経営・ITコンサルティング部 羽田 康孝
コロナ禍における飲食業の事業継続に向けた対応
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行を契機に、移動の抑制や三密(密閉空間、密集場所、密接場面)の回避など、いわゆる「新しい生活様式」に基づいた行動が人々に求められている。
人々の行動変容による産業への影響は業種によりさまざまであるが、特に飲食業では、人々の行動変容に対応するために、サービス提供時の従業員や利用者の感染リスク抑制のための取り組みが求められている実態がある。たとえば、利用者の健康状態を把握するための検温の実施や、社会的距離を確保するための座席数の抑制、営業時間の短縮などが挙げられる。
飲食業では、これら対応の実施に伴い、従来にはない新たな作業が発生することに加え、収益機会の制限にもつながることから、事業運営上の大きな負担となっている。その中で、これらの負担を少しでも解消しながら、飲食事業を継続するために、感染症対策に係る作業負荷の軽減や、三密を回避した形での新たな収益機会の創出など、下表にみられるさまざまな工夫が試みられ始めている。
飲食業が事業を継続するための工夫の例
左右スクロールで表全体を閲覧できます
工夫の例 | 概要 |
---|---|
感染症対策に係る |
|
三密を回避した形での |
|
出所:各種資料を参考にみずほ情報総研作成
サービス提供形態の変化と、変化を促すデジタル技術
飲食業での試行錯誤が進む中でも、特に、ゴーストレストランやフードトラック等の試みは注目に値する。新型コロナの流行の長期化により、中長期的な事業環境の見通しが不透明となる中、感染症対策と事業継続を両立する試みとして有効だと考えられるためである。
ゴーストレストランとは、喫食スペースは持たず、キッチンでの調理に特化し、フードデリバリー等を介して飲食物を利用者に提供する形態の飲食店である。一方、フードトラックは、キッチンを搭載した車両で広場等に移動し、車両内で調理した飲食物を提供する形態の飲食店である。両形態とも店舗や座席を保有せず、従業員や利用者が集まらない形での営業が可能なことから、人々の新しい生活様式への対応につながり、新型コロナの感染リスクを抑制する方法として有効なのである。
他方、ゴーストレストランやフードトラックは、実態として従来から「出前」や「移動販売車」として存在した形態の飲食店でもある。しかし、今回、これらが従来以上に大きく注目され始めたのには要因がある。それは、新型コロナに伴う人々の行動変容に対応しやすい形態であることに加え、近年浸透したデジタル技術の活用により、これら形態への転換に係るハードルが大きく低下したことである。
たとえば、従来、フードデリバリーを実施するには、自社で配達員を確保する必要があった。しかし、タブレットPCやスマートフォン等のアプリ上で料理の注文・決済・配達(配達員の手配)を完結するプラットフォームが台頭したことにより、自社で配達員を確保しなくても、デリバリーサービスを提供できるようになった。また、フードトラックの出店にあたっては、従来は出店したい場所の管理者と個別に使用許可や使用料金を調整する必要があったが、空きスペースと出店者をマッチングするサービス等の出現により、飲食に対するニーズの高い場所への出店を容易に実現することが可能となった。
このように、デジタル技術の活用を前提とすることで使い勝手の高まったゴーストレストランやフードトラック等のサービス提供形態は、感染症対策と事業継続を両立する試みとして、新型コロナの感染リスクを抑制しつつ、小規模な飲食店でも対応しやすい方法として関心が高まっているのである。
デジタル技術がビジネスモデルの変革を支える
飲食業のサービス提供形態の転換は、感染症対策と事業継続の両立のための手段のみならず、中長期的な飲食業のビジネスモデルの変革にもつながる可能性がある。
たとえば、ゴーストレストランやフードトラックに転換することによる事業運営上のメリットとして、固定費の抑制が期待できる。固定店舗で営業する際は、調理スペースに加え、喫食スペースや配膳スタッフも確保する必要があり、賃料や人件費等の固定費が大きくなるのが一般的である。しかし、ゴーストレストランやフードトラックの場合、喫食スペースが不要となり、また配膳のための人員を最小化することができる。結果として、調理場(または車両)および最小限の人員で飲食店を営業することができ、従来の固定店舗での営業と比べると固定費*を大幅に抑制することが可能となる。
