調査部 主任エコノミスト 亀卦川緋菜
同 エコノミスト 西野洋平
hina.kikegawa@mizuho-rt.co.jp
アジア新興国・NIEs1への相互関税は対象範囲・関税率とも事前予想を上回る
2025年4月2日(米国東部時間、以降同じ)に詳細が判明した相互関税は、対象国範囲の広さおよび関税率が事前予想を大きく上回り、アジア新興国・NIEs(新興工業経済体)にとって大きな衝撃となった。相互関税は二段階に分かれており、第一弾として、4月5日に米国の貿易相手国すべてに対し10%の関税引上げを行い、第二弾として、4月9日に米国との貿易黒字が大きい国々に対して個別に設定された上乗せ分の発動を予定していた。なお、米国の相互関税を含むこれまでの関税政策や各国への具体的な発動内容は白井他(2025)を参照されたい。
アジア新興国・NIEsに対する相互関税の対象国は、江頭(2025)や亀卦川(2025)が指摘したとおり、中国の「迂回輸出」拠点とみられ、対米輸出額が大幅に増加しているベトナムなど中国との結びつきが特に強い国が想定されていた。しかしながら、実際にはタイやインドネシアなどアジア新興国の多くが含まれていたほか、各国に対する関税率も高水準であった(図表1)。このため、世界の金融市場ではリスク回避の動きが強まり、アジアでは株価の急落や通貨安が進行した(図表2)。
図表1 各国の相互関税率と
対米輸出額GDP比率

(出所)米国商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表2 主なアジア諸国の株価

実際には、4月5日に第一弾として相互関税10%が発動された後、第二弾の個別国への関税上乗せについては、4月9日の発動直後に90日間の停止措置が発表された。また、4月11日にはスマートフォンや一部の電子機器などを相互関税から除外するとの政府発表があったが2、2日後の13日には米ラトニック商務長官から、これらの製品には相互関税とは別の関税を課す方針が示され、米国側でも細かい調整が続いている。後述のとおり、アジア諸国は相互関税の撤回や関税率の引き下げを目的に米国との交渉を既に始めているが、交渉期間は7月初旬までと限られる。交渉が不調に終わり、当初発表どおり個別上乗せ関税が発動されれば、対米輸出の減少を通じて各国経済を下押しする可能性が高い。本稿では、相互関税が全て発動されることを前提にアジア各国・地域への影響を分析する。
ベトナム経済への影響大。繊維・電気機械セクターを中心にGDPを▲3.2%下押し
結論から言えば、機械的な試算ではアジア新興国およびNIEsにおいて鉄鋼・アルミ・自動車・相互関税の影響が最も大きいのはベトナムだ。同国のGDPは▲3.2%下押しされる計算となる。次いで影響が大きいのは台湾で、同▲1.2%下押しされる。
本稿の試算では、以下の3つの波及経路を想定している。一つ目は、対アジア新興国・NIEsの関税引き上げに伴う対米輸出減少による影響(直接効果)。二つ目は、対中関税引き上げをうけた中国経済減速により、アジア新興国およびNIEsからの中国向け輸出減少の影響(以下、対中関税による波及効果)。三つ目は、中国の対米関税引き上げをうけた米国経済減速により、アジア新興国・NIEsからの米国向け輸出が減少する影響(以下、中国の対米関税による波及効果)、の三つである。以下、それぞれの影響について試算結果をみよう(図表3、図表4)。
まず直接効果については、チャイナプラスワンの流れの中で対米輸出への依存度を高めてきたアジア新興国・NIEsが被る影響は大きい。なかでも、対米輸出額がGDPに占める割合が約30%と域内で最も高く、相互関税率も高いベトナムでは、繊維や電気機械セクターを中心にGDPを▲3.2%下押しする計算だ。
図表3 関税3による
各国GDPの下押し影響

(出所)ADB、米商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表4 「対中関税の波及効果」によるGDP下押し幅に対する産業別寄与度

