コンサルティング第1部 竹内 誠也
「心理的安全性」とは何か
近年、「心理的安全性」に注目する経営者、管理職が増えている。心理的安全性とは、「率直に発言することや、懸念・疑問・アイデアを話すことへの不安や恐れを感じない状態」のことである。
心理的安全性という概念自体は20年以上前からあるものだが、2015年にGoogle社が、成功しているチームに共通する5つの因子を挙げ、その中でも「心理的安全性が特に重要である」と発表して以来、注目度が高まった。
心理的安全性が高まると、知識やアイデアの共有が進み、イノベーションが活発化したり育成が進んだりすることや、ミスや失敗を報告する風土が作られることが効果として期待される。
なぜいま「心理的安全性」が重要なのか
心理的安全性が日本でも注目されるようになったのは、研究結果が出たからだけではない。企業を取り巻く環境の変化により、心理的安全性の重要さを感じる機会が増えたためだ。その環境変化は、主に以下の3つが挙げられる。
VUCAの時代への突入
今までにないテクノロジーやサービスの出現により、急速に発展・衰退する企業・産業が発生するなど、現代は、「先行きが不透明で将来予測が困難であること」を意味するVUCAの時代と呼ばれている。そのような環境下では、素早く、失敗を恐れず、色々なものに挑戦することの重要度が高まり、さまざまなアイデア出しを積極的に行うことが推奨される。
社内風土を起因とする不祥事への注目
ここ数年、社内風土が起因とされるさまざまな企業での不祥事も複数起きている。「上司に意見できない」「問題・ミスを隠す」という雰囲気から、些細なミスやごまかしが大ごととなり、企業に大きな損失を与えた事例を耳にすることもあるだろう。情報化社会の中では、些細な問題であっても世間の目は厳しく、レピュテーションに影響を及ぼしかねない。会社として、いかに早急に小さなミス・問題を発見するかが重要となってくる。
新型コロナウイルス感染症の流行
感染対策として、外食・娯楽の機会が制限されるようになった。「飲み会などオフの場の方が本心を表明できる」と感じる働き手も少なくないが、オフの場でのコミュニケーションが減り、職場で本心を話せることの重要度が高まっている。
また、多くの企業で在宅勤務が促進されるなど、社員の働き方が変わった。仕事を生活の一部と捉える働き手も増え、「仕事自体を楽しむこと」への関心が高まっている。仕事を楽しむ要件として「率直に話すことができること」を挙げる人も少なくないため、心理的安全性を高めることは、採用競争力、人材定着率にこれまで以上に大きく影響するだろう。
「心理的安全性」との向き合い方
上述のような要因から、心理的安全性を高めようとする管理職も増えているが、心理的安全性の形成を組織マネジメントの一部と理解せず、やみくもに取り組んでしまい失敗する事例も出てきている。
【失敗事例①】“部下・若手にとって”話しやすい雰囲気を作ろうとした結果、上司・先輩が「感じがいい人」になろうとし、本音を隠す
部下や若手など、心理的安全性が低下しやすいと想定される人を過度に気にかけた場合に見られるケースである。上司・先輩が「話しにくい人」になることを過度に恐れ、好ましくない意見に反対できないなど、いうべきことがいえず健全な意見交換ができにくくなる。
【失敗事例②】できない理由や言い訳ばかりを主張し、本来すべき行動をしなくなる
創出すべき成果の意義・目的の伝達不足や組織へのコミットメントの欠落が見られる中で、「話しやすさ」を追求した場合に見られるケースである。個々人が“自身にとって”都合のよいことを積極的に主張し、上司が適切な業務差配を行いにくくなった結果、組織全体の成果が下がる。
2つの事例に共通する要因は、“組織のミッション・目的を達成するために”どのような対話の在り方が重要かという観点が欠けていることだ。
たとえば、既存事業が盤石で安定的な成果が求められる職場では、ミスの報告の重要度が高いだろう。一方で、新商品開発など新規性のある成果が求められる職場では、自由なアイデア出しが重要となる。
このように、組織のミッション・目的に応じて、必要とされる「対話の内容・進め方」は異なる。そのため、ただ発言を促すのではなく、まずは組織に適した対話の在り方を考え、そのうえで心理的安全性の高め方を検討すべきである。
具体的には、次のようなプロセスを踏み、心理的安全性と向き合うことを推奨する。
- ① 「自組織のミッション・目的は何か」「組織のミッション・目的からどのような対話の在り方が重要か」を考える。
- ② ①について、組織内で共通認識を作る。
- ③ 共通認識に基づいた対話を促し、組織のミッション・目的の達成に向けた対話が自然発生するようにする。
という流れである。
「心理的安全性」は、組織のミッション・目的や、それらの達成に向けたマネジメントの在り方に対する構想があって、初めて正しい方向に機能するものであることを忘れてはならない。