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2022年1月13日

地域全体でインクルーシブな環境づくりを

医療的ケア児支援の拡充に向けて

社会政策コンサルティング部 佐藤 渓

医療的ケア児とその家族への支援強化を目指す「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が昨年6月に成立した。議員立法として提出された同法案がテレビ番組や新聞等で取り上げられたことをきっかけに、「医療的ケア児」という言葉を初めて耳にした人も多いのではないだろうか。医療的ケア児とは、日常生活や社会生活を営むために恒常的に医療的ケアを受けることを必要とする児童であり、その数はここ15年で約2倍のペースで増加し続けている*1

昨秋より施行となった上記の支援法は、これまで国や自治体の「努力義務」とされていたこれらの医療的ケア児への支援を、「責務」として明確に位置づけた。その実現のために、先月末に成立した令和4年度政府予算では、保育所等における医療的ケア児等の受入れ体制整備拡充や、医療的ケア児に関する様々な相談にワンストップで対応する「医療的ケア児支援センター」設置、学校における医療的ケア支援のための看護職員配置の支援などの予算が計上され、地域における支援体制構築が本格化しようとしている。

一方で、「医療的ケア児」と聞き、その状態像や日々の生活を具体的に思い浮かべることができる人は、あまり多くないのではないだろうか。その背景には、次の2点が関係すると考える。

1つは、ひと言に「医療的ケア児」と言っても、その状態像や必要とする医療的ケアの内容は大変多岐にわたっており、多様性に富んでいるという点である。昨年度、当社が厚生労働省及び文部科学省事業として行った調査研究では、医療的ケア児の受入れ状況について把握するため、保育所、障害児通所支援事業所、学校等のそれぞれの現場へのヒアリング調査を行った。その中で出会った子どもたちは、ベッドの上で過ごす重症心身障害児から、医療機器を装着しながらも庭を駆け回っている「動ける医療的ケア児」まで様々で、それぞれに工夫した方法で周囲とコミュニケーションをとり、触れ合いを楽しむ姿が印象的であった。

しかし、それ以上に大きな要因は、2点目の医療的ケア児とともに過ごす機会そのものが少ないという地域の実情だろう。昨年度、当社が全国の自治体を対象に実施したアンケート調査結果では、医療的ケア児の受入れを行っている保育所等がある自治体は全体のおよそ2割にとどまった*2。また、児童発達支援や放課後等デイサービスなどの障害児通所支援事業所へのヒアリング調査では、先進的に取り組んでいる事業所から「『家の外に連れて出ていきたいが、受け入れてもらえる場所がない』『親も働きたいが、預けるところがなく働けない』などの医療的ケア児の家族の声を多数聞いている」という話も聞かれた。また、学齢期に達した児童は学校に通うことになるが、医療的ケア児の多くは地域の小中学校ではなく、広域配置されている特別支援学校に通っているという実情もある。医療的ケア児が経験できる「社会」は、ごく限られた範囲にとどまっているのが現状と言えるだろう。

新法に基づく医療的ケア児とその家族への支援をこのような地域の実情を変える一歩とするためには、先進的に取り組む一部の事業所等に頼るのではなく、地域のあらゆる場面でインクルーシブな環境*3を実現していくことが必要である。先述のヒアリング調査では、受入れ事業所等が「医療的ケア児本人のために、家族のために」と様々な工夫を凝らして受入れに取り組む一方で、遠方から通ってこざる得ない児童の負担や、近隣地域で他事業所の取組が進まないことへのもどかしさを感じていることも明らかになった。すでに配置が始まっている医療的ケア児等コーディネーター*4や新設される医療的ケア児センター*5が核となり、地域の関係機関のネットワークを開拓し、医療的ケア児の受入れや支援をバックアップしていくことが求められる。

医療的ケアの有無に関わらず、子どもが自らの地域で多様な経験を積みながら育つ機会がある、保護者が就労を継続することができる、そんな「安心して子どもを産み育てることができる社会」を目指し、地域の中の一歩から、インクルーシブな環境づくりが前進していくことを願う。

<ご参考>
保育所等、障害児通所支援事業所等、及び学校における医療的ケア児の受入れ推進に向け、ぜひ下記資料(当社令和2年度調査研究成果物)もご活用いただきたい。

  • 「保育所等での医療的ケア児の支援に関するガイドライン」*6
  • 「障害児通所支援事業所等における安全な医療的ケアの実施体制のための手引き」 *7
  • 同研修プログラム
  • 「学校の看護師としてはじめて働く人向けの研修プログラム」*8

<注>

  1. *1)厚生労働省「医療的ケア児について」厚生労働省ウェブサイト(PDF/201KB)
  2. *2)みずほ情報総研株式会社『厚生労働省令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業 保育所等における医療的ケア児の受け入れ方策等に関する調査研究報告書』, 2021, p.8.
  3. *3)障害の有無や性別、国籍等の属性によって排除されることなく、誰もが構成員の一員として地域であたりまえに生活することができる社会。社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)とも呼ばれる。
  4. *4)医療的ケア児等とその家族に対し、保健、医療、福祉、子育て、教育等の必要なサービスを総合的に調整し、サービスの紹介や関係機関とのつなぎを行うために、養成研修を受講し、地域の障害児通所支援事業所、保育所、放課後児童クラブ及び学校等に配置されているコーディネーター。
  5. *5)都道府県が設置し、医療的ケア児及びその家族の相談への対応、情報提供や助言その他の支援、また医療、保健、福祉、教育、労働等に関する業務を行う関係機関等への情報の提供及び研修などを行う支援センター。
  6. *6)当社「令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業の事業報告書」(PDF/11,000KB)
  7. *7)当社「令和2年度障害者総合福祉推進事業 報告書」
  8. *8)当社「令和2年度 学校における医療的ケア実施体制構築事業の事業報告書」(PDF/9,000KB)