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2025年5月20日

Mizuho RT EXPRESS

新政権成立により再始動したドイツ

安定政権構築の成否は欧州全体の先行きにも影響

調査部付 みずほ銀行産業調査部 欧州調査チーム出向 主任エコノミスト 川畑大地
daichi.kawabata@mizuhoemea.com

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メルツ新政権が成立し、ドイツ政治は再始動

ドイツでは、5月6日にCDU(キリスト教民主同盟)党首のメルツ氏が首相に選出され、新政権が発足した。同国では、昨年11月のショルツ前連立政権崩壊を受けて、今年2月に総選挙が実施された。選挙ではCDU/CSU(キリスト教民主・社会同盟)が第一党になったものの、単独過半数議席には届かず、連立政権の組成が必須だった(図表1)。第二党になった極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)との連立は主要政党が否定していたため、第三党の社会民主党(SPD)との大連立政権が成立することとなった。

図表1 ドイツ連邦議会の政党別議席占有率

(出所)ドイツ連邦議会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

新政権発足により、ショルツ前政権の崩壊後、空白が続いていたドイツ政治が再始動する。本稿では、CDU/CSUとSPDが交わした連立協定や足元の世論を踏まえて主要な政策分野における新政権の方針を整理するとともに、今後の課題を考察する。

新政権は国民の関心が高い経済再建や移民問題に注力する見通し

メルツ新政権は、経済再建や移民問題等に注力する見通しだ。最近の世論調査では、自国が抱える課題として経済状況と移民を挙げた人の割合が高い(図表2)。

図表2 ドイツ国民が感じる自国が抱える課題

(注)複数回答可。調査期間は2025年4月28日~4月30日
(出所)Forschungsgruppe Wahlen より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

連立協定には、様々な分野において政権が今後4年間で取り組む優先事項が記載されている(図表3)が、足元の世論を踏まえれば、特に2年連続でマイナス成長を記録するなど深刻な低迷が続く経済の立て直しと、移民問題に重点的に取り組むと予想される。

図表3 連立協定の主な内容

(出所)CDU/CSU・SPD連立協定より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

経済政策において目玉となるのが、今後12年間で5,000億ユーロ(GDP比12%程度)のインフラ投資を可能にする特別基金を活用した投資の実行だ。特別基金は総選挙後、財政拡張を可能にする憲法改正を改選前議会で可決するという異例の経過をたどって創設された。ドイツは長年の緊縮財政によりインフラの老朽化が激しく、ビジネスの阻害要因になっているといわれてきた。川畑・諏訪(2025)は、基金を通じた投資増加によりインフラが刷新されることで、12年後には同国のGDPを17.4%押し上げると分析しており、低迷する経済の回復に大きく寄与するとみられる。また、ドイツ経済の屋台骨である製造業低迷の主因になっているエネルギーコスト高への対策としては、電力税引き下げやエネルギー集約型産業への支援策等が盛り込まれている。加えて、手続き簡素化・報告義務削減、法人減税、設備投資の償却規則見直し等による企業負担軽減・投資促進や、スタートアップ支援強化、労働時間の柔軟化を含む就労促進策により競争力の強化を図る方針だ。

移民問題については、移民による犯罪の増加、移民問題を争点化するAfDの支持拡大を受けて、新政権は取り締まりを強化する方針だ。具体的には、国境管理強化や人道的配慮が必要な場合を除く難民の家族呼び寄せ一時停止等が記載されている。すでに新政権は難民申請希望者を国境警備隊が追い返すのを可能にすることや国境警備の強化を発表し、移民抑制に乗り出している1

経済や移民以外では、安全保障分野への取り組みも注目される。安全保障環境の変化により防衛力強化が急務になったことを受けて、前述の憲法改正ではGDP比1%を超える防衛費は債務ブレーキ条項の対象外となった。こうした財政枠組みを利用して、防衛費増額や防衛装備品の生産能力強化を進めていくとみられる。ワーデフール外相は、GDP比3.5%の国防費と有事に必要なインフラ等に同1.5%支出することで同5%の防衛関連支出を実現するというルッテNATO事務総長の提案を支持したほか、メルツ氏は所信表明演説において「ドイツ軍を欧州最強にする」と発言するなど防衛力強化に意欲を示している。防衛費増額もインフラ投資と同様に経済の押し上げ要因になるとみられ、川畑(2025)はドイツが仮に防衛費を現状のGDP比2%程度から同3%に増額した場合、同国のGDPを0.6%程度押し上げると試算している。

