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Mizuho RT EXPRESS

ドイツ総選挙後の政治情勢

注目される連立交渉と財政政策の動向

調査部付 みずほ銀行産業調査部 欧州調査チーム出向 主任エコノミスト 川畑大地
調査部 主任エコノミスト 諏訪健太

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CDU/CSUが第一党になる一方、SPDは第三党に転落。極右AfDは第二党に躍進

2月23日に行われたドイツ連邦議会選挙は、概ね事前の世論調査に沿う結果となった。本稿執筆時点で判明している選挙結果を示したのが図表1だ。最大野党のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)は、事前の予想通り3割超の議席を獲得し、第一党に返り咲いた。一方で、政権与党には厳しい結果となった。ショルツ首相の所属政党である社会民主党(SPD)は10%Pt程度議席シェアを落として大敗したほか、緑の党も議席を減らした。また、昨年11月までSPDや緑の党とともに連立政権の一翼を担っていた自由民主党(FDP)に至っては、議席獲得に必要な得票率である5%に届かず、議席を失うこととなった1。注目されていた極右のドイツのための選択肢(AfD)は議席を二倍以上に増やし、第二党に躍進したほか、旧東ドイツの支配政党の流れをくむ左翼党は、移民問題をめぐる政治的混乱を追い風に選挙戦最終盤に支持を伸ばし、予想外に議席を積み増した。左翼党出身のワーゲンクネヒト氏等が設立した新興極左政党のザーラ・ワーゲンクネヒト同盟(BSW)は、党内対立などを背景に失速したことで、議席獲得に必要な得票率をわずかに下回った。

図表1 改選前後の政党別議席占有率

(注)選挙後は暫定値
(出所)ドイツ連邦議会、ドイツ連邦選挙管理委員会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

ショルツ政権下で深刻な景気低迷に陥ったことや、連立政権内の対立等により有効な経済対策を打ち出せなかったこと、また、移民・難民の増加に対する不満の高まりなどが、野党の議席増加と政権与党の勢力後退につながったとみられる。特に、CDU/CSUとともにこれまで長らく二大政党の一角を担ってきたSPDの退潮は顕著であり、これら二政党の合計得票率は過去最低となった(図表2)。

図表2 連邦議会選挙における二大政党(CDU/CSUとSPD)の得票率

(注)2025年は暫定値
(出所)ドイツ連邦選挙管理委員会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成


また、今回の選挙では、投票率が東西ドイツ統一後最高を記録したことも話題となった(図表3)。選挙戦終盤にCDU党首のメルツ氏がAfDと連携して移民抑制法案の成立を企図したことや、難民認定希望者による犯罪が相次いだことで、移民・難民問題への関心が高まったことが背景とみられる。実際、国民の関心を問う世論調査では、選挙直前に移民問題への関心が急上昇していたことがわかる(図表4)。こうした状況は、かねてより移民問題を争点化してきたAfDに有利に働き、AfDが地盤とする旧東ドイツ地域を中心に、投票率が上昇した選挙区においてAfDの得票率も上昇する傾向があったと言われている。選挙後もAfDの支持拡大や二大政党の退潮が続くのかが一つの注目点となろう。

図表3 連邦議会選挙の投票率

(注)2025年は暫定値
(出所)ドイツ連邦選挙管理委員会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表4 世論調査:ドイツが直面する課題

(注) 複数回答
(出所)Forschungsgruppe Wahlenより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

難航が予想される連立交渉

選挙結果がほぼ確定した現在、次の焦点は連立交渉の行方である。CDU/CSUは第一党になり、CDU党首メルツ氏が首相に就任する見込みだが、単独過半数には足りないため、連立政権組成の必要がある。メルツ氏は、選挙前には移民抑制法案成立を目指してAfDと連携したものの、同党との連立は明確に否定していることから、AfDは連立候補とはなりえない。事前の世論調査で議席獲得ラインである5%程度の得票率が予想されていたFDPとBSWの二党がいずれも議席を失った結果、議席を獲得した政党には得票率を上回る割合の議席が割り振られた。これにより、CDU/CSUは第三党のSPDと連立すれば過半数を確保できる状況になったため、SPDとの二党連立を目指して交渉を進める方針だ。
交渉により時間のかかる三党連立の必要がなくなったとはいえ、連立協議では多くの政策についての調整や議員・党員投票等のプロセスを経ることも多く、新政権樹立までに時間がかかることに変わりはないだろう。川畑・諏訪(2025)は、戦後の連邦議会選挙から政権樹立までの期間を集計したうえで、過去の連立交渉には平均で2カ月程度、CDU/CSUとSPDの大連立の場合は3カ月強の期間を要したことを指摘している。さらに今回は、選挙前にメルツ氏が移民抑制法案成立を目的にAfDと連携したことにSDPが強く反発しているため、連立交渉難航の要因になる可能性もある。メルツ氏は4月のイースター休暇(4/18)前の政権発足を目指すとしているものの、総選挙から2カ月弱で連立交渉をまとめるハードルは高い。当面は政治の停滞が続き、その間は有効な経済対策も打たれず、景気の低迷も続く公算が大きいだろう。

