企業は脱炭素をどう捉えるべきか 新たなエネルギー基本計画はトランプ2.0時代にも有効か

2025年2月28日

サステナビリティコンサルティング第1部

永井 祐介

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2025年2月18日、日本政府は、エネルギー基本計画、GX2040ビジョン、地球温暖化対策計画の3文書を閣議決定した。これらは、2030年から2040年のエネルギー、GX(グリーントランスフォーメーション)、気候変動分野の政策の方向性を示す重要な文書である。そこで本稿ではそのポイントと、トランプ2.0時代における有効性を考える。

1. エネルギー基本計画、GX2040ビジョン、地球温暖化対策計画のポイント

まずエネルギー基本計画では、2040年に向けて「エネルギー安定供給の確保に向けた投資を促進」すべく、再エネ・原発の最大限の活用や、トランジション手段としてのLNG火力活用等が明記された。今後、脱炭素電源や系統の整備に対する政府融資、LNG長期契約の官民一体での確保等、計画で掲げられた施策の具体化が注目される。
またGX2040ビジョンでは、GX取組を「過去約30年続いた日本の停滞を打破する大きなチャンス」、「既存産業の構造転換を促し新陳代謝を起こす大きなきっかけ」と位置づけ、GX産業構造*1、GX産業立地(脱炭素電源に合わせた産業集積)等の長期ビジョンを示した。今後、脱炭素電力の利用とDXによる競争力強化に取り組む企業へのインセンティブや、自動車へのグリーン鉄活用に向けた支援、成長志向型の資源自律経済の確立に向けた法改正等の具体化が注目される。
そして地球温暖化対策計画では、2013年度比で2035年度に60%削減、2040年度に73%削減という新たな目標が決定され、日本の目標として国連に提出された。日本は、自国の排出量が最も多かった2013年度を基準に削減率を計算しているが、COPやG7も引用するIPCC報告書では1.5℃目標達成には「2019年度比」で2035年に「60%削減」が必要とされている。今回の日本の2035年度目標は2019年度比に直すと「53%削減」であり、その水準を満たしていない*2。今年11月のCOP30では各国の目標を議論する予定であり、EUやNGO等から目標強化を求められる可能性はある。しかし、少なくとも「2050年カーボンニュートラル」に向けて直線的に削減する目標水準を示すことで、将来のイノベーションに過度に依存せず着実に削減を進める、との姿勢を国内に示すことはできたのではないだろうか。
この3文書により、日本の政策の方向性が示された。今後の注目点は、企業に対し、具体的にどのような規制や支援が整備されるかだろう。

2. トランプ2.0時代における有効性

一方で、トランプ政権誕生により世界の脱炭素政策の見直しが起こるのではないか、との見方もある。トランプ再選以前の世界を前提としたこれらの計画やビジョンは時代遅れではないか、日本政府が方針転換するのではないか、そうした疑問を持たれる方もいると思う。改めて考えてみたい。
まず、これまでも世界の気候変動政策は加速と減速を繰り返してきた。米国は共和党大統領が誕生する度に、世界の気候変動対策の協定から離脱してきた。そして、また民主党大統領になると復帰し、他国に取組強化を求めてきた。今回、トランプ政権にて気候変動政策が減速しても、次は分からない。何よりも、「気候変動」という人類共通の課題は変わらず、そこに新たなビジネスチャンスがある、という事も変わらない。だからこそ、日本は2021年に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し、脱炭素をビジネスチャンスと捉えて取り組んできてきた。今回のエネルギー基本計画、GX2040ビジョン、地球温暖化対策計画もその流れをくむものである。米国大統領の動向に一喜一憂している場合ではない。
また、日本が原油の約9割以上を依存する中東地域において、軍事的緊張の高まりは残念ながら何度も繰り返されてきた。日本にとって、エネルギー安定供給の確保は、いつの時代においても最優先課題であり、省エネ、化石燃料調達国の多角化、エネルギー源の分散化等は必須の取り組みである。そして今回のエネルギー基本計画において、再エネの最大限導入、特定の電源や燃料源に過度に依存しない電源構成、脱炭素電源(再エネと原発)の最大限活用、が政策方向性として示されたのは、脱炭素だけでなく、エネルギー安定供給の為である。
つまり、脱炭素に向けた取組は、脱炭素の為だけに行うものではない。日本が目指しているのは、エネルギー安定供給、経済成長、脱炭素の3つの同時実現であり、今回の3文書もその為の計画・ビジョンである。仮に、脱炭素という目的の優先順位が下がっても、エネルギー安定供給、経済成長の為に、進めていかなければならない施策ばかりなのである。また、前述した通り今回の2035年度と2040年度の目標であっても、世界が1.5℃目標を達成する上では不十分であり、次に米国で民主党大統領が誕生した際等には米国からも目標強化を求められる可能性がある。こう考えると、日本政府が方針転換をする可能性は低いのではないだろうか。 

3. 企業は脱炭素をどう捉えるべきか

トランプ再選を受け、企業の中でも「脱炭素の取組みや事業開発よりも、足元で収益の大きい事業への投資を優先すべき」との主張が勢いづいているかもしれない。しかし、日本政府と同様に、企業の脱炭素に向けた取組は、脱炭素の為だけに行うものではない。企業の成長の為である。エネルギーコスト上昇回避、サプライチェーン管理、ビジネスチャンス獲得の為にも、自社の省エネや再エネ調達の推進、サプライチェーン内の脱炭素化、脱炭素技術や事業の開発などは進めていかなければならない。
トランプ再選による脱炭素機運の停滞に、油断してはいけない。今こそ、脱炭素社会における成長企業というゴールに向けて、着実に歩み続けることが重要ではないか。

  1. *1
    ①革新技術をいかした新たなGX事業が次々と生まれ、②フルセットのサプライチェーンが、脱炭素エネルギーの利用やDXによって高度化された産業構造
  2. *2
    なお日本政府は、1.5℃目標達成に必要な2035年の削減率について、COPやG7が引用した中央値(60%)ではなく、5-95パーセンタイルの幅の値(49-77%)に収まっている事をもとに「世界全体での1.5℃目標と整合的」としていると思われる。

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