ウクライナ戦争以降、経済の不振が続くドイツでは、昨年末の連立政権崩壊後に政治も不安定化し、2025年度予算が未だに成立していない2。経済の低迷が政治を不安定化させ、その結果として有効な経済政策が打たれない悪循環に陥っていた。しかし、新政権の成立やそれに先立って行われた財政政策の転換により、政治・経済の停滞から脱却する機運が高まっている。

安定政権構築の成否は欧州全体の政治・経済を左右

このように、ドイツは政治・経済の両面で重要な転換点を迎えているが、政権の安定に向けては不安要素もある。

まず挙げられるのが、メルツ氏の指導力・求心力だ。5月6日に行われた首相指名選挙では、初回投票で連立与党内から造反者が出たことで首相選出に必要な過半数獲得に失敗し、戦後ドイツで初の再投票を余儀なくされた。同日に行われた2回目の投票では過半数を獲得したものの、今後、個別の法案採決等の場面で同様の事態に直面することもありえよう3。もともとメルツ氏には閣僚経験がなく、国民の支持も決して高いとは言えなかったが、今回の一件で同氏の指導力・求心力に早くも疑問符が付くこととなった。

また、AfDの支持拡大も不安材料だ。議会第二党に躍進した同党は、直近の一部世論調査で第一党であるCDU/CSUの支持率を上回るなど、選挙後も支持を拡大している(図表4)。

図表4 政党支持率

(出所)Ipsosより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

政権入りはしていないものの、最大野党として影響力は強まっており、実際、新政権が移民・難民の取り締まりを強化する背景には支持を広げるAfDの存在もあるとみられる。当面、国政選挙はないものの、AfDの支持拡大は、政権の政策に間接的に影響を及ぼし得るほか、世論を意識してAfDとの連携を模索する動きが与党内から出てくる可能性もある。実際、メルツ氏は年初にAfDとの連携により移民抑制法案成立を目指したが、同じような状況が生じた場合、連立政権内の対立は避けられず、政治の不安定化に直結するだろう。

メルツ氏が安定政権を築けるかは、ドイツのみならず欧州全体の政治・経済の安定性にもかかわってくる。連立協定には、欧州連合(EU)の外交・安全保障政策を主導することが明記されているほか、所信表明演説でメルツ氏は「EUが早急に、できる限り多くの新たな貿易協定を締結できるように支援したい」と発言した。安全保障や米国との通商問題でリーダーシップを発揮していく姿勢を示したものだが、国内政治が不安定なままだと外交に注力することは難しいだろう。米関税政策により3年連続のマイナス成長の可能性も出てきている4経済を立て直し、安定政権を構築した上で、EUが直面する諸問題の解決にリーダーシップを発揮できるか。ドイツにとって2025年は重要な節目となり、その帰趨は今後数年の欧州の行方をも左右することになりそうだ。

[参考文献]

川畑大地、諏訪健太(2025)「重要な転換点を迎えるEU~財政拡張、防衛費増を巡る議論が急進展~」みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほインサイト』、2025年3月19日

川畑大地(2025)「「再軍備」を迫られる欧州と日本への示唆~内製化の必要性や財政運営の面で共通の課題~」みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2025年5月15日

  1. 1なお、ドイツの移民政策厳格化を受けて、ポーランドやオーストリアなどの近隣国は、自国への移民流入につながりかねないとして批判を強めており、移民への対応を巡ってEU内で対立が深まるリスクがある
  2. 2グリンバイル財務相は、今年度予算案を6月25日に発表し、9月までの承認を目指すとしている
  3. 3なお、首相指名選挙では絶対過半数が選出ラインだが、通常の法案成立に必要なのは単純過半数であり、単純比較できない点には留意が必要
  4. 4IW(ドイツ経済研究所)は今年のドイツの実質GDP成長率を前年比▲0.2%と、3年連続でのマイナス成長を予想している