グリーンランド問題に揺れる欧州
トランプ米大統領がグリーンランド領有に意欲を示す中で、欧州は対応に苦慮している。デンマークの自治領であるグリーンランドは、北極海と北大西洋の間に位置する地政学的な要衝であり、過去にも米国による購入が試みられてきた1。近年は地球温暖化による氷解が進み北極海の航路が通年で航行可能になりつつあるほか、豊富に埋蔵されているといわれる鉱物資源開発が容易になるとの見方がある。その重要性はこれまで以上に高まり、ロシアや中国も同島への関心を強めているとされる。こうした背景を踏まえて、トランプ氏は経済も含めた北極圏の広義の安全保障強化を実現すべく、かねてより米国による領有の必要性を主張してきた。
トランプ氏は領域横断的な次世代型ミサイル防衛構想である「ゴールデンドーム」構築に、グリーンランド支配が不可欠であると主張している。2026年初のベネズエラに対する軍事行動の直後から、グリーンランドへの米軍投入の可能性も排除しない形でデンマークに対して同島割譲を迫り始め、欧州諸国との間で緊張が高まった(図表1)。本稿では、グリーンランド問題をめぐる今後の展望と、注意すべき経済的リスクについて整理する。
図表1 グリーンランドを巡る2026年の主な出来事
- (出所)各種報道より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
まず、軍事侵攻については、短期的に大統領権限で米軍を動員することは可能だが、長期的な軍事作戦実行については、その権限や予算に関して議会の承認を必要とすることがネックになる。特に、上院を中心に軍事侵攻への反対が強いと報じられており、議会の承認を得られない可能性が高い。加えて、米国内の世論が慎重なことも、軍事侵攻を阻む要因になるだろう。米国民を対象とした世論調査によれば、軍事侵攻によるグリーンランド獲得に賛成する回答者の割合は8%(反対68%)、共和党支持者に限っても18%(反対45%)と慎重な意見が多い(図表2)。
図表2 グリーンランド問題に関する米国内世論
- (注)2026年1月調査
(出所)YouGovより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
買収についても実現は難しいとみられる。自治領であるグリーンランドを買収するためには、事前にデンマークからの独立の是非を問う住民投票を実施し、住民の承認を得て独立する必要があるとされている。しかし、グリーンランド住民を対象とした調査では、米国の領土となることを前提とした独立について反対が85%と圧倒的多数を占めており(図表3)、住民投票が可決される可能性は極めて小さい。グリーンランドにはデンマークの社会保障制度の多くが適用されており、教育や医療面で住民は多くの恩恵を得ている(図表3再掲)。米国領になった場合、こうした制度の適用対象外となり、生活水準の低下が不可避とみられることが要因の一つである。米国は、住民への金銭保証も検討していると報じられたが、現在のグリーンランドと米国の社会保障制度の差異を踏まえれば、住民の懐柔は容易ではない。また、米国内世論がグリーンランドの独立促進目的の住民への金銭保証に否定的であることからも(図表2再掲)、買収が実現する可能性は低いと言えるだろう。
図表3 グリーンランドと米海外領土の制度比較とグリーンランド独立・米国領化への賛否
- (注)下図はグリーンランド住民を対象とした2025年1月の調査
- (出所)各種資料、Verianより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
グリーンランドへの軍事侵攻や買収には高いハードル
トランプ氏は当初、グリーンランドの買収がうまくいかなければ軍事侵攻も辞さない発言をしていた。軍事侵攻の可能性については1月21日のダボス会議における演説で否定したが、そもそも買収にせよ軍事侵攻にせよ実現へのハードルは高い。
追加関税は見送りも、不確実性の高さは継続
以上のように、グリーンランドへの軍事侵攻や買収は、米国内およびグリーンランド双方の事情を踏まえれば実現可能性はほぼない。こうした中で起こり得るシナリオとしては、米・デンマーク防衛協定の見直しによる同島での軍事的権限の拡大などが考えられる。こうした現実的な選択肢も踏まえて、トランプ氏は防衛・安全保障分野に限らず様々な手段を用いて欧州に譲歩を迫り、中間選挙を見据えて成果を誇示する展開が想定される。
実際、トランプ氏は1月17日、中国やロシアへの警戒を理由にグリーンランドに派兵したデンマーク、ドイツ、フランス、英国、オランダ、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーの8カ国に対して、2月1日から10%の追加関税を課し、6月1日よりさらに25%に引き上げる方針を表明した。欧州はこれに強く反発し、昨年7月に締結した米EU貿易協定の承認延期(米国産工業製品に対する関税撤廃の承認に向けた作業の停止)や、財のみならずサービスや対内投資に及ぶ幅広い分野に制裁を科す極めて強力な措置である反威圧措置(ACI)2の発動も検討し始めていた。
