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スーパーコンピューターによる変異予測や医薬品開発に道

インフルエンザたんぱく質巨大複合体の高精度電子状態計算に成功

2010年3月24日
科学技術振興機構(JST)
神戸大学
立教大学
国立医薬品食品衛生研究所
日本電気株式会社
みずほ情報総研株式会社
東京大学生産技術研究所
海洋研究開発機構

JST目的基礎研究事業の一環として、神戸大学 大学院工学研究科の田中 成典 教授と立教大学 理学部の望月祐志准教授らの研究チームは、インフルエンザウイルスの巨大な表面たんぱく質が抗体や阻害剤と結合する際の電子状態を精密に計算することに成功し、インフルエンザウイルスの感染・変異メカニズムや医薬品設計に関わる分子間相互作用の詳細を明らかにしました。これはヘマグルチニン(HA)(*1)たんぱく質三量体とその抗体、ノイラミニダーゼ(NA)(*2)たんぱく質とその阻害剤との結合系に対する量子力学的な第一原理分子軌道計算(*3)を海洋研究開発機構のスーパーコンピューター「地球シミュレータ」で高速かつ高精度に実行した成果で、将来のパンデミック対策にも役立つ可能性があります。

インフルエンザの感染プロセスには、ウイルス表面にあるヘマグルチニンたんぱく質三量体と宿主側の糖鎖または抗体との相互作用が重要だと知られています。また、宿主細胞に感染したウイルスが増殖後、離脱する際にノイラミニダーゼたんぱく質が重要な働きを演じます。これらの機能を分子レベルで定量的に解析することができれば、インフルエンザ研究を加速できると考えられますが、従来はこれら生体高分子の相互作用を高精度で理論的に解析することは困難でした。

本研究チームは、まずヘマグルチニン三量体と免疫抗体との結合系の立体構造を用いて、巨大たんぱく質複合体の中でどのアミノ酸残基同士が強く相互作用しているかを明らかにしました。この研究では、フラグメント分子軌道(FMO)法(*4)と呼ばれる巨大生体分子系に有効な高速並列計算手法を使って分散力(*5)などの効果も適切に取り入れた電子状態計算を行いました。また、ノイラミニダーゼたんぱく質とその阻害剤との結合系に対しても、摂動論的な手法による高精度の第一原理計算を実行しました。その際、地球シミュレータのベクトルアーキテクチャの特性を考慮し、並列化の手法などに工夫を凝らして高速化を進めたハイブリッド並列計算を実現しました。

その結果、全ての計算を数時間で完了し、ヘマグルチニンたんぱく質の各アミノ酸を抗体がどのように認識しているか、またノイラミニダーゼたんぱく質の各アミノ酸とタミフルなどの阻害剤がどのように相互作用しているかなどの問題を定量的に明らかにすることが可能となりました。ヘマグルチニン抗原抗体系の計算は、生体高分子に対する電子相関(*6)を取り入れた第一原理分子軌道計算としては世界最大規模(2351残基、36160原子)です。

今回の成果は、今まで解析が困難であった巨大生体分子複合体の高精度第一原理分子軌道計算を短時間で系統的に行うシミュレーション技術の基盤を築くとともに、インフルエンザウイルスの変異予測や医薬品開発といった重要な課題にスーパーコンピューターを用いて合理的にアプローチする実用的な道を開くものです。

本研究は、みずほ情報総研株式会社の福澤 薫 チーフコンサルタント、国立医薬品食品衛生研究所の中野 達也 室長らと共同で、また、日本電気株式会社、東京大学生産技術研究所と連携して行われました。本研究成果は2010年3月28日(日)に「日本化学会第90春季年会」(会場:近畿大学本部キャンパス(東大阪市))で発表されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域:「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」
  (研究総括:土居 範久 中央大学理工学部情報工学科 教授)
研究課題名:「フラグメント分子軌道法による生体分子計算システムの開発」
研究代表者:田中 成典(神戸大学 大学院工学研究科 教授)
研究期間:平成16年10月〜平成22年3月
JSTはこの領域で、幅広い分野で使えるシミュレーションの基盤技術を研究しています。

本研究の詳細については、こちらをご覧ください。
フラグメント分子軌道法による生体分子計算システムの開発
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/report/2010/fmo_report.html

