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2025年1月27日

Mizuho RT EXPRESS

AIブームは米国経済を活性化するか?

投資は活発化も、生産性改善効果はこれから

調査部 主任エコノミスト 白井 斗京
tokio.shirai@mizuho-rt.co.jp

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AIへの期待が高まる株式市場

ここ数年、AIブームが米国株式市場を大きく動かしている。最近では技術開発の進展もあり、AIに関する投資計画や事業計画を発表する企業が増加している。それを受けて投資家も、AIがもたらす効率化・高付加価値化への期待感から、AI投資に積極的な企業を高く評価するようになった。

図表1は、S&P500構成企業の決算報告(Earnings Call)のテキストデータから、“AI”または“artificial intelligence”という単語の登場回数を数えたものである。2023年Q1にAIへの言及が増え始めた後、2024年も増加を続けており、企業のAIへの関心の高まりが見て取れる。2023年Q1と言えば、生成AIサービスのChatGPTがリリースからわずか2カ月後の2023年1月に1億ユーザーを獲得したことがニュースとなった時期である。その後、AIに言及する企業の割合は着実に増加しており、IT関連業種のみならず多様な業種にAIへの期待が広がっていることが確認できる。

図表1 S&P500企業の決算報告におけるAIへの言及

(注1)”AI”または”artificial intelligence”の登場回数をカウント
(注2)左軸はLSEGで決算報告が取得可能な約450社に占める割合
(出所)LSEGより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2 S&P500企業各社のAI言及回数と11月末時点の評価(2023年初対比)

(注1)横軸は”AI”または”artificial intelligence”の登場回数をカウント
(注2)図表1の対象企業のうち、2024Q3決算で1回以上AIに言及している企業をプロット
(出所)LSEGより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2は、各企業の決算報告(2024年Q3時点)におけるAIへの言及回数と株価の上昇率(2023年初から2024年Q3の決算が概ね出揃った2024年11月末までの変化)の関係をプロットしたものである。両者には正の相関があり、AI活用に積極的な企業を投資家が好意的に受け止める傾向があることが分かる。

もっとも、AIが先行き継続的に企業の利益創出、ひいては経済全体の改善に寄与しなければ、株価への押し上げ効果は単なる期待に終わり、長続きしないだろう。AIの発展が経済にもたらす影響には、①AIの性能向上に向けた技術開発やインフラなどへの投資の活発化、②AIが広く活用され効率化や新たな付加価値創出が実現することによる生産性の上昇、という2つのフェーズがある。本稿では、AIの経済効果が足元でどのフェーズにあるのかを評価したうえで、今後を展望する。

AI関連投資が設備投資を押し上げ

既に①の効果は、米政府の経済統計でも確認できるようになっている。

現在、ChatGPT等のAIサービスを利用する際、AIに入力した指令は、各企業や個人が所有する端末上ではなく、計算機能を集約したデータセンターにおいて処理されることが主流である。また、サービス提供の前提となるAIの学習プロセスでも、データセンターの計算能力が必要とされる。従って、AI普及の経済への影響は、(ⅰ)データセンターの建設、(ⅱ)データセンター内に設置されるサーバーなどの設備投資という形でまずはGDPに表れる。

図表3は(ⅰ)にあたるデータセンターの建設支出額の前年比を示したものである。2022年以降増勢を強め、足元では前年比+60%前後と急激に増加していることが分かる。(ⅱ)のサーバー等の設備投資を公的統計でリアルタイムに確認することは難しいが、2022年まで公表されている年次統計によると、データセンター業界では、金額ベースで概ね建設投資の約1.7倍に当たるサーバー等への投資が行われてきた。足元でも建設支出に連動する形で、設備投資が増加していると考えられる。なお、江頭・西野(2024)が指摘するように、データセンターに設置するサーバーやケーブルなどの一部電子機器は輸入品であるため、アジアから米国への輸出増加という形で、他国への波及効果も出始めている。スタンフォード大学の報告書1によれば、(ⅰ)、(ⅱ)に研究開発も加えたAI関連投資額は2023年時点で670億ドルに達し、同年のGDPを0.2%程度押し上げていたとされる。

