サイエンスソリューション部 渋木 尚
はじめに
今年6月初旬の梅雨前線及び台風2号による大雨では、平年の6月の月降水量の2倍を超えた地点があり、さらに6月下旬から7月中旬にかけての梅雨前線による大雨では、期間降水量の合計が大分県、佐賀県、福岡県で1,200ミリを超えるなど、今年も日本は豪雨災害に見舞われている*1。
2012年7月の九州北部豪雨以降、毎年のように、集中豪雨時に線状降水帯が発生し、大きな災害をもたらしている。さらに、2019年には台風15号での強風被害、19号での大雨被害など、台風による災害も続いており、近年の極端気象に対して、早期の避難勧告等の速やかな対応が求められている状況にあると考えられる。
白書における指摘
令和5年版の「環境白書」では、国内外で深刻な気象災害が多発、地球温暖化で今後豪雨や猛暑のリスクが更に高まると予測している。3年前の令和2年版の白書では、直近20年間の気候関連の災害による被害額がその前の20年間に比べ2.5倍となっていることなどを紹介した上で、「気候変動」という表現から「気候危機」という表現に切り替え、危機が迫っている切実さを一層感じさせる*2。
また、令和2年版の防災白書でも、近年、豪雨や台風による激甚な洪水氾濫、土砂災害が頻発していること、最近30年間(1990~2019年)と20世紀初期の30年間(1901~1930年)の比較から、大雨の頻度や強度の増加している気候変動には地球温暖化が影響していることに触れて、気候変動を踏まえた防災の視点が重要であると指摘している*3。
土砂災害危険地域の分布
ところで、土砂災害の危険がある場所は日本全国でどの程度あるのか。国土交通省の社会資本整備審議会住宅宅地分科会(2020年5月開催)の参考資料によると、土砂災害警戒区域、津波浸水想定地域、浸水想定地域のいずれかの地域に該当する世帯数は12,032,009世帯、総世帯数のうちの23.1%を占めると推計している*4。
この数値は津波による浸水を含めた数値である点に注意する必要があるが、参考資料に掲載されている該当世帯数分布図から、土砂災害が想定される場所は日本全国に分布していることを理解できる。
産業界への気象の影響
上に示した推計は住宅に関する推計であるが、今年の台風6号の接近に備えて、工場の操業停止を決定するなど、産業界も豪雨災害の被害を見越した対策も少しずつ取られるようになってきた。気象庁で実施した、産業界における気象データの利活用状況についての調査結果によると、産業界全体において、自社の事業が気象の影響を受けると考えている企業は約6割以上(回答した2031社中の1329社の65.4%)に上っている*5。
また、この4年前の調査によると、気象データを収集・分析し、将来予測を行い、事業に利活用している企業は全体の約1割(12.1%)にとどまる一方で、経験と勘で利用している企業は約2割(18.9%)となっている。自社の事業が気象の影響を受けると考えている企業が全体の6割以上を占めているが、気象データを収集・分析して利活用できる企業は全体の約1割にとどまっており、気象データを利活用して対策を取る企業が増えることが望まれる。
災害をいなす取り組み
2020年6月に公表された、「気候変動×防災」に関するメッセージでは、災害は生じるものとして被害を最小限にする、弾力的かつ安全・安心で持続可能な「災害をいなし、すぐに興す」社会を目指すことを指摘している*6。
その指摘に関連して、災害をいなす取り組みの一例を紹介する。2019年の台風19号による記録的な大雨では、関東・東北地方を中心に計140箇所で堤防が決壊するなど河川が氾濫し、国管理河川だけでも約25,000haの浸水する被害となった*7。その一方で、神奈川県の鶴見川多目的遊水地のように、大雨で増水した水を河川周辺の遊水地に逃がすことで、下流側の堤防越水や決壊を防ぐことができたところもある。台風19号による大雨により、鶴見川の水位が上がったため、堤防の低い部分から鶴見川多目的遊水地への流入量は93万m3であったが、住宅地での浸水被害はなかった*8。
同様に、遊水地的な活用という視点の「田んぼダム」という取り組みもある。田んぼダムとは、田んぼが元々持っている水を貯める機能を利用し、大雨が降った時に田んぼに一時的に水を貯めることで、洪水被害を緩和する仕組みである。必要となる装置は田んぼの排水口に設置する水量調整装置で、その装置も小さい口径の穴を開けた板材など、設置が簡単で、低コストである*9。浸水被害をゼロにはできないが、面的に広がる田んぼに大雨の水を一時的に貯め、一時的なダムとして利用することで、浸水面積を減少させる効果が期待できる。
気象情報の活用
一方、個人レベルでも国土交通省のポータルサイト等を活用して、豪雨等の状況をリアルタイムに確認して、早期の避難行動を取ることが可能である。例えば、国土交通省ハザードマップポータルサイトの「重ねるハザードマップ」では、洪水浸水想定区域、土砂災害警戒区域、地すべり危険箇所等を確認することができる*10。このハザードマップを確認して、自分の身のまわりでどのような災害が起きる可能性があるか、どこへ避難することができるかなどを考えることによって、住民一人ひとりのマイ・タイムライン(防災行動計画)の検討に役立てることができる。
また、国土交通省が提供する「川の防災情報」では、川の水位情報、強い降雨が観測されている雨量観測所、レーダ雨量(XRAIN)の状況などを知ることもできる*11。これらの情報は視覚的な情報として得ることができるので、川の水位の時間変化の状況から氾濫危険水位にどの程度近づいているか等の情報を容易に確認できる。
おわりに
毎年のように豪雨に見舞われている日本列島では、災害は生じるものという発想に転換して、被害を最小限にするため、さらなる効果的な気象情報等のデータ活用を推進することが望まれる。ちょうど2023年3月から、気象庁では過去75年分の世界の気温、風、降水量等について、最新の数値予報技術をデータの民間提供を開始しており、様々な分野での利用が期待される。
当社でも、気象庁のデータを利用して、台風の再解析を実施するなどの実績がある。今後も、気象、防災分野における「データ×デジタル技術」を活用した「災害をいなし、すぐに興す」取り組みに貢献したい。
参考URL
- *1)https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/index_1989.html
- *2)http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/
- *3)http://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/r2.html
- *4)https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001351143.pdf(PDF/5,800KB)
- *5)https://www.jma.go.jp/jma/press/2006/11a/20200611_R1chousa.html
- *6)http://www.bousai.go.jp/pdf/0630_kikohendo.pdf(PDF/2,000KB)
- *7)https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001317859.pdf(PDF/4,500KB)
- *8)https://weathernews.jp/s/topics/201910/180255/
- *9)https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/nosonshin/tanbodamu-joukyou.html
- *10)https://disaportal.gsi.go.jp/
- *11)https://www.river.go.jp/portal/?region=80&contents=multi