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2021年3月18日

地震防災とシミュレーション

虫の目、鳥の目、そして賽の目

サイエンスソリューション部 今井 隆太

2021年の福島県沖地震

東北地方太平洋沖地震からちょうど10年が経過しようとしているさなかの夜半の不意打ち。2021年2月13日23時7分、福島県沖でM7.3の地震が発生し、宮城県と福島県では最大震度6強を観測した。沈み込む太平洋プレート内部の深さ約55kmの場所で発生した逆断層型の地震とみられ、気象庁は東北地方太平洋沖地震の余震と推定している*1。KiK-net山元(MYGH10)で観測された最大加速度は1432ガルに及び、K-NET, KiK-netで観測された長周期地震動階級は浪江(FKSH20)や江戸崎(IBRH07)で4を記録する*2など、非常に大きな地震がこの場所でまたしても起こるとは。

あらためて、防災について思いを致す機会となった。以下では、地震防災に挑戦する科学技術についてシミュレーションを軸に概観する。

虫の目、鳥の目

災害が発生するたびに観測網が整備されてきた。例えば、気象庁では、全国の地震計の観測データをリアルタイム処理して警報等の情報を提供するシステムEPOS(地震活動等総合監視システム)を整備している*3。また、防災科学技術研究所(防災科研)では様々な観測網を整備しており*4,5,6、2017年11月からは、これらの観測網を統合して陸域から海域までを網羅する観測網MOWLAS(陸海統合地震津波火山観測網)の運用を開始している*7

これらの観測網では主に地震計が用いられ、地面の揺れを記録している。地面の揺れを理解するには、地盤の様子を知ることも重要である。地質調査やボーリングによる地質構造の推定、人工地震の反射波のデータ解析による地下構造の可視化、自然の常時微動に着目したS波速度分布の調査など、物理探査も行われている。断層破壊とは断層面を挟む二つの地盤同士の滑り現象であり、そのプロセスは摩擦が鍵となる。地盤の摩擦現象を調べるために岩石破壊実験が行われることも多い。これらの観測や実験で得られたデータから地下構造や断層破壊のプロセスを推定する場面では、主にインバージョンという一種のシミュレーションが利用されている。シミュレーションは、地を這う虫のごとく、各地点で地面の動きをつぶさに、絶え間なく、静かに凝視し、目に見えない地面の下を知覚することができる。

上述の観測網のお蔭で、観測データは空間的な広がりを持って蓄積されている。2021年の福島県沖の地震では、12観測点での波形記録とシミュレーションモデルを組み合わせた震源過程の解析結果が防災科研より公表された*8。また、地震ハザードステーションJ-SHIS*9では、過去の被害地震と類似の震源モデルに対して強震動の空間的な特徴をシミュレーションで再現したシナリオ地震動予測地図が公開されている。シミュレーションは、空を舞う鳥のごとく、高い視点から広大な範囲を俯瞰し、場所ごとの特徴の相違を識別し、速やかに把握することができる。

そして賽の目

世界に例を見ないほど充実した地震観測網と様々な解析技術を以てしても、いつ、どこで、どんな地震が発生するかはわからない。それでも災害に立ち向かい、少しでも被害を低減するために様々な取り組みがなされている。地震調査研究推進本部が作成し、公表している全国地震動予測地図は、確率論的地震動予測地図とシナリオ地震動予測地図から構成されている*10。限りあるリソースの中で合理的な防災対策を策定するには、このような確率論に基づいたハザード評価は必須である。

さて、一定期間に一定以上の規模の地震動が生起する確率をどう受け止めるか。確率には頻度主義、ベイズ主義など様々な考え方があるが、一般的に地震動の発生確率に言及するときは、地震動が発生する頻度や発生しやすさの傾向を指していると考えられるだろう。頻度主義における確率は、大数の法則に依拠している*11,12。大数の法則を大雑把に言えば、何度も試行を繰り返すとき、ほとんどの場合にその標本平均は一定の値に漸近するという定理である*13。しかし、日本が地震大国とはいえ、一生のうちに巨大地震が同じ場所で何度も繰り返し発生したりはしない。過去の地震記録を考慮しても、標本平均が一定値に漸近するほどのサンプルサイズには程遠い。例えば、南海トラフ地震を想定した場合、どのような震源過程が生起するかはわからないし、南海トラフ地震が何度も発生して、その都度、震源過程が詳細に観察されるまで待つことはできない。巨大地震について大数の法則を実感するには、人の寿命は短すぎるということか。

