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2019年11月5日

変曲点を迎える中小製造業のIoT等デジタルツール活用

経営・ITコンサルティング部 武井 康浩

浸透し始めた生産性向上のためのIoT

我が国の中小製造業では、グローバルな競争環境への対応や人材不足等の課題を抱える中、一層の生産性向上や高付加価値化の一手段として、IoT等デジタルツールの活用が推進されてきた。具体的には、経済産業省、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)による「地方版IoT推進ラボ*1」での各種IoTビジネス支援、ロボット革命イニシアティブ協議会(RRI)による「スマートものづくり応援ツール」募集*2、各地方自治体・団体によるIoT等導入支援施策などを通じて、中小製造業のIoT等デジタルツール活用が後押しされてきたところである。

なお、その主流は、中小製造業の「IoTは高度で手の届かないもの」というこれまでの認識に対して、「身の丈IoT」というキーワードを掲げ、より簡単に活用できる、また安く使えるIoTツールに基づいた、中小製造業の現場改善・生産性向上を推進するものである。

そして昨今では、その効果が目に見える形として現れ始めており、各地域の中小製造業においてIoT等デジタルツールの導入・活用が加速し、さまざまな企業で従来以上の現場改善・生産性向上が実現されつつある。

将来のビジネス環境激変への懸念

中小製造業において、生産性向上等を志向した「身の丈IoT」が浸透し始めている一方で、今後のビジネス環境を見通すと、中小製造業の既存ビジネスが縮小するとの危機感も生まれつつある。従来の業務を効率化していくだけでは事業自体の維持・継続が困難になる将来も少なからず想定されている。

その典型的な例として、我が国の主要産業である自動車産業の変化がしばしば取り上げられる。自動車産業は、現在、つながる(Connectivity)・自動化(Autonomous)・利活用(Shared & Service)・電動化(Electric)、いわゆる「CASE」が大きな潮流となっており、これらへの対応が、関連産業を含む自動車産業の行く末を決めるといわれている。特に、電動化が進めば事業のかなりの部分はなくなり、シェアリングの普及により、国内の自動車生産がさらに縮小すると見られている。

実際のところ、自動車ではガソリンエンジン等内燃機関が現状主流の動力源であるが、電池とモーターで動く電気自動車が普及すれば旧来型のエンジンやトランスミッション、排気系等の関連部品は必要がなくなり、部品点数も大幅に減る。この影響として、自動車部品等の製造を手がける多くの中小製造業では、部品点数と車両数が縮小すれば中小製造業同士の価格競争に巻き込まれ、事業が立ち行かなくなる企業も出てくると懸念するところである。

デジタルツール活用の変曲点

上記のような将来のビジネス環境の激変に備え、持続的な成長を実現するための新たな価値創出が求められはじめている。先進的な中小製造業では、従来のものづくりに加えて、新たな売上獲得のために、IoT等デジタルツールを基盤にした新たな取り組みを開始している。

たとえば、愛知県碧南市に所在する旭鉄工株式会社は、EVやシェアリングの普及により既存事業の将来性が不安視される中、自社の現場改善ノウハウと自社開発した生産設備稼働状況を把握するIoTツール「製造遠隔ラインモニタリングサービスiXacs」を提供する新会社(i Smart Technologies株式会社)を立ち上げている。これにより、自動車部品製造のみならず、ITサービスを1つの事業とし、新たな売上獲得に向けて走り出している。

同様に、自社の現場改善ノウハウ、自社開発したIT・IoT等デジタルツールをサービスとして外販する企業として、東京都青梅市に所在する武州工業株式会社が挙げられる。棚卸しを切り口として「倉庫在庫管理」「生産実績管理」「工程不良管理」など、日々の決算を可能とする仕組みとして独自開発した統合管理システム「BIMMS(BUSYU Intelligent Manufacturing Management System)」をクラウドに移行し、クラウドサービスとして自社のみならず、他社にもサービス提供を始めている。

