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2019年3月18日

津波・高潮のシミュレーション

サイエンスソリューション部 荒木 和博

はじめに

古くから津波や高潮の脅威にさらされてきた日本においては、コンピュータ技術の発展に合わせて、津波や高潮のシミュレーションも高度化・詳細化し、沿岸地域の浸水予測や防波堤等の設計等に活用されてきた。特に2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震を受けて、これまで考慮してこなかった巨大地震による津波が想定されるようになり、各都道府県でもシミュレーションを用いた津波浸水ハザードマップが作成されるようになった。高潮についても、2015年の水防法の改正を受けて、東京都や福岡県を始めとして、高潮浸水ハザードマップの整備が進められている。また、昨年の台風21号により近畿地方の港湾が大きな被害を受けたことを受け、高潮リスクに対する更なる低減対策が必要とされている。

本コラムでは、津波・高潮対策に対して、計算機を用いたシミュレーションによる当社の取り組みについて紹介する。

津波・高潮のシミュレーション

津波といったときに、東日本大震災のときの映像をイメージする人が多いだろう。津波の特徴は、波長が非常に長いことであり、その長さは数km~数100kmに及ぶ。一般に言う波(波浪)の波長が数m~数100mであることに比べると、まったく違う現象であることが分かるだろう。波浪が、主に海面に吹く風によって引き起こされるのに対して、津波は主に地震による地殻変動によって引き起こされる。地震によって海底が隆起・沈降すると、それにより海面高さが広い範囲で変化し、高いところから低いところに向かって波が伝播する。なお、津波の伝播速度は、外洋では水深の平方根によって決まる(水深4000mくらいの深いところではジェット機並みの速度になる)。このため、例えばチリで地震が発生すると、その規模によらず津波が日本に到達するのはほぼ1日後になる。

このような津波の伝播現象は、連続の式と運動方程式という2つの基礎式で記述され、計算機を用いて解くことによって、津波のシミュレーションが行われる。津波シミュレーションでは、主に津波遡上時の浸水深や海岸での波高、波の到達時間等が評価され、避難計画の策定や防潮堤・防波堤の設計等に活用される。

一方で、高潮に目を向けると、津波の発生源が主に地殻変動であるのに対して、高潮の発生源は、主に台風である。台風の通過に伴い、気圧の低下による海面の吸い上げと、強風による海面の吹き寄せが発生し、その結果として海面高さが広い範囲で変化する。ただし、このような発生源(ソースターム)の違いはあっても、高潮の潮位変化もやはり津波と同じ基礎式で記述され、同じように計算機でシミュレーションすることができるため、津波と高潮を同じシミュレータで計算することは珍しくない。

津波・高潮のシミュレーションは、通常次の4つのステップで行われる。

  1. [1]地形データの作成
  2. [2]地震断層モデルの用意、もしくは、台風経路データの用意
  3. [3]計算機によるシミュレーション
  4. [4]計算結果の整理(浸水深分布の作成等)

計算の精度に最も影響を及ぼすのは[1]と[2]であるが、慣れていない人にとっては、[1]の地形データの作成で多くの時間を要する。また、[2]の発生源の想定には多くの不確かさがあるため、何種類もの地震・台風モデルを用意して複数回の計算を行うことが多い。

当社では、港湾空港技術研究所における高潮津波シミュレータSTOCの開発(現在、津波シミュレータT-STOCとして港湾空港技術研究所にて公開中)を始めとして数多くの業務で津波解析やシミュレータの開発に携わってきている。それらの経験を活かして、当社では2013年にBCM(Building Cube Method)*1による津波シミュレータを開発し、これまで数万ケースの津波計算を実施してきた。従来の津波シミュレーションでは、図1に示すように広い領域を粗いメッシュで計算し、目的地域を細かなメッシュで計算するというネスティング手法が広く用いられている。これに対して、BCMでは、図2に示すように領域を分けずに必要な箇所(主に遡上域)だけを細かなメッシュで計算することで計算の効率化を図っている。例えば、内閣府が平成24年に南海トラフの巨大地震に関する津波高のデータを公表したが、太平洋岸全域を網羅するために、ネスティング手法の地形データセットを390セット用意してシミュレーションを行っているが、BCMでは1つの地形データセットだけを用意すればよい。

図表1

最後に

当社では、これまでどおり解析サービスを提供していく一方で、2019年度から前述のBCM津波シミュレータに、台風モデルやGUI(グラフィックユーザーインターフェース)を追加した津波・高潮シミュレータ(図3)の提供(有償)を開始する。当シミュレータは、シミュレーションに慣れていない人でも、GUI上の簡単な操作で地形データ作成から計算結果表示までを一貫して実施することを可能とし、更に複数の地震モデルや台風モデルの計算を一括して実行可能とするものである。このような取り組みを通じて、津波・高潮対策へのシミュレーションの利用を推進していきたい。

図表2
  • *1)Nakahashi, K. et al.: Building-Cube Method for Large-Scale, High Resolution Flow Computations, AIAA Paper 2004-0423.