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独自調査で見えた「SOGI」対応の厳しい現状

性的マイノリティが直面する課題の「 自分ごと化 」が先決

みずほリサーチ&テクノロジーズ 社会政策コンサルティング部 堀 菜保子

  1. *本稿は、『週刊 金融財政事情』2024年5月28日号(発行:金融財政事情研究会)に掲載されたものを、同編集部の承諾のもと、一部表記の改変を行い、掲載しております。

昨今、企業に対し、性的マイノリティの人への対応を含む人権尊重の取り組みがより強く求められるようになっている。当社は昨年の秋から冬にかけて、地域金融機関とその従業員を対象にした独自調査を実施した。その結果、社内の性的マイノリティの人への対応や、個人顧客、取引先企業に向けた取り組みは十分とは言い難い状況にあった。金融機関はこうした厳しい現状を、命や尊厳に関わる課題として重く受け止め、対応を進めていくことが不可欠だ。業界団体も巻き込み、金融業界全体で取り祖みの底上げを図る必要がある。

SOGIに係る対応が企業にとって急務

近年、企業に人権尊重の取り組みを求める「ビジネスと人権」が国際的な潮流となっている。SOGI(性的指向・性自認)*1については、国際連合が2017年に「LGBTIの人々に対する差別への取組み│企業のための行動基準」を策定した。これにより、企業の人権尊重の取り組みにSOGIの視点を取り入れることの重要性が改めて確認された。

こうしたなか、日本では23年に企業のSOGIに係る対応を加速させる出来事が相次いだ。同年6月に成立・施行した「LGBT理解増進法」*2では、SOGIに係る普及啓発や就業環境の整備等、企業による取り組みが努力義務とされた。また、経済産業省内のトイレ利用制限を違法とする最高裁判所の判決*3、本人の同意なく性の在り方を暴露する「アウティング」の労災認定などもあった。

SOGIに係る課題は、性的マイノリティの人の命や尊厳に直結する。周囲の無理解による日々のマイクロアグレッション(無自覚の差別行為)、性的マイノリティの存在が前提とされていない制度など、日常生活でぶつかる壁は多岐にわたる。

実際、国の「自殺総合対策大綱(令和4年改訂版)」では、性的マイノリティの人について「社会や地域の無理解や偏見等の社会的要因によって自殺念慮を抱える」こともあるとして対策を講じることが定められた。SOGIに係る施策を講じないことはこうした現状を追認することであり、これを踏まえた対応が企業にとって急務となっている。

厳しい環境に置かれる性的マイノリティ

SOGIに係る取り組みについて、日本の金融機関では主に大手銀行において、住宅ローン等の金融商品設計や行内における普及啓発、社内制度の整備などが先行して進められてきた。当社では、大手銀行以外の金融機関の状況も把握するべく、地域金融機関(地方銀行・第二地方銀行・信用金庫)を対象に、SOGIに係る取り組みの現状と従業員の意識に関するアンケート調査を23年の秋から冬にかけて実施した。行ったアンケートは次の二つだ。

  1. 「地域金融機関におけるSOGI(性的指向・性自認)に関する体制/制度の現状に関するアンケート調査」(以下、地域金融機関向け調査)。人材採用の現状や、金融商品設計における対応状況、行内施策、個人顧客や取引先企業への対応、行政や業界団体への期待、性的マイノリティの人を取り巻く社会環境に対する意識等を調査した。計353行庫のうち、72行庫から有効回答があった(72行庫の内訳は、地銀9.7%、第二地銀4.2%、信用金庫86.1%)。
  2. 「地域金融機関におけるSOGI(性的指向・性自認)に関する風土/意識の現状に関するアンケート調査」(以下、従業員向け調査)。回答者のSOGIに係る認識、地域金融機関で性的マイノリティの人が置かれる状況、地域金融機関における性的マイノリティに関する取り組みや風土、性的マイノリティの人を取り巻く社会環境に対する意識等を調査した。インターネットにて完全匿名で実施し、2472人から有効回答を得た。

まず性的マイノリティの人を取り巻く社会課題の解決については、高い意識が確認された。地域金融機関向け調査では、9割程度の金融機関が「性的マイノリティに関する社会環境の課題解決に貢献したい」と肯定的な回答をしている。

一方で従業員向け調査において、地域金融機関で働く性的マイノリティの人が厳しい環境に置かれていることもうかがえた。第一に、本人の同意なく性の在り方を暴露する「アウティング」のリスクにさらされている。職場の人から「性的マイノリティである」と伝えられた時の対応について、「第三者に伝えても問題ない」等と2割近くの人が回答したのだ(図表1)。15年にはアウティングがきっかけとなり、一橋大学法科大学院の学生が転落死する事件も起きているように、命の問題に直結するため対策は急務といえる。

図表1:アウティングに関する問題意識

図表1

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ

第二に、セクシュアルハラスメントやSOGIに関するハラスメントが実際に起きている。とりわけ自身を「性的マイノリティである」と回答した人の方が多くのハラスメントを受けている傾向も示された。

これらに関係すると考えられるのが、風土/意識、体制/制度の双方においてSOGIに関する課題が「自分ごと」になっていない現状だ。事実、「いまの職場に性的マイノリティの人は“いないと思う”」と回答した人は7割程度に上った。

加えて、自身を性的マイノリティであると回答した人に、「職場で困っていること」を聞くと「同性パートナーに福利厚生制度が適用されないこと」「人事評価で不利益な取り扱いを受けること」「トイレや更衣室などの施設利用」「性的マイノリティについての侮辱的な言動を見聞きすること」などの回答が見られた(図表2)。

