困難を抱えることが多い。そのような中、カシオ計算機株式会社では、CSR活動の一環として医療的ケア児の親・きょうだいに対する支援を継続的に行っており、一時的にケアから離れ休息を取ることを目的とした旅行・キャンプ等の開催を後援している*10。民間企業を主体としたインフォーマルなきょうだい支援は、支援の持続可能性を高める打開策となるのではないだろうか。加えて、支援する/されるの枠を超えた体験活動の機会提供等、民間企業ならではのコンテンツ提供もまた、民間企業による支援が期待される理由である。
また、民間企業が透明な鎖を断つ場を提供する取組を増やすためには、社会的な仕掛けが必要と考えられる。きょうだい概念の認知向上が道半ばの現状において、例えば、企業がCSR活動の一環として取り組むことの先発優位性や非財務価値を可視化することは、その一助となるだろう。また、きょうだいが透明な鎖を断つことによる社会経済的効果に関する調査も、その意義に関する理解を促進するために有効ではないだろうか。
5. まとめに代えて
ここまで、きょうだいに焦点を当て、その現況と支援の方向性について論じた。透明な鎖の断ち方は人それぞれである。ある人にとってその手段はきょうだい会であり、アートであり、余暇であり、仕事かもしれない。当社は官公庁や民間企業の多様な活動を後押しすることで、共生社会の実現に貢献していきたい。本稿を通じて、「きょうだい」という言葉が広く認知され、官民双方からきょうだいに対する支援の輪が広がることを願う。
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*1当作品は、東京藝術大学ウェブサイトに掲載・紹介されている。
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*2松本理沙(2023)「ヤングケアラー支援の実践―障害児者のきょうだい支援の事例から」『教育と医学』816, p.42
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*3清水渓介(2021)「障害児・者のきょうだいの子ども時期における家族内役割と青年期における過剰適応との関連」『家族心理学研究』34(2), pp.142-156.
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*4吉川かおり(2008)『発達障害のある子どものきょうだいたち―大人へのステップと支援』生活書院.
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*5NHK【専門家インタビュー】吉川かおりさん「障害のある人の"きょうだい"が抱える悩みについて」https://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/1800/208708.html
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*6財団法人国際障害者年記念ナイスハート基金(2008)障害のある人のきょうだいへの調査報告書
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*7Donald Meyer, 1999. Brothers and sisters of children with special Needs : Unusual concerns ; unusual opportunities;きょうだい支援の会監訳『特別なニーズのある子どものきょうだいの特有の悩みと得がたい経験【改訂版】』きょうだい支援の会.
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*8前脚注に同じ。
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*9こども家庭庁(2023)「こども大綱」https://www.cfa.go.jp/policies/kodomo-taikou
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*10当該活動の詳細は、カシオ計算機株式会社企業HPに記載されている。