キービジュアル画像

2025年4月28日

Mizuho RT EXPRESS

トランプ関税が欧州にもたらす変化

景気は下振れも、競争力強化でプレゼンス向上へ

調査部 主任エコノミスト 諏訪健太
kenta.suwa@mizuho-rt.co.jp

ダウンロードはこちら (PDF/1,135KB)

トランプ関税は持ち直しかけた欧州経済に冷や水

ようやく回復の兆しが見えた欧州経済に再び暗雲が垂れ込めている。ユーロ圏総合PMI(購買担当者景気指数)は、昨年末から改善傾向が続いていたが、4月は再び悪化した(図表1)。言うまでもなく、4月2日に米トランプ大統領が発表した「相互関税」がきっかけである。相互関税は2段階に分けて発動され、4月5日に貿易相手国すべてに10%の関税を課し、4月9日には貿易赤字の大きさに応じた税率(EUは20%)を上乗せした1。上乗せ部分の関税は、発動直後に90日間の一時停止措置が取られたものの、EU・米国間の交渉がどう決着するかは未知数である。欧州委員会は、工業製品にかかる関税を相互にゼロとする提案を繰り返しているが、今のところ米国から譲歩は引き出せていない。米トランプ大統領は貿易赤字を問題視しているが、国際分業が進んだ現代ではサプライチェーンが複雑化しており、短期間での貿易赤字解消は難しい。各国との交渉を経て税率が多少引き下げられる余地はあるものの、米国が高関税政策を大きく変更することはなさそうだ。

図表1 ユーロ圏PMI

(注)50が景気判断の境目
(出所)S&P Globalより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表2 米関税政策によるGDP下押し幅

(出所)Eurostat、ADBより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

本稿では、4月2日発表当初の関税案(対米貿易黒字が大きい国への上乗せ分を含む)を前提にGDPへの影響を試算した(図表2)。その影響は、直接効果と間接効果に分けられる。直接効果は、自動車や鉄鋼・アルミ製品に対する25%関税と、20%の相互関税によるEUからの対米輸出減少幅を計算したものだ。間接効果は、米国の関税政策によって生じた、EU域外諸国の景気下振れによる波及効果を考慮したものである。直接効果・間接効果を合計したGDP下押し幅の合計はEU全体で▲0.7%と試算され、潜在成長率が1%台前半とされる欧州経済にとっては大きな打撃になる2。特に、ドイツやアイルランド等、製造業のウェイトが大きい国や対米依存度が高い国で影響が大きくなるだろう。2025年の欧州経済は、昨年に続き1%未満の低成長にとどまると予想される。

米国から締め出された域外製品の流入はデフレ要因に

米国の関税政策が及ぼす影響として、物価の下振れリスクにも留意が必要である。賃金インフレ圧力が後退するなかで、財物価に強い低下圧力が加われば、インフレ率が2%物価目標から下振れる可能性が高まる。そうなれば、ECB(欧州中央銀行)は中立金利を下回る水準まで利下げを続けると予想される。

ラガルドECB総裁は、4月の政策理事会後の会見で複数のデフレ要因について懸念を表明した。貿易面では、欧州からの対米輸出需要の減少に加えて、中国等からの安価な域外製品流入もデフレ要因になり得る。WTO(世界貿易機関)は、4月16日に公表した世界貿易見通しで米国の関税政策による世界貿易量の変化を試算している(図表3)。中国から欧州への輸入は+5.8%増加すると試算されており、EUの域外輸入に占めるシェアを考慮すると、輸入全体を+1.2%押し上げる計算になる。なお、この試算は相互関税の上乗せ部分の停止を前提としている。上乗せ部分が発動された場合には、高い税率を課されるASEAN諸国等からの輸出ドライブも強まる可能性がある。相互関税がフルに発動されると中国国内だけでなく世界的に供給過剰が発生し、欧州域内に安価な工業製品が大量に流れ込んでくるリスクがある3

図表3 米関税政策による対中輸入の変化
(WTO試算)

(注)4/14時点の米関税政策(相互関税の一時停止継続)が前提
(出所)WTOより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

また、ラガルド総裁はユーロ高やエネルギー価格の下落もデフレ要因として指摘している。本稿執筆時点では、2025年初対比で原油価格(WTI)は1割強、天然ガス価格(TTF)に至っては約3割も下落している。これまで域内製造業を悩ませてきた天然ガス価格の低下はコスト競争力の改善をもたらす面もあるが、景気悪化への懸念が強まる中では物価の下振れにも配慮する必要がある。

サービス物価が順調に減速するなかで、こうした財物価の下振れ圧力が強まれば、インフレ率が2%を大きく下回る可能性も出てくる。ラガルド総裁は、欧州が直面する新たなショックや不確実性に対して「即応性(readiness)」と「敏捷性(agility)」という原則に基づいて対応すると発言した。関税を巡る交渉の帰結次第ではあるが、ECBが中立金利(ラガルド総裁が示したレンジは2.25~1.75%)を下回る水準まで利下げを続ける可能性は十分にある。90日間の相互関税一時停止期間が終了した後に迎える7月24日のECB政策理事会がポイントになりそうだ。