■ 財政政策をめぐる動きにも要注目

選挙後の注目点としてもう一つ挙げられるのが、財政政策をめぐる動きだ。ドイツの憲法(基本法)では、国債による借り入れを原則として名目GDPの0.35%以内に抑えるよう定められている(債務ブレーキ条項)。メルツ氏は、ウクライナ戦争への対応やトランプ氏の米大統領就任等を受けて防衛費増額を強く主張しているが、厳格な財政ルールのもとで多額の防衛費を捻出しながら大規模な減税等の他の公約を実現するのは極めてハードルが高く、債務ブレーキ条項の修正もしくは同条項の適用外となる特別基金の設立等2で対応することが現実的とみられる。債務ブレーキ条項の修正や大規模な借り入れによる特別基金の設立は憲法の改正を伴うため、連邦議会と連邦参議院(上院に相当)でそれぞれ三分の二以上の賛成が必要となる。しかしながら、今回の連邦議会選挙では債務ブレーキ条項維持を主張するAfDと、防衛費増額に反対の立場をとる左翼党がともに勢力を伸ばし、両党合わせて連邦議会の三分の一以上の議席を獲得した。改選後の議席配分が反映される新議会が招集されれば、防衛費増額目的での財政ルール修正や基金設立等は困難になるとみられる。そのため、新議会の招集を待たず、SPDや緑の党等の財政拡張に前向きな政党とCDU/CSUを合わせて三分の二以上を占める改選前の議席構成の議会で、債務ブレーキ条項修正や数千億ユーロ規模とされる特別基金設立等を目指す可能性が報じられている。メルツ氏も、短期的な債務ブレーキ条項修正には否定的な発言をしているが、特別基金については「何かを言うには時期尚早」としながらも議論をしていることは認めている。
ただし、こうした政治手法には問題点もある。まず挙げられるのが時間的な制約の厳しさだ。ドイツでは、選挙後30日以内に新たな議会を招集することが定められているため、残り1カ月弱の間に決着をつける必要がある。また、改選前の議会で重要な決定を下す強硬な手法は、その後の政治不安につながる可能性もある。実際、改選前議会での重要事項決定の動きについて、AfDや左翼党は強く反発している。新議会での影響力が増すこれらの政党に格好の攻撃材料を与えることになり、新政権の政策遂行の足かせになりかねない。
一方、長引く景気低迷などを背景に、債務ブレーキ条項に対する世論には、このところ変化の兆しもみられる。図表5には債務ブレーキ条項修正の賛否に関する世論調査の結果を示しているが、足元で修正容認派が反対派を上回っている3。もちろん、一つの世論調査の結果に過ぎず、反対派が依然として相応の割合を占めていることに留意は必要だが、こうした世論の変化は今後の財政ルールをめぐる議論を後押しする可能性がある。

図表5 債務ブレーキ条項に関する世論調査

(出所)Forsaより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

メルツ氏が短期間での債務ブレーキ条項修正に否定的な立場をとっていることもあり、新議会召集前に決定する可能性があるのは防衛費増額を目的とした特別基金設立の方だろう4。しかし、仮に特別基金設立が実現したとしても、CDU/CSUが掲げる減税等を実現するには、新議会招集後に債務ブレーキ条項の修正が必要になる可能性が高い。前述のとおり、新議会ではAfDと左翼党が議会の三分の一以上の議席を占めるものの、左翼党は債務ブレーキ条項の廃止を主張しており、防衛費増額以外を目的とした債務ブレーキ条項修正には応じる可能性がある。新議会召集前に重要決定が下されるか不確実性は高いが、選挙結果を受けてにわかに注目され始めた財政拡張に向けた動きや、債務ブレーキ条項修正に対する世論の変化の兆しなどは、低迷が続くドイツ経済にとってはポジティブなものと言えるだろう。こうした変化をとらえて、ショルツ政権で停滞していた財政政策をめぐる議論を進展させ、景気浮揚のきっかけをつかむことができるか、2025年はドイツ経済にとって重要な分岐点になりそうだ。

[参考文献]

川畑大地、諏訪健太(2025)「ドイツ前倒し総選挙の行方~選挙後も政治不安と経済低迷は続く見込み~」みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほインサイト』、2025年2月13日

  1. 1ショルツ政権で財務大臣を務めたFDPのリントナー党首は、今回の選挙結果を受けて政界引退を表明した
  2. 22022年に連邦軍強化等を目的として設立された特別基金を増額する案もあがっている
  3. 3CDU/CSUやFDPなどの財政規律を重んじる政党の支持者の間でも債務ブレーキ条項修正容認派が増えている
  4. 4SPDは、新議会召集前の特別基金増額への賛成と引き換えに、将来的な債務ブレーキ条項の修正を要求する可能性が指摘されている