図表2:性的マイノリティの人の職場での困りごと

図表2

出所:みずほリサーチ&テクノロジーズ

さらに地域金融機関向け調査では、研修の実施や相談窓口の設置、制度における対応等、地域金融機関内でSOGIに係る取り組みを行っているのは、72行庫のうち7行庫(1割未満)にとどまった。「自分ごと」になっていないために対応が進まず、性的マイノリティの人が困難に直面している可能性がある。

情報不足の克服には業界団体の支援が有効か

さらに、行外に向けた対応でもSOGIの多様性が前提とされていないようであった。個人顧客や取引先企業に向けた取り組みについて「実施している」と回答したのが72行庫中3行庫のみ。金融商品設計における対応でも「対応している」「行っていないが、検討している」「行っていないが、検討する予定がある」との回答は3割程度にとどまった。

こうした現状に手を打つに当たり、課題となるのが情報不足だ。地域金融機関向け調査では、SOGIに係る取り組みに着手する上での課題として、「当事者のニーズや社会動向等、対応する上で参考となる情報が限られている」「何から始めてよいか分からない」「参考にしたい他行の状況が分からない」の三つが主に挙がった。

また、今回のアンケート調査と並行して、地域金融機関や業界団体等11組織の担当者に話を聞いたところ、例えば担当者が施策を進めようとしても「自行には関係ないのではないかと経営層に言われ、取り組みの優先度を下げられてしまう」という声が複数聞かれた。それに対し、「経営層を説得できる情報を持っていない」ことも悩みとして多く挙がった。経営層にも現場の担当者にも、SOGIに係る課題を「自分ごと」として捉え、取り組む意義を明確に説明するための情報・根拠が不足していることがうかがえた。

その証左が、業界団体等に支援を求める割合の高さである。地域金融機関向け調査では、「性的マイノリティに関する取り組みに対する情報提供(事例の紹介等)」や「性的マイノリティに関するルールの明確化(ガイドライン等)」「地域金融機関が相互に性的マイノリティに関する取り組みについて情報交換を行えるネットワーク形成」等について、7~8割程度の地域金融機関が業界団体に対して「支援・取り組みを期待する」と回答した。

取引先企業への助言も金融機関だからこそ可能

金融機関は、今回のアンケート調査で明らかになった厳しい現状を、命や尊厳に関わる課題として重く受け止め、対応することが欠かせない。同時に、昨今の金融機関を取り巻く状況を踏まえた上でその取り組みの必要性を理解し、「自分ごと」として落とし込むことも重要だ。

例えば、人材の「定着」「採用」が一つのキーワードになろう。認定NPO法人である虹色ダイバーシティが実施した「LGBTQの仕事と暮らしに関するアンケート調査2023」によれば、SOGIに係る施策の数が多いほど職場の心理的安全性を高めるという。

また、求人検索サイトを運営するインディードが23年に実施した「企業のLGBTQ+当事者の従業員への取り組みに関する調査」では、SOGIに係る施策を行っている企業ほど自社の特徴として「従業員の勤続年数が長い」と回答する割合が高かった。そのほか、特に若年層は、多様性が認められる組織を就職先として選びたがる傾向が強いとされている*4

職場で自身が性的マイノリティであると公言している人の割合は低い。今回のアンケート調査でも、性的マイノリティの人の7割近くが職場で誰にも伝えていないことが明らかになった。労働力不足が深刻になる昨今では、“静かに”人が離れていく事態を防ぐためにも、金融機関はSOGIに係る課題を「自分ごと」として認識していく必要がある。

さらに人材に関する課題は、金融機関だけではなく取引先企業も直面しており、地域の人的資本を守る意味でもSOGIの視点は必要になる。取引先企業にSOGIの視点を入れた経営改善のアドバイスを行ったり、すでにSOGIに関する取り組みを積極的に行っている取引先企業と連携して従業員・顧客向けに啓発イベントを共催したりすることなども有効だ。取引先企業と信頼関係を築いているからこそできることはたくさんあるはずだ。

筆者は、先行して取り組んできた銀行がそのノウハウを共有したり、業界団体が金融機関間の連携の機会を設けたりすることで、必要な情報を広く届け、金融業界全体でSOGIに係る取り組みの底上げを図ることができると考えている。当社も金融グループの一員として、金融業界全体の取り組み促進に向けて貢献していきたい。

  1. *1)「SOGI」とは、どのような相手に性愛感情を抱くのかを表す「Sexual Orientation」(性的指向)と、自分が認識している性別を表す「Gender Identity」(性自認)の頭文字を取った言葉。性的マイノリティの人が直面する課題は、社会に生きるすべての人に関わる人権課題であることから、本稿では性的マイノリティの人だけでなく、あらゆる人の属性を説明できる「SOGI」という表現を用いる。
  2. *2)正式名称は「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」
  3. *3)経済産業省に勤めるトランスジェンダーの職員が、職場のトイレの使用を制限されているのは不当だとして国を訴えた裁判。最高裁判所は、トイレの使用制限を認めた国の対応を「違法」とする判決を言い渡した。性的マイノリティの人の職場環境に関する訴訟で最高裁判所が判断を示したのは初めて。
  4. *4)「Z世代のダイバーシティ&インクルージョンと就職・就労」(認定NPO法人Rebit、2020年)、「Z世代のD&Iと働き方に関する意識調査」(RASHISA、22年)

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