また、ゴーストレストランに転換することで、提供する飲食メニューを柔軟に変更・追加できるようになり、提供する料理の多様化が容易に実現できる。従来のような店舗で営業を行う場合、店舗のコンセプトに合わせたメニューを作り、また内装等の店づくりが不可欠となる。そのため、提供する料理を大幅に変更するためには、改めて店のコンセプトやメニューの作り変え、内装等の店舗改装を行う必要があり、大きな手間とコストが発生する。しかし、店舗を持たずに料理のみを提供するゴーストレストランであれば、フードデリバリーサービスのアプリに登録された店舗情報を変更するだけで、顧客のニーズの変化に合わせて提供するメニューを柔軟に変更できるだけでなく、時間帯や季節に応じて、全くコンセプトの異なる料理の専門店を同時に営業することも可能となる。実際に、売上や提供コストを勘案し、開業後にメニューを転換する事業者や、同時に10以上のブランドを展開する事業者もみられる。
フードトラックに転換する場合には、ニーズのある場所に自ら移動して営業できる可動性(モビリティ)の獲得が期待できる。たとえば、日中はオフィス街に出店して、ビジネスパーソンに昼食を提供し、夜は住宅街に出店して、共働き世帯向けに夕食を提供することなども可能となる。つまり、サービスを提供する最適な場所への可動性を高めることにより、顧客のニーズの高い場所へ「自ら移動する」ことができ、売上を一層高めることも可能となるのである。また、前述したマッチングサービスの中には、出店履歴のデータを活用して販売支援サービスを提供するものもある。
このように、ゴーストレストランやフードトラックといったサービス提供形態への転換は、固定費の抑制や、顧客ニーズに即した柔軟な店舗展開、新たな顧客獲得などにもつながることから、コロナ禍における事業継続のための手段となるにとどまらず、収束後の新たなビジネスモデルにもつながるものと期待される。こうした飲食業のビジネスモデルの変革は、店舗情報や注文情報を一元化し、配達先/配達員の位置情報等を用いて最適な配送マッチングを提供するフードデリバリーサービスや、データを活用し、最適な場所での出店を促進するマッチングサービスなど、デジタル技術を前提とするサービスによって下支えされている。
アフターコロナを見据えた飲食業のあり方
飲食業では、人手不足、収益性の低さなど、以前から抱える多くの課題に加え、新型コロナ流行による事業環境の変化に対応することが喫緊の課題となっている。
他方、新型コロナ流行を契機に、世の中全体としても働き方や居住地を含むライフスタイルが変化する中で、消費者の飲食に対するニーズそのものも変化し、収束後も、従来の姿には戻らない可能性も指摘されている。
このような先行きを見通しにくい今後の社会・経済情勢の中、新型コロナ流行への対応を行いつつ、さらに飲食業が抱える課題を解消していくためには、目先の感染症対策のみならず、サービス提供形態を転換し、デジタル技術を活用するなど、将来のビジネス変革にもつながり得るアクションに思い切って踏み出していくことも一案ではないか。
外食は、本格的かつさまざまな種類の料理を手軽に楽しめる点で、筆者のようなオフィスワーカーにとって楽しみの一つである。苦境を迎えている飲食業が、1日も早く賑わいを取り戻すことを期待したい。
- * ゴーストレストランやフードトラックへの転換にあたっては、フードデリバリーサービスや空きスペースのマッチングサービスの利用料金が新たに発生する。ただし、これらサービスの多くは、売上に応じた従量課金制のため、固定費の増加には寄与しない。
羽田 康孝(はねだ やすたか)
みずほ情報総研 経営・ITコンサルティング部 コンサルタント
デジタル領域(AI、ブロックチェーン)やモビリティ領域(MaaS、自動運転)等に関する調査研究・コンサルティングに従事。デジタル技術の社会実装に向けた政策立案支援や、ビジネスの創出・事業化支援を担当。
関連情報
この執筆者はこちらも執筆しています
-
2019年11月8日
【連載】デジタル変革の潮流を読む
-
2020年12月9日
―仮想通貨から生まれた新たなデジタル技術への期待―
-
2020年3月24日
-
2020年2月26日
―無人航空機の産業活用の未来―