図表3 データセンター建設支出

(出所)米国商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表4 労働生産性上昇率

(注)5年ごとの伸び率の平均値をプロットしている
(出所)米国労働省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

こうしたAI関連投資はさらに増加していく公算が大きい。ユーザー側のAI活用が進むことに加えて、生成AIの基盤となるLLM(大規模言語モデル)は、その規模が大きいほど性能が向上するスケーリング則2という性質が知られており、大手テック企業各社は多額の費用をかけてより大規模かつ優れたAIモデルを生み出そうと積極的に投資を増やしている3。また、化石燃料の生産や土地利用、AI開発4の規制緩和に前向きなトランプ政権の方針も、大量の電力と広い土地を必要とするデータセンター建設には追い風となるだろう。

本丸の生産性上昇効果の発現は道半ば

一方、AI普及により最も期待されるのは、効率化や付加価値増を通じた生産性押し上げ効果(②)であるが、その影響はまだほとんど生じていないとみられる。

労働生産性上昇率を5年平均で見た図表4から分かる通り、ChatGPTが広まった2023年以降の労働生産性の上昇率は過去と比較して顕著に伸びているわけではない。もっとも、これはAIに生産性押し上げ効果が無いということではなく、AIのビジネスへの活用がまだ始まったばかりであり、マクロの統計で確認できる段階に至っていないと理解すべきであろう。

広範な経済活動に活用される汎用的な新技術の普及と生産性上昇の関係を確認するために、PCの普及期を振り返ってみたい。図表5は、価格・性能の面で実用的なPCが発売された1981年以降のPC普及率及び労働生産性上昇率を示したものである。現在のAIと同様に、PCも普及当初は生産性上昇への期待が先行しており、1987年には経済学者のロバート・ソローが「至るところでコンピューターの時代を目にするが、生産性の統計ではお目にかかれない」という有名なコメントを発し、ソロー・パラドックスと呼ばれた。それでも、ソフトウェア投資やインターネット通信網の拡大などとともにPC普及率の上昇は継続し、登場から約20年が経過して仕事での利用が50%に達した2000年前後になって、ようやく労働生産性の上昇が確認できるようになった。

図表5 PCの普及率と労働生産性上昇率

(注)労働生産性上昇率はHPフィルターでトレンドを抽出している
(出所)米国労働省、米国商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表6 AIの普及率

(注)「財・サービスの生産でのAI利用」は経営者への調査、その他2つの利用率は労働者への調査による
(出所)米国商務省、セントルイス連銀より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

この経験を踏まえると、2023年から急成長し始めたAIによる生産性上昇が確認されるにはまだ時間がかかりそうだ。「生産活動にAIを利用している」という経営者の回答比率は6.1%に過ぎず(図表6)、AIの普及はまだ始まったばかりである。足元のAI技術は生産活動そのものよりも、データ解析や情報収集などに使われやすいため、労働者に対する「仕事でAIを使ったことがあるか」という質問で見ると普及率は上がるものの、それでも28.1%にすぎない。

早期に普及するポテンシャルはあるものの、企業の推進体制に課題

PCと比較した場合、AIはより早期に生産性上昇効果が表れる可能性が高い。しかし、そのためには従業員のリテラシー向上と社内の環境整備が必要と考えられる。

PCと比べてAIの方がより早期に普及する可能性が高い背景として、価格面での優位性が挙げられる。1981年に発売された当時のPC価格は現在の価値で4,400ドル(約70万円)と高価であったため、普及のネックになった。それに対してAIは、自社で開発するには多額の費用がかかるが、AIサービスを利用する場合は無料~数百ドルでサブスク利用できるため、ユーザー企業にとって価格面でのハードルは低い。