米国内向き化を契機に、EUの国際的地位が相対的に高まる可能性も

以上のように、トランプ関税が短期的に欧州経済に負の影響を及ぼすことは間違いないが、保護主義への転換に象徴的に表れている米国の「孤立主義」は、今後、EUが国際社会や世界経済における存在感を高めるターニングポイントになるかもしれない。米国を離れようとしている投資マネーを取り込み、米国や中国との成長格差を縮小させるチャンスにもなりうる。しかし、それには欧州委員会が提案する競争力強化策を速やかに実行し、欧州の市場としての魅力を向上させる必要があるだろう。

トランプ大統領の就任以降、米国は内向き志向を強め、国際社会への関与を低下させる姿勢が鮮明になっている。強硬な関税政策に加え、ウクライナ支援への消極姿勢など、米国の政策はトランプ氏の就任以前から様変わりした。こうした中で、欧州に対する市場参加者の期待は高まっているように見える。ユーロストックスは相互関税発表後に急落したものの、日本(日経平均株価)や米国(S&P500)に比べて底堅い(図表4)。米国に代わる投資先として、消極的な動機で資金を退避させている面もあるだろうが、EUレベルでの防衛費増額や、ドイツのインフラ投資基金設立を含む財政拡張への転換など、EUと加盟国のスタンスが明確に変化した点は間違いなく好材料だ。

図表4 日米欧の主要株価指数

(注)4月25日までの値
(出所)LSEGより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

世界経済におけるEUの存在感を高めていく上では、エネルギー価格高騰により失われた競争力を取り戻せるかどうかがカギになる。今年1月、欧州委員会は競争力コンパスを公表し、競争力強化に向けて本格的に動き出した。競争力コンパスは今後の政策の工程を示した文書で、欧州委員会はこれに沿って次々と政策や法案を打ち出している(図表5)。しかし、効果が表れるまでに時間がかかる政策も少なくない。例えば、EUの単一市場化に向けて必要な規制簡素化や資本市場統合を達成するには、加盟国間での調整や国内の法整備等が求められる。改革をスムーズに進める上で障害となりそうなのが、主導する立場にあるドイツやフランスにおける国内政治基盤の不安定化である。例えばドイツでは、反EUを掲げる極右政党AfD(ドイツのための選択肢)が4月9日時点の世論調査で支持率トップになっており、改革がスムーズに進むかどうかは予断を許さない。

図表5 競争力コンパスの進捗状況

(出所)欧州委員会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

反EU勢力の拡大は、10年以上前からの懸念事項でもある。吉田・中村(2014)は、EUへの信認が低下した理由を①EU主導の債務危機への対応策に対する南部と北部双方の反発と、②EUへの広範な権力集中に対する反発であると指摘している。①は、基本的に南部諸国と北部諸国の財政スタンスの違いに起因しており、南部諸国では厳しい財政規律、北部諸国では自国の税金を使った南欧支援への不満からEUへの信頼が低下した。②の代表例としては、EU主導で決定される移民政策への反発が挙げられる。EUは基本条約で自由な労働移動を保証しているが、多くの国で、移民に職が奪われる、自国の文化が破壊されることに対する懸念がEU批判につながった。

とはいえ、十数年前に比べればEUに対する不信感は和らいでいる。欧州委員会が実施した調査では、EUを信頼するとの回答割合が5割程度まで上昇しており、債務危機下にあった2010年代前半と比べてEUの求心力は高まっていると言えそうだ(図表6)。競争力の低下や米国の内向き化を契機に、EU市民の間でも危機感は強まっているのかもしれない。緊縮財政の急先鋒であったドイツが財政規律を緩和する憲法改正案を可決し、ドイツ国民もそれを受け入れたことはその最たる例だろう。競争力回復に向けた道のりは決して平坦ではないだろうが、これまで有効な解決策が打たれなかった構造問題に取り組む機運が強まっていること自体はポジティブに評価できる。こうした機運を持続し、競争力回復に向けた政策を実行に移せるか、今後数年間が欧州の国際的地位を決定づける正念場になるだろう。

図表6 EUへの信頼度

(出所)Eurobarometerより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

[参考文献]

白井斗京、菅井郁、中信達彦(2025)「相互関税による米国経済への影響~GDPは▲1.3%Pt、インフレ率は+1.6%Pt~」みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2025年4月4日

吉田健一郎、中村正嗣(2014)「反EU勢力の躍進が懸念される欧州議会選挙をどう見るか」みずほ総合研究所『みずほインサイト』、2014年5月21日

  1. 1相互関税率の計算方法は、白井他(2025)を参照。
  2. 2この試算では、関税が販売価格にフル転嫁されることを前提にしているため、GDPへの影響は大きめに推計されている。企業が関税によるコスト上昇分を吸収した場合には、輸出減を通じたGDPへの直接的な影響が小さくなる一方、企業収益が圧迫されることにより主に設備投資に悪影響が及ぶことが想定される。
  3. 3ただし、欧州委員会はアンチダンピング措置等によって域外製品の過度な流入を抑制する方針を示している。2025年4月8日、欧州委員会はエジプト・日本・ベトナム産の熱延鋼材等に対する暫定的なアンチダンピング措置を発動した。
    https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/ALL/?uri=oj%3AL_202500670