ところが、実際の観察では何百年、何千年かかるかもしれない時間の壁をシミュレーションは飛び越えることが可能である。シミュレーションでは、震源域や破壊開始点、アスペリティ(SMGA)配置、破壊伝播様式などの条件を少しずつ変えた震源過程を何百通りも仮定して、あらかじめ計算することが可能である。即ち、アンサンブル予測を導入することができる*14。シミュレーションは、賽の目のごとく、時間を超越し、確率というメタ認知を具体化し、標本生成の装置を与えてくれる。

防災に向けた今後の取り組み

シミュレーションを軸に地震防災に挑戦する科学技術の取り組みを概観した。本稿では極一部しか説明し得なかったが、地震防災のレンジの広さを認識するにつけ、防災への参加の意義をあらためて強く感じる。

物理学者フリーマン・ダイソンは自身の原稿の中で、数学者のタイプを鳥と蛙に例え、「統一的な視点からコンセプトを構築する者」「具体的な問題を取り上げ、そのディテールに潜む構造をつぶさに調べる者」、両方が重要だと述べている*15。翻って、防災対策が広く社会に普及し、深い成果を発揮するためには、個人レベルの小さな取り組みから国家レベルの大きな戦略まで等しく重要であろう。防災に真に資する研究開発には、地震学、地震工学のみならず、計算科学や情報科学、あるいは社会科学も含め、必要なものすべてを取り込んだ総合力が要求されている。筆者も、シミュレーションを軸としながらも新技術を取り込んで、防災に貢献していきたい。

  1. *1) https://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/oshirase/2021/20210224_kansokukankyo.html
  2. *2) https://www.hinet.bosai.go.jp/topics/off-fukushima210213/
  3. *3) https://www.jma.go.jp/jma/kishou/intro/gyomu/index919sys.html
  4. *4) https://www.kyoshin.bosai.go.jp/kyoshin/
  5. *5) https://www.hinet.bosai.go.jp/
  6. *6) https://www.fnet.bosai.go.jp/freesia/top.php
    (4)~(6)では、以下の観測網を整備している。
    • K-NET(全国強震観測網)
    • KiK-net(基盤強震観測網)
    • Hi-net(高感度地震観測網)
    • F-net(広帯域地震観測網)
    • V-net(基盤的火山観測網)
    • S-net(日本海溝海底地震津波観測網)
    • DONET(地震・津波観測監視システム)
  7. *7) https://www.mowlas.bosai.go.jp/mowlas/
  8. *8) https://www.kyoshin.bosai.go.jp/kyoshin/topics/FukushimakenOki_20210213/inversion/inv_index.html
  9. *9) https://www.j-shis.bosai.go.jp/
  10. *10) https://www.jishin.go.jp/evaluation/seismic_hazard_map/
    例えば、確率論的地震動予測地図には、今後30年以内に各地点が震度6弱以上の揺れに見舞われる確率をコンター図として表現した地図がある。
  11. *11) 小林道正、デタラメにひそむ確率法則、岩波科学ライブラリー195、岩波書店
  12. *12) 小島寛之、確率を攻略する、ブルーバックス
  13. *13) 大数の弱法則:独立同分布に従う可積分な確率変数列 式に対して、母平均をμとし、標本平均を式1とする。このとき、任意の ε>0 に対して、式2が成り立つ。
    大数の強法則:同じ条件において、式3が成り立つ。
  14. *14) http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20160201_2/
    http://www.atmos.rcast.u-tokyo.ac.jp/hotspot/pdf/280201release_rcast.pdf(PDF/802KB)
    独立同分布に従う確率変数列の構成方法のひとつとして、元の確率空間をコピーして構成した直積確率空間からひとつのコピーへの射影との合成を取るという方法がある。元の確率空間のコピーをたくさんの並行世界になぞらえると、標本抽出とはひとつの並行世界を覗き込むような気持ちになるということだろうか。アンサンブル予測が有効であることは、天気予報などの大気循環の分野では良く知られているとのことである。
  15. *15) Freeman Dyson, Birds and Frogs, Notices of the American Mathematical Society, Volume 56, Number 2
    <引用箇所(筆者訳)>
    「鳥は空高く舞い、遠くまで見渡すことができる。鳥タイプの数学者は数学を広く展望し、統一的な視点からコンセプトを構築することで数学に貢献する。蛙は足下の泥の中で生息し、近くの花を愛でるのみ。蛙タイプの数学者は具体的な問題を取り上げ、そのディテールに潜む構造をつぶさに調べることで数学に貢献する。数学が広くて深いものであるためには、どちらも重要である」