サイエンスソリューション部 松田 彩
はじめに
世界的な脱炭素化へ向けた潮流の中で、各メディアで「カーボンニュートラル」の言葉を耳にする機会が増えている。
2020年10月に菅内閣総理大臣(当時)が2050年カーボンニュートラルの実現を目指すことを表明し、翌年4月には温室効果ガス46%削減の目標が示された。それらを受け、2021年10月には「第6次エネルギー基本計画」*1が閣議決定され、2050年カーボンニュートラルに向けた政策の道筋が示されている。本計画内で水素は新しい資源であり、その利活用はカーボンニュートラル達成のためのキーテクノロジーとされている。
水素は燃料電池等で利用する際には二酸化炭素(CO2)を排出しないが、現在使われている水素のほとんどは製造時にCO2を排出する化石燃料改質水素である。他方、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー(以下、再エネ)を用いて水電解を行いそのプロセスを経て得られた水素がCO2フリー水素であり、その利用は昨今ますます注目を集めている。
またCO2フリー水素のみならず、排出されたCO2を回収し、資源として再利用する「カーボンリサイクリング技術」もカーボンニュートラル達成のための重要技術として、研究開発が推進されている。
CO2フリー水素と回収されたCO2で基礎化学品や燃料を作る
先に述べたカーボンリサイクリング技術は、2020年12月に策定されたグリーン成長戦略*2内で成長が期待される重要分野14分野のうちの1つである。CO2を資源として捉え、分離・回収し、鉱物化によるコンクリート等、メタネーション等による合成燃料、人工光合成等による基礎化学品へ再利用することでCO2排出量の抑制を図る。多様な分野でCO2を削減する可能性があるカーボンリサイクリング技術であるが、コスト低減、製造プロセスの効率化、それらを実現する基盤材料の開発など解決するべき課題があり、国内外で研究開発が行われている。
以下、CO2を資源として基礎化学品を製造する技術分野における事例について、CO2フリー水素を利用している例について特に注目し紹介する。
国内外での研究開発事例
カーボンリサイクルにおいてCO2は、基礎化学品の資源と考えられている。特にプラスチックの原料となるような C2~C4オレフィン(以下、低級オレフィン)や芳香族化合物、低級オレフィンの原料となるメタノールを合成する技術開発は、高付加価値の生成物を与えるという点からも重要である。当該分野においては、技術課題として生成物の選択性の低さがまず克服すべき課題となり、そのためには触媒などの基礎材料の開発や電気化学的な反応を伴う装置の技術開発が必要となってくる。
こういった背景のもと、国内では国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)がCO2を原料としたパラキシレン製造の技術開発に着手*3している。パラキシレンは、工業上重要な基礎化学品であり、ポリエステル繊維やペットボトル用樹脂などに加工される。本事業では、CO2とCO2フリー水素を原料として、パラキシレンを製造するための触媒の改良や量産技術・プロセス開発を実施することを予定している。パラキシレンの世界需要は2022年には約5,000万トン/年に上る見込みである。また、当該技術を用いれば、パラキシレン1kgあたり3.2kgのCO2を固定することが可能となる。
海外に目を向けると、Horizon2020 プログラム内で「SELECTCO2」というプロジェクト*4が実施されている。CO2と水を再生可能エネルギー由来の電力を用いて反応させ基礎化学品を得る際に、より選択性に優れた生成物を得られるような触媒・膜などの基盤材料開発が中心となっている。特に触媒開発においては、既存材料より優れた性能を示す触媒候補をスクリーニングするために分子シミュレーションを用いた検討が行われている点も特徴である。基礎材料開発において、分子シミュレーション技術による電子構造解析の結果から物性を予測し、材料開発に活用する取り組みが行われている。
今後の課題と展望
CO2フリー水素を活用したカーボンリサイクル技術がカーボンニュートラル達成に向けたキーテクノロジーとなり得るには、その利用を促進していかなくてはならない。そのためには、カーボンリサイクリングによって得られた生成物の産業価値や需要を睨みながら、技術を確立させてゆく必要がある。現状では、コスト低減や製造プロセスの効率化等、解決すべき課題がある。課題を解決しながら技術開発を進め社会実装を可能とするべく、マイルストーン設定やロードマップ策定が重要となり、そのもとで官民学一体となった取り組みが必須だろう。当社でも、例えば先に紹介したようなシミュレーション技術を活用した材料設計の研究開発支援によって、カーボンニュートラル達成に貢献してゆきたい。