また、AIサービスは、周辺機器・サービスのコストも小さい。PCの場合、導入後にその本領を発揮させるためにはサーバーやプリンタなどOA機器全般への投資、場合によってはオフィスの改装など、金額も手間も掛かる投資が必要であった。それと比較すると、AIサービスは既にオフィスに普及しているPCとクラウドサービスの上で動作するため、導入にかかる障壁は格段に小さくなる。

AIへの投資を容易にするこれらの要因と、企業・労働者の関心の高さを考えると、AIの普及は着実に進展し、まだ明確に効果が生じていない労働生産性に関しても、PCのように20年を待つことなく表れるポテンシャルがあると考えられる。

一方で、AIのビジネス活用進展には課題もある。特に、従業員のAIに対するリテラシー向上と利用環境を整備していくことがハードルとなるだろう。Slingshot社の調査5によれば、「AIツールの利用について十分な教育がなされているか?」という質問に対する肯定的な回答割合は、経営者が72%であったのに対し、従業員側では53%に留まった。また、Conference Boardの調査によると、AIを利用している労働者のうち、「管理者がその利用を完全に把握している」との回答は46%であった6。プライベートでAIを使用する従業員がいることも踏まえると(図表6再掲)、現状は従業員が自主的に業務にAIを活用しようという動きはあるものの、企業レベルでの従業員教育や推進体制の整備が十分に出来ていない状況が浮かび上がる。冒頭に言及したS&P500構成企業の決算報告の中には、既にマーケティングやリスク管理など一部業務でAIがワークフローに組み込まれ、成果を上げている例が言及されている。そうした成功事例も参考としながら、経営者が従業員への研修や、ユースケースの共有、社内のデータ整備など、従業員が積極的かつ安全にAIを活用できる環境を整えることが重要になる。

現在はAIの性能向上ペースが急加速しているのに対し、AIユーザー側の導入体制が整わずにそのポテンシャルが十分に発揮できていない段階にある。今後は、AIを上手く活用した企業が勝ち組になる可能性が高く、AIの普及は企業間の競争条件を変えていくと予想される。その過程で多くの企業でAI活用が進めば、経済全体の生産性向上効果も徐々に表れてくるであろう。

[参考文献]

江頭勇太・西野洋平(2024)「アジア輸出はAIブームで回復~先行きは米国景気の減速を受け伸びは頭打ちへ~」みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほインサイト』、2024年12月5日

  1. 1HAI_AI-Index-Report-2024.pdf(2025年1月26日閲覧)
  2. 2Kaplan他(2020), “Scaling Laws for Neural Language Models”によると、基盤モデルの性能は事前学習に投入した計算量、データセットのサイズ、モデルに含まれるパラメータ数のべき乗に従うとされている
  3. 3例えば、AIに積極的な投資を行っているAmazon, Alphabet, Meta Platforms, Microsoftの2024年Q3の設備投資額は前年同期比65%増の535億ドルに達する。AIのみを対象にした投資額は不明であるが、各社データセンターやサーバーへの投資の増加が主要な増加要因と説明している。先行きについても、例えば、Microsoftは2024年Q3決算において、”We expect capital expenditures to increase on a sequential basis given our cloud and AI demand signals.”と述べている
  4. 4トランプ大統領は2025年1月20日に、バイデン政権下で導入されたAIの開発ガイドラインに関する大統領令14110を撤廃、同1月21日には複数のIT企業トップとともに4年間で最大5,000億ドルのAI開発プロジェクトを発表し、データセンターが大量の電力を必要とすることに対して「我々は彼ら(同席したIT企業)が必要な電力を簡単に得られるようにすることができる」と述べた
  5. 52024 Digital Work Trends Report | Slingshot(2025年1月26日閲覧)
  6. 6Survey: Majority of US Workers Are Already Using Generative AI Tools—But Company Policies Trail Behind(2025年1月26日閲覧)