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2022年3月28日

衛星データ活用の広まりとニーズ起点に立った活用促進に向けて

経営・ITコンサルティング部 稲場 未南

はじめに

3,372機。これは、2021年9月時点で稼働中の人工衛星の数である*1。2010年代までは年間10~60機のペースで人工衛星が打ち上げられていたことを考えると、その数は飛躍的に増加しているといえる。衛星の数だけでなく、衛星から得られるデータの頻度、種類、解像度なども向上しており、今後、衛星を利用したサービス開発や社会課題の解決に広く利用されることが期待されている。

直近の社会課題への利用事例

新型コロナウイルス感染症×地球観測衛星

2021年5月に国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)、米国航空宇宙局(NASA)、欧州宇宙機関(ESA)が協力して、新型コロナウイルス感染症にかかる地球観測衛星データを利用したハッカソン「EO DASHBOARD HACKATHON」を開催した*2。世界中から132カ国、4,300人以上が参加したこの取り組みは、地球規模に広まった新型コロナウイルス感染症の影響を把握するのに衛星データの活用が有用であることを示した。従来、地球観測衛星は、森林破壊のモニタリングなど環境問題に寄与してきたが、アイデア次第で社会課題にも活用できることを示した点が興味深い。

たとえば、カリフォルニア州・ベイエリアを対象に、衛星から得られた夜間光データを用いて、感染拡大による都市封鎖で在宅勤務を余儀なくされた人が、密集した都市部からどのように流出したかを分析するアイデアが提案された。ベイエリアは不動産価格の高騰による住宅格差が社会問題となっているエリアでもある。衛星データを使って在宅勤務による人流の変化を観測し、住宅価格データと組み合わせて分析した本アイデアは、ベイエリアの住宅格差の問題解決に在宅勤務が寄与する可能性を示唆した。地球を広域かつ周期的に観測できる衛星データは、このような社会課題への理解と解決に貢献することが期待できる。

ウクライナへの侵攻×SAR衛星

2022年3月、ウクライナ高官らは世界の商用衛星通信事業者などに対し、ロシアによる侵攻を防御するため、宇宙からの衛星画像を提供するよう要請したことが報道された。日中はウクライナ上空の約80%を雲が覆っていること、また、夜間にロシア軍と車両の動きを把握する必要があることを鑑み、雲や太陽光の影響を受けない合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar:SAR)が重要とされた。

SAR衛星は電波を利用して地表のデータを得る衛星であり、観測に太陽光を必要としないため曇天や夜間であっても利用できる。災害地のように人が現地に行けないような場所を観測することができるというのもまた衛星の特徴である。SAR衛星は世界的にみても打ち上げられた機数は光学式と比べて少ないが、今後、機数が増えると利便性が高まることが期待されており、災害対応や紛争回避の観点からも必要性が高まると考えられる。

メタバース×地球観測衛星

衛星データはメタバース空間の構築にも利用されている。たとえば、株式会社スペースデータというスタートアップは、人工衛星から取得できる静止画像と標高データをAIに学習させることで地球の地理空間情報を理解させて、3DCG技術を用いてバーチャル空間にもう1つの「地球」を自動生成するアルゴリズムの開発を行っている。最終的には、交通量・人通り・昼夜・四季・気温・植物分布・夜間光量など、この世界のあらゆるデータを学習して、バーチャル空間に「世界」を再構築するAIの実現を目指している。

これまでGoogle Earthのような3D地球儀はあったが、俯瞰的な視点を得意とする一方、人間視点(一人称視点)でのモデル構築には向かなかった。この取り組みは人間視点が重要となるVR映像、自動運転、ゲーム開発、映像制作などの発展に寄与する。衛星データとAIアルゴリズムの進化の組み合わせにより、このような先端的な取り組みでの活用可能性が広まったといえる。

ニーズ起点で衛星データの活用可能性を検討する

このように衛星の特徴を活かしてさまざまな方面で活用されている衛星データだが、衛星データの質・量の向上と比して、ユーザー側(データを使う事業者)の利活用が追いついていないという現状がある。当社の新規事業支援においても、農作物の育成状況の観測、リアルタイムの滞留車両情報の把握など、衛星データを活用したいというニーズは徐々に増えている。

筆者の経験から、こうした新規事業に必要なのは、「シーズ起点(衛星データを使ってなにかできないか)」ではなく「ニーズ起点(社会や顧客の課題解決にとって最適なデータやソリューションは何か)」であるべきと考えている。新しいデータや技術が出現すると、それを使って何か新しいことができないかという発想になりがちだが、本質的に重要なことは社会や顧客の課題解決であり、そのために最適なソリューションを追求した結果として衛星データがあるというのが成功パターンだろう。

しかし、災害や紛争のように衛星画像そのものがソリューションになるものと違い、通常のビジネスにおけるニーズ(経営課題など)の場合は、課題解決のために衛星データを活用するという発想に辿り着きにくい。なぜなら、ビジネスにおけるニーズは衛星データそのものではなく、衛星データをそのほかの複数のデータと組み合わせて分析し、社会や顧客への提供価値に変換したものだからである。

そこで、衛星データ単独ではなく、課題を持つ者、衛星データ以外のデータ保有企業とも協業して、課題解決を協議することが重要だ。たとえば、ソフトバンク・テクノロジー(農業資材購入サイト)とリデン(農地検索サイト)、アクセルスペース(衛星データ提供)、freee(会計労務クラウドサービス)、マイファーム(農業支援サービス)、ポケットマルシェ(生産者直売の食品サイト)が協業して農業データを活用した農業経営の環境整備といった課題に向けて取り組んでいる*3。このように特定業界の課題に取り組むために、さまざまなデータを持ち寄って議論するコミュニティやコンソーシアムの形成は有用であり、今後も広まっていくだろう。

おわりに

最近は、データ取得だけでなくソリューション開発まで提供する企業が出てきており、データ保有側とデータ利用側の距離が縮まる傾向がある。衛星データを解析するAI開発など、利活用を支えるテクノロジーも確実に進歩している。それらの進歩と併せて、協業による課題解決の議論を促進することができれば、衛星データの利用はますます進むだろう。ただし一足飛びに協業を行うことも難しいので、その第一歩として本稿の冒頭で紹介したハッカソン、アイデアソン、リバースピッチがあると考える。

社会や顧客の課題に対して衛星データを活用する議論が盛んになり、ニーズ起点でのアイデアが発想され、多方面で衛星データを使ったソリューションが充実することを期待したい。

  1. *1)『衛星通信ガイドブック2021』(サテマガ・ビー・アイ、2021年7月、p.20)
  2. *2) 新型コロナウイルス感染症にかかる 地球観測衛星データを利用したハッカソン ―EO DASHBOARD HACKATHON―の開催結果について(JAXA、2021年8月6日)
  3. *3) SB Technologyプレスリリース(2019年2月14日)