用語解説

  1. *1ヘマグルチニン(HA)
    赤血球凝集素。インフルエンザウイルスの表面に存在し、宿主細胞膜上の糖鎖と結合することで細胞内にウイルスが侵入する。糖鎖もしくは抗体との結合領域のアミノ酸残基が非常に変異しやすいことが抗体の作製やワクチン開発を困難にしている理由の1つである。
  2. *2ノイラミニダーゼ(NA)
    インフルエンザウイルスの表面に存在し、宿主細胞表面の糖鎖をシアル酸残基の部分で切断する活性を持つ酵素たんぱく質。この働きによって、新たに作られたウイルス粒子が感染した細胞から遊離する。タミフルやリレンザなどの医薬品はこの活性を阻害する。
  3. *3第一原理分子軌道計算
    経験的パラメータ−を用いない、量子力学的手法による分子の波動関数(軌道)の計算。ハートリー−フォック(HF)法や電子相関効果を取り入れたポストHF法などが用いられる。
  4. *4フラグメント分子軌道(Fragment Molecular Orbital;FMO)法
    1999年に北浦 和夫 氏(現 京都大学 教授)によって提案された生体分子系に対する効率的な計算手法。巨大系を比較的小さなフラグメント(アミノ酸残基など)に分割し、各フラグメントのモノマーとダイマーの分子軌道計算を並列処理することにより、全系の電子状態をこれまでの手法よりはるかに短時間に高精度で解析することができる近似計算法。
  5. *5分散力
    アルキル基やベンゼン環などの疎水性グループ間に働く引力的な相互作用で、たんぱく質の疎水性アミノ酸残基間の相互作用やDNAにおける塩基分子の積層相互作用などで重要な働きをしている。
  6. *6電子相関
    HF法の1電子平均場近似では取り込まれない電子間の反発の効果。MP2法やMP3法などのポストHF計算で導入される。

本件に関するお問い合わせ

研究に関するお問い合わせ

田中 成典(タナカ シゲノリ)
担当:全体とりまとめ、インフルエンザHAの計算解析
神戸大学 大学院工学研究科 教授
〒657-8501 神戸市灘区六甲台町1-1
電話:078-803-7752 ファックス:078-803-7761
E-mail:tanaka2@kobe-u.ac.jp

望月 祐志(モチヅキ ユウジ)
担当:MP2とMP3計算エンジンの開発、ハイブリッド並列化
立教大学 理学部 化学科 准教授
〒171-8501 東京都豊島区西池袋3-34-1
電話:03-3985-2407 ファックス:03-3985-2407
E-mail:fullmoon@rikkyo.ac.jp

福澤 薫(フクザワ カオリ)
担当:インフルエンザHAおよびNAの計算解析
みずほ情報総研株式会社 サイエンスソリューション部 チーフコンサルタント
東京大学生産技術研究所 協力研究員(兼務)
〒101-8443 東京都千代田区神田錦町2-3
電話:03-5281-5271 ファックス:03-5281-5414

中野 達也(ナカノ タツヤ)
担当:ABINIT-MPXプログラムとりまとめ、インフルエンザNAの計算
国立医薬品食品衛生研究所 医薬安全科学部 第四室 室長
〒158-8501 東京都世田谷区上用賀1-18-1
電話:03-3700-1268 ファックス:03-3700-9788
E-mail:nakano@nihs.go.jp

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廣田 勝巳(ヒロタ カツミ)
科学技術振興機構
イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
電話:03-3512-3524 ファックス:03-3222-2064
E-mail:crest@jst.go.jp

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〒102-8666 東京都千代田区四番町5-3
電話:03-5214-8404 ファックス:03-5214-8404
E-mail:jstkoho@jst.go.jp

神戸大学 広報室
〒657−8501 神戸市灘区六甲台町1-1
電話:078-803-5083 ファックス:078-803-5088
E-mail:ppr-kouhoushitsu@office.kobe-u.ac.jp

立教大学 リサーチ・イニシアティブセンター
〒171−8501 東京都豊島区西池袋3-34-1
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国立医薬品食品衛生研究所 総務部 業務課 企画調査係
〒158-8501 東京都世田谷区上用賀1-18-1
電話:03-3700-1141 ファックス:03-3700-1362
E-mail:oohashi@nihs.go.jp

日本電気株式会社 コーポレートコミュニケーション部
〒108-8001 東京都港区芝五丁目7-1
電話:03-3798-6511 ファックス:03-3457-7249
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みずほ情報総研株式会社 広報室
〒101-8443 東京都千代田区神田錦町2-3
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東京大学生産技術研究所 総務課 総務・広報チーム
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