次に、対中関税による波及効果については、GDPの下押し幅が▲0.0~▲0.6%程度と国・地域によって影響度合いはまだら模様だ。国・地域別でみると台湾への影響が最も大きく、電気機械や化学セクターを中心にGDPを▲0.6%下押しする。台湾では、電気機械の中国向け輸出の割合が高いため対中関税の影響を受けやすく、さらに電気機械セクターにおける生産減少は、同セクターに原材料を供給している幅広い産業に波及する。
最後に、中国の対米関税による波及効果は▲0.01~▲0.03%にとどまり、アジア新興国・NIEs地域への影響は軽微である。中国の対米輸入規模がそれほど大きくないことが背景にあると考えられる。中国の対米関税引き上げに伴う米国の輸出減少幅(→輸出品の生産に必要な中間投入需要減少幅→アジアからの対米輸出減少幅)が限定的であるため、GDPの下押し幅もごく僅かである。
以上のように、トランプ関税によるアジア新興国・NIEsへの影響は、直接効果と対中関税による波及効果を主因に、各国・地域のGDPを下押しする。セクター別にみると、製造業では繊維や電気機械、化学セクターを中心にGDPを押し下げる格好だ。非製造業のGDP下押しも無視できない。製造業の生産減少が電気・ガス・水道セクターや輸送セクターに波及することで、追加的にGDPを押し下げると試算される。
もっとも、本稿の試算では①関税上昇分が当該国内で販売される最終需要財の価格に100%転嫁される、②当該国内での販売価格の上昇分だけ最終需要(消費・投資)が減少する(価格が10%上昇なら、最終需要は10%減少)、という仮定を置いている。加えて、株価下落に伴う逆資産効果や不確実性増大に伴う投資計画の先延ばしなどの要素は織り込んでいない。そのため試算結果については、一定の幅をもって解釈する必要がある。しかしながら、高関税が現実のものとなれば、輸出主導で経済成長を実現してきたアジア新興国・NIEs地域の一部の国・地域にとっては大きなマイナスの影響が及ぶことは間違いないだろう。
アジア新興国・NIEsは協議を通じて高関税発動を回避し対米関係の強化を目指す
米国による高関税措置に対し、アジア新興国・NIEsは、対抗関税を設定せず米国との対話する姿勢を示している。ASEAN加盟国は、2025年4月10日に特別会合を開き米国側の関税導入に対し懸念を表明する一方、米国と建設的な対話を行う意向を共同声明として発表した。ASEAN(2025)では、既存の経済枠組みである「ASEAN-米国貿易・投資枠組み協定」などを通じ、グリーン技術やデジタル産業など成長余地がある産業での経済連携の強化にも言及している。NIEs各国・地域も対抗措置を発動せず米国との対話を優先し、関税の影響が大きいとされる国内の自動車産業などへの支援を進めている。個別国では、ベトナムのホー・ドゥック・フォック副首相が既に米国を訪問し、長期的な二国間貿易協定の締結も視野に協議を開始することで合意した。インドネシアも代表団を米国に送り、現地調達の要件緩和といった規制緩和を材料に交渉する予定としている。台湾では米国製品への関税撤廃を検討するなど各国とも迅速な動きがみられる。
米国の関税政策を受けてアジア新興国・NIEsは、単なる米国との貿易摩擦の回避にとどまらず、中長期的な米国との関係を強化する方向性を強調しており、地域経済のさらなる発展に向けた再構築を促す好機ととらえる柔軟さもうかがえる。今後の交渉の行方と、米国側の関税政策の最終決定に注視が必要である。
[参考文献]
白井斗京・菅井郁・中信達彦(2025)「相互関税による米国経済への影響~GDPは▲1.3%Pt、イン
フレ率は+1.6%Pt」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2025年4月4日
江頭勇太(2025)「米中対立のASEAN 経済への影響 ~これまでは「漁夫の利」が生産を+2%押し上げ~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほインサイト』、2025年3月7日
亀卦川緋菜(2025)「中国の迂回輸出がアジアの対米輸出を押上げ~中国製品比率が高いベトナムは米関税の標的となるおそれ~」みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2025年2月27日
Association of Southeast Asian Nations (ASEAN) (2025), “Joint Statement of The ASEAN Economic Ministers on The Introduction of Unilateral tariffs of The United States”, April 10, 2025
Indonesia.go.id (2025), “Momentum to Expand Markets and Strengthen National Industry”, April 14, 2025
Socialist Republic of Viet Nam Government News (2025), “Viet Nam, U.S. agree to initiate negotiations on reciprocal trade deal”, April 10, 2025
U.S. Customs and Border Protection (2025), “CSMS # 64724565 - UPDATED GUIDANCE – Reciprocal Tariff Exclusion for Specified Products; April 5, 2025 Effective Date”, April 11, 2025
- 1本稿では、ベトナム、インド、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、韓国、台湾、シンガポール、インドを指す。中国や香港を含まない。
- 2U.S. Customs and Border Protection(2025)。
- 3本稿では、①鉄・アルミ関税、②自動車関税、③相互関税、④中国の対米関税、⑤米国の対中関税を指す。