トランプ氏は1月21日、NATO(北大西洋条約機構)との間でグリーンランドや北極圏全体に関する将来的な合意の枠組みを構築したことを明らかにし、合意内容を踏まえて追加関税を見送る方針を示した。ウクライナ戦争への米国の支援停止を避けたい欧州としては、対抗措置を準備しつつも、前述のようなグリーンランドにおける軍事的権限の拡大等の見返りを提供することによるエスカレーション回避を模索しているとみられ、トランプ氏がひとまずトーンダウンしたことは望ましい展開といえる。しかし、トランプ大統領の発言はこれまでも二転三転してきた。交渉の過程でトランプ氏が再び欧州に対する追加関税を蒸し返すリスクも無視できない。欧州経済はウクライナ戦争以降のエネルギーコスト高に苦しんでいるが、仮に追加関税を課されれば景気回復が一層遅れる要因になる。仮に25%の追加関税が課された場合、製造業国で対米輸出依存度が高いドイツやオランダを中心に輸出が下押しされ、EU全体のGDPが▲0.2%程度下振れると試算される(図表4)。また、今回の追加関税はいったん見送られたものの、昨年の関税交渉妥結を機に沈静化したとみられていたトランプ氏の高関税政策が突如再始動したことは、今後も経済的な不確実性が高い状況が続くことを示唆するものとなった。ECB(欧州中央銀行)のラガルド総裁は、「トランプ氏の絶え間ない方針変更で生じる不確実性」への懸念を示しているが、不確実性の高さはそれ自体が投資や消費などを委縮させる要因として先行きの欧州経済にのしかかってくるだろう。
図表4 25%追加関税の影響(EU加盟6カ国)
- (注)2024年の貿易データを基に試算。みずほリサーチ&テクノロジーズ(2025)を参考に、需要の価格弾力性を0.5と仮定
- (出所)Eurostatより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
EUは自立・多角化により米国依存低減を加速へ
経済・安全保障面で米国に依存することのリスクを改めて浮き彫りにした今回のトランプ氏の一連の言動は、欧州の自立・多角化を通じた米国依存低減の動きを加速させる可能性が高い。
ロシアだけでなく中国や米国も対象に、特定国への過度な経済的依存を低減すべく、欧州委員会は既に競争力コンパス等を通じた域内産業の保護・競争力強化のほか、域外諸国との連携強化に取り組んでいる。最近ではインドネシアやメルコスール(南米南部共同市場)とのFTA(自由貿易協定)が締結されたほか、インドとのFTAも成立間近と報道されている。また、欧州は民主主義や自由貿易という共通の価値観を有するパートナーとしての日本との関係強化にも前向きであり、2025年7月の日EU首脳会談では「競争力アライアンス」を立ち上げ、経済安全保障や貿易、防衛産業など様々な分野で協力を深める方針が示された。米国の政策不確実性の高さが改めて示されたことで、域内の産業基盤強化による経済的自立と、日本を含む諸外国との連携拡大による多角化を通じた米国依存低減の流れが加速するとみられる。
集団安全保障を基本とするNATOの枠組み内でのグリーンランド防衛強化を主張する欧州と、防衛と領有権の一体性を主張するトランプ氏との安全保障に関する根本的な認識の相違が顕著になったことも重要だ。トランプ氏の主張は、自国の領域のみを防衛し同盟国の防衛にはコミットしないとも解釈でき、NATOの形骸化が懸念される。これまで安全保障面で米国を中心とするNATOに強く依存してきた欧州は、ロシアのウクライナ侵攻とトランプ氏の大統領就任を契機に防衛力強化に取り組んでいるが、グリーンランドを巡る同氏の一連の主張は、安全保障面でも米国依存脱却の機運を一層高め、防衛力強化の動きを加速させる可能性があろう。
欧州に予想されるこうした変化は、フォン・デア・ライエン欧州委員長が1月20日にダボス会議で行った演説からもうかがえる。同氏は、米国との連携の必要性に言及しつつも、「世界の恒久的な変化」を前提に、欧州の産業競争力や防衛力の強化を通じた自立や域外国との連携拡大による多角化の取り組みを加速する方針を示した(図表5)。市場も反応しており、昨年末にかけて下落した欧州の防衛関連株は、欧州の防衛力強化が中長期的なトレンドとして再認識されたことなどから、足元で再び上昇に転じている(図表6)。
図表5 2026年ダボス会議におけるフォン・デア・ライエン欧州委員長の演説概要
- (出所)欧州委員会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表6 欧州の株価指数
- (注)防衛関連株はGoldman Sachs作成の欧州防衛株バスケット
- (出所)Bloombergより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
このように、欧州は足元でグリーンランド領有の野心を強めるトランプ氏への対応に苦慮しながらも、自立・多角化の加速を模索しているように見える。一方、米国・中国という世界の二強の間で、どこに活路を見出すかが問われているのは日本も同様である。2月上旬の選挙後に誕生する政権にとっても重い課題となろう。
[参考文献]
みずほリサーチ&テクノロジーズ(2025)「2025・2026年内外経済見通し~グローバル化の再調整に向けた過渡期の世界経済~」、2025年5月21日
- 1860年代に当時のジョンソン大統領が買収を試みたほか、戦後にもトルーマン大統領がデンマークに対して購入を打診したがいずれも失敗している
- 同措置は中国からの経済的な威圧を想定して導入されたものと言われている。現時点で発動した事例はない