さらに、東京都八王子市に所在する月井精密株式会社も、ものづくりで培った自社のノウハウを転用したクラウドサービスを展開している。具体的には、試作中心の一点ものを多く手がける同社は、手間がかかる勘・経験・度胸による見積もりから脱却すべく、営業や見積業務、協力会社の探索および見積依頼をクラウド上で簡単にできるサービス「TerminalQ」を開発している。同サービスを提供する新会社(株式会社NVT)を通じて外部企業にも展開し、多くの利用企業が同サービスを利用するに至っている。

内向きから外向き志向へ

これら3つの先進企業のように、製造業として蓄積してきた自社のものづくりノウハウ、さらに自社向けに開発したIoT等デジタルツールを基に、社外向けのサービス提供を行う動きは、新たな売上獲得のための1つの典型的な例である。

取り組みのポイントは、「IoT等デジタルツール活用は、現場改善・生産性向上等の社内で行うもの」という意識を見直し、社外にあるビジネスチャンス獲得のための武器として、IoT等デジタルツールを捉え直すことにある。言い換えれば、IoT等デジタルツールの特徴である“つながる”をてこに、たとえば、製品販売からサービス提供へと顧客との関わり方を変えることなど、社外の顧客との新たな“つながり”を構築する意識を持つことである。

中小製造業がIoT等デジタルツール活用を通じて、こうした取り組みに踏み出すことで、今後起こり得るビジネス環境の激変の中でも、新たな売上獲得、持続的な成長の実現につなげていけるものと期待される。

  • *1)経済産業省・独立行政法人情報処理推進機構は、地域におけるIoTプロジェクト創出のための取り組みを「地方版IoT推進ラボ」として選定し、ロゴマークの使用権付与、メールマガジンやラボイベント等によるIoT推進ラボ会員への広報、地域のプロジェクト・企業等の実現・発展に資するメンターの派遣等の支援を行っている。
  • *2)ロボット革命イニシアティブ協議会では、中堅・中小製造業者のIoTに関する悩みを踏まえつつ、製造業におけるIoT活用の推進を目指して、より簡単に、安く使えるIoTツールの募集・選定を行い、「スマートものづくり応援ツール」として公表している。

[参考]
i Smart Technologies株式会社の取り組み
中部経済産業局が推進する施策を利活用して新技術・新商品を開発した企業等を対象に「中部発きらり企業」として紹介されている企業。旭鉄工株式会社(自動車部品製造)で製造ラインの稼働状況をモニタリングするIoTシステムを一から構築・導入し、 生産能力の大幅改善に成功したのをきっかけに創業した会社。現在は同システムの外販だけでなく、コンサルティングまで行っている。
https://www.chubu.meti.go.jp/koho/kigyo/106_i-smart/index.html

武州工業株式会社の取り組み
中小製造業の先進的なIoT活用企業を紹介する関東経済産業局 「中小ものづくり企業IoT等活用 事例集(PDF/4,220KB)」 への掲載企業。その他、中小企業庁が取りまとめ公表している「はばたく中小企業・小規模事業者300社」の選出企業。BIMMSと呼ばれるWEB版社内生産システムを自社開発し、現在では120台のipadが生産現場にて運用されIT化に成功している。
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000279.pdf(PDF/3,260KB)

株式会社NVTの取り組み
中小製造業の先進的なIoT活用企業を紹介する関東経済産業局 「中小ものづくり企業IoT等活用 事例集(PDF/4,220KB)」 への掲載企業。小惑星探査機「はやぶさ」に使用されるコンピュータボックスを製造する等、技術力に強みをもつ精密機械部品の加工メーカ月井精密株式会社から生まれたIT企業。切削業向けウェブクラウド版見積ネットワークサービス「Terminal Q」の開発・運営を行う。

武井 康浩(たけい やすひろ)
みずほ情報総研 経営・ITコンサルティング部 シニアコンサルタント

中小製造業を中心にデジタル活用に関わる調査研究・事業化支援に携わり、多様な企業のデジタル活用を通じた現場改善・生産性向上、デジタル活用による新価値創出の取り組みを支援。また、移動・交通分野では、ITS(高度道路交通システム)、自動運転等に係る技術・市場・政策動向等の調査研究および実証事業等に携わる。