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2022年3月29日

産業部門における脱炭素化の課題

環境エネルギー第1部 大田 宇春

2020年10月に菅首相(当時)が2050年カーボンニュートラルを宣言して以来、あらゆる分野で脱炭素化に向けた動きが加速している。省エネを推し進めるだけでは不十分であり、電気を再生可能エネルギー由来のものにする、化石燃料の使用を取りやめる、といった抜本的な取り組みが全ての分野で求められている。そのような中で脱炭素化が容易ではないといわれているのが、日本のCO2排出量に占める割合で最大となっている産業部門である*。本稿では、産業部門の中でも特に排出量の多い基礎素材産業(鉄鋼業、化学工業、窯業・土石製品業、パルプ・紙・紙加工品製造業)における脱炭素化に向けた課題について解説する。

基礎素材産業における排出の大部分は燃料の燃焼によるものである。この中には、100℃から1,000℃以上に至るまでさまざまな温度の熱を得るための石炭やガスの燃焼によるCO2のほか、鉄鋼の原料である鉄鉱石(Fe2O3)をコークス(C)で還元する過程で発生するCO2も含む。数百℃から1,000℃以上の高温熱を電気から生み出すことは容易ではなく、化石燃料をカーボンフリーな水素や合成燃料に転換するか、CCUS(二酸化炭素回収・利用・貯留)やDAC(直接空気回収)によってCO2を回収しながら化石燃料を使用する必要がある。また、鉄鉱石の還元に伴う排出の削減には、還元剤にコークスではなく水素(H2)を使う水素還元製鉄が有望視されている。

燃料の燃焼からの排出に加えて、製造段階における原料からの排出も削減する必要がある。セメント製造時の排出が代表的であり、セメントの原料である石灰石(CaCO3)を分解する過程で発生するCO2がこれに相当する。削減対策には、上述したCCUSやDACによるCO2の回収が挙げられる。

このように、基礎素材産業からの排出をゼロにするためには、現時点で開発・実証段階にあるさまざまな対策技術が必要になる。これらの技術が実用化されるまでには大きく2つの課題がある。

1つ目は莫大な費用を要する点である。国際エネルギー機関によれば、基礎素材産業を含む産業部門の脱炭素化には2050年に世界全体で年間およそ50兆円が必要とされている。こうした巨額の費用を政府の支援なしに捻出することは困難であり、政府による支援が不可欠である。日本でも2022年2月に地球温暖化対策推進法の改正案が閣議決定され、脱炭素事業に意欲的に取り組む民間事業者などを支援するため、政府による新たな出資制度の創設が盛り込まれた。2022年度は財政投融資を活用して国が200億円の産業投資を行い、民間資金と合わせて1,000億円規模の事業化を見込んでいる。政府がリスクマネーを供給することで、企業は投資リスクの高い対策技術の研究開発や現時点では割高な脱炭素技術の導入が容易になる。

2つ目は時間を要する点である。経済産業省は2050年カーボンニュートラル実現のためのロードマップを分野別に作成している。そこでは、基礎素材産業の脱炭素化に必要な技術の多くは2030年代や2040年代に実用化されるとしている。それらの技術が実用化されるまでの間、企業に対応が求められるのが設備更新である。基礎素材産業の設備は高額かつ大規模なことが多く、設備更新の機会は限定的である。そのため一度エネルギー効率の悪い設備が導入されると、長期にわたって大量のCO2を排出し続ける「ロックイン」と呼ばれる状態に陥りやすい。仮に設備更新のタイミングでエネルギー効率の悪い従来型の技術を選択し、それを使い続けることになった場合、排出削減に寄与しないだけでなく、将来的な炭素価格の上昇により、当初想定していなかった大きな費用負担に直面する恐れもある。企業は脱炭素技術の開発動向を考慮したうえで、20年、30年先を見据えた設備更新の計画や新技術の導入を検討していくことが求められる。

燃料転換や電化による早期の排出削減が期待できる他部門と異なり、産業部門には脱炭素化に取り組むうえで上述した課題がある。しかし、産業部門は日本の大きなCO2排出源であり、産業部門の脱炭素化は日本のカーボンニュートラル達成の鍵を握っているといっても過言ではない。脱炭素化に向けての産業部門の今後の取り組みに注目していきたい。

  • *ここでのCO2排出量は、製油所や発電所などにおける石油製品製造や発電に伴う排出量を最終需要部門の消費量に応じて配分した「間接排出量」を指す。

[参考]