環境エネルギー第1部 横尾 祐輔
2020年10月の菅義偉首相(当時)による、2050年カーボンニュートラル(以下、CN)宣言を受け、国内の民間企業がサプライチェーン全体でのCNの実現に向けた中長期ビジョンの策定や、GHG(温室効果ガス)排出削減に資する取り組みを進めている。その取り組み内容の中心は、再生可能エネルギーの導入拡大や省エネルギー対策などの従来の温暖化対策である。しかし、これらの取り組みだけでCNを達成するのは難しい。そのため、CCUS(CO2回収・利用・貯留)などの革新的技術の開発が近年進められているが、これには技術面・経済面での課題がある。現時点ではGHG排出を削減するための選択肢は多い方がよい。その選択肢の1つとなるのがサーキュラーエコノミー(以下、CE)である。
CEは欧州で提唱されたもので「経済における製品・材料・その他の資源の価値を可能な限り長く維持して生産活動と消費活動における効率性を強化することで、廃棄物排出抑制など環境への影響を削減する経済システム」である。我が国はこれまでに3R(リデュース・リユース・リサイクル)といわれる資源循環に資する取り組みを着実に進めてきており、3Rに該当するリサイクル材の供給・利用などはCEとしても積極的に取り組まれている。そのほかにも、機械類などのリマニファクチャリング(再製造)やリファービッシュ(再整備)といった製品の長寿命化に関する取り組み、家電製品や衣料品などのサブスクリプションやシェアリングといったモノ売りからコト売りに転換する取り組みもCEに含まれる。
上述のように、CEは生産活動と消費活動における効率性を強化するものであるため、CEが進むと材料・製品などの生産量が減少する。実は、世界全体のGHG排出量の半分以上は物質生産に由来すると国連環境計画が報告している。すなわち、CEはGHG排出削減の有効な手段となり得る。
すでに欧州では、CEがCN(欧州では気候中立、Climate Neutral)に貢献し、上述の取り組みを通じて物質生産時のGHGを削減できると位置付けられている。日本においても、使用済み製品のリユース、リマニファクチャリング、リファービッシュといった多角的な取り組みによるGHG削減効果が算定されている。たとえば、我が国の先進的な循環経済に関する取り組み事例の収集・発信などを実施する官民連携パートナーシップ「循環経済パートナーシップ(J4CE)」では、タイヤをリトレッド*して再利用する取り組みや、クラウドサービスを利用したサーバーの集約・部品リユースの取り組みがもたらすGHG排出削減効果を紹介している。
このような物質生産時のGHG削減に資するCEに該当する取り組み(以下、脱炭素貢献CE)の重要性に対する社会的な認知度はまだ低い。しかし、脱炭素貢献CEは、CNの実現に向けて中長期的に重要な役割を担う可能性がある。たとえば、再生可能エネルギーの導入拡大や省エネルギー対策がある程度進んだ将来においては、CNの実現に向けた次の打ち手に悩む企業が出現すると想定される。これらの企業にとって、脱炭素貢献CEは、自社のCNへの対応をさらに進める有効な手段の1つになると考えられる。こうした動きはサプライチェーン全体に及んでいく可能性がある。
こうした動きが広がるには、次に示す2つの取り組みが先行して進む必要がある。1つは、脱炭素貢献CEによるGHG排出削減効果を把握する手法の確立である。現時点では統一された方法・算定ルールは存在しない。脱炭素貢献CEに限らず、ある取り組みによるGHG排出削減効果を算定する場合には、その取り組みが存在しなかった場合を想定する必要があるが、脱炭素貢献CEの場合には、この想定が意外に難しい。学術的研究などを通じた今後の進展が望まれる。
もう1つは、脱炭素貢献CEに関わる企業の取り組み事例の情報発信である。現在、GHG排出削減効果まで含めて発信している事例は限定的である。取り組みが広がるためには、何よりもまず、CEがCNに貢献すること、そして、その具体的な取り組み内容とGHG排出削減効果を広く社会に認知してもらうことが必要になる。情報発信を行う企業にとっては、CNとCEの両方の取り組みをアピールできるメリットがある一方、情報発信にはデータ収集や効果算定などで一定のコストを要する。また、計算方法が確立していない現状では、不十分な想定に基づく誤った試算とならないよう、注意を払う必要もある。
上述のように、脱炭素貢献CEは企業のCNの実現に向けて中長期的に重要な役割を担う可能性があるが、この取り組みの浸透には効果算定手法の確立や取り組み事例の情報発信を通じた社会的な認知度の向上が必要である。しかし、企業単独では対応が困難な領域もあるため、解決には政府や専門家の支援が必要となるだろう。我が国で脱炭素貢献CEが有する可能性を最大化し、CNの実現に向けた新たな一歩を踏み出すため、産官学の連携がより一層強まることを期待する。
- *走行で摩耗したトレッドゴム(路面と接するタイヤのゴム層)を貼り替え、タイヤを再使用すること
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2019年9月