調査部 エコノミスト 中信達彦
tatsuhiko.nakanobu@mizuho-rt.co.jp
企業・家計マインドは悪化したが、雇用や小売統計は堅調を維持
トランプ政権の関税引き上げを受けて、米国企業と消費者のマインドは悪化している(図表1)。特に4月の相互関税導入後は、企業の景況感が急速に悪化した。4月のニューヨーク連銀景気指数は製造業が▲7.4Pt(3月同+12.7Pt)、非製造業が▲27.6Pt(3月同▲9.7Pt)と急激に悪化し、5月もマイナス圏で推移している。消費者マインドについても、ミシガン大学のサーベイによれば、3月以降にインフレ懸念(期待インフレ率)が急速に高まり、消費者信頼感指数は大幅に低下した。
こうしたマインド指標が大幅に悪化する一方で、雇用者数や小売売上高などのハードデータは今のところ底堅さを維持している。図表2の通り、非農業部門雇用者数は2025年に入ってからも前月差+10万人を上回るペースでの増加が続いている。また、小売売上高(変動の大きい自動車・ガソリンスタンド・建材を除く小売売上高)の増加基調も4月まで変わっていない。
ただし、小売売上高が堅調を維持している背景には、関税引き上げに伴うインフレを警戒した駆け込み消費の動きがある。自動車や家具・家電といった耐久財を中心に、関税コストを反映した値上げが本格化する前に駆け込みで購入する動きがみられており、今後、その反動減が予想される。加えて、落ち着きかけたインフレが再加速して実質所得が目減りすれば、消費者の節約意識が強まり、個人消費が委縮する可能性が高い。
本稿では、関税引き上げによる販売価格や家計所得へのインパクトを品目・所得階級別に分析する。その上で、関税引き上げが消費者の生活水準悪化を通じて、政権支持率に影響を及ぼす可能性について考察する。
図表1 企業・消費者のマインド指標

(出所)ニューヨーク連銀、ミシガン大学より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表2 非農業部門雇用者数・コア小売売上高

(出所)米国商務省、労働省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
関税引き上げは低所得層の生活に打撃
関税引き上げが消費者の購入価格(消費者物価)に与えるインパクトは、品目による差が大きい。図表3は品目別の輸入比率と在庫月数を見たものだ。輸入比率が高い品目では、関税増により卸売・小売事業者のコストが膨らみやすく、消費者物価の上昇幅も大きくなるだろう。また、在庫月数が少ない品目では、卸売・小売事業者が関税引き上げ前に仕入れた在庫が短期間で払底するため、より早いタイミングで価格転嫁が行われるだろう。よって、輸入比率が高く在庫月数が少ない品目ほど、関税引き上げによる価格上昇幅が大きく、価格引き上げ時期も早くなることが予想される。家具・家電は輸入比率が4割程度と相対的に高く、在庫月数も1.5か月と少ないため、価格がより高く、早く上がることになるだろう。衣料品は在庫月数が2.3か月と他の品目と比べて高水準なため値上げ時期はやや遅くなるが、輸入比率は8割超と非常に高く、値上げ幅は大きくなると見込まれる。
こうした特徴に着目して、関税引き上げに伴う販売価格と家計所得へのインパクトを試算1した結果が図表4である。品目別の販売価格の上昇幅は、衣料品(+12.8%)や家具等(+5.7%)、自動車(+4.2%)の順で大きい。図表3でみた輸入比率が高いほど、上昇幅が大きくなる図式である。また、家計の実質所得に与える影響をみると、第1所得階級(所得分布下位20%の世帯)が▲1.9%と、低所得層で特にマイナス幅が大きい。低所得層は所得に占める財消費の割合が高いため、関税引き上げによる財物価上昇の影響をより大きく受ける計算になる。消費税のような間接税を引き上げる場合と同様に、関税引き上げの影響には逆進性があり、高所得層よりも低所得層への打撃が大きくなると試算される。
図表3 品目別の輸入比率と在庫月数

図表4 関税による販売価格・実質所得への影響

(出所)米国労働省、商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
低所得層の不満は、トランプ政権の逆風になる可能性
低所得層の生活水準悪化は、トランプ政権の支持率に悪影響を及ぼす可能性がある。図表5は、これまでの大統領選における支持政党の推移を見たものだ。共和党候補への投票率から民主党候補への投票率を差し引いた指数であり、プラス側は共和党優位、マイナス側は民主党優位を意味する。1970年代から長い期間にわたり高所得層が共和党支持、低所得層が民主党支持という構造が続いてきた。しかし近年は、高所得層が民主党支持に、低所得層が共和党支持に逆転しつつある。特に2024年の大統領選では、低所得層のマイナス幅が大幅に縮小しており、多くが共和党(トランプ大統領)支持に移った。つまり、トランプ大統領は2024年の大統領選において、低所得層の支持を集めて当選したということだ。
その低所得層が関税引き上げによる物価高で現政権に対する不満を強めれば、トランプ政権の支持率低下を通じて、2026年の中間選挙における共和党の苦戦につながる可能性がある。中間選挙で共和党が勝利すれば保護主義的政策が維持・強化される可能性が高まる一方、共和党が敗北すればトランプ政権は現在のような強硬な政策を進めにくくなる。今後、関税の引き上げによる実体経済への影響が徐々に顕在化していく中で、トランプ政権への支持に変化が生じるか、政権はそれにどう対応するのか、その動向を注視していく必要があろう。
図表5 大統領選における支持政党の推移

(出所)American National Election Studiesより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
[参考文献]
American National Election Studies(2022)”ANES Time Series Cumulative Data File[dataset and documentation]”,2022年9月16日, www.electionstudies.org
American National Election Studies(2025)” ANES 2024 Time Series Study Preliminary Release: Combined Pre-Election and Post-Election Data [dataset and documentation]”,2025年4月30日, www.electionstudies.org
- 1試算の前提となる関税率は、全世界向けの相互関税が10%、対中国が30%、対カナダ・メキシコが25%(USMCA適用品を除く)、自動車が25%として試算している。