調査部 シニア米国経済エコノミスト 松浦大将
同 主任エコノミスト 白井斗京
同 主任エコノミスト 菅井郁
同 エコノミスト 中信達彦
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米・国際貿易裁判所(CIT)がIEEPAに基づく関税を差し止め
2025年5月28日、米・国際貿易裁判所(CIT)はトランプ政権が国際緊急経済権限法(IEEPA, International Emergency Economic Powers Act)に基づいて実行した一連の関税措置が違法であると判断し、恒久的な差し止めを命じた。今年1月の就任以降、トランプ大統領は大規模な貿易赤字や薬物の流入がIEEPAの定める「異常かつ例外的な脅威(unusual and extraordinary threat)」に当たるとして、大統領権限を行使して広範な関税措置を迅速に実行してきた。しかし、複数の民間企業と民主党系13州が原告となった今回の判決では、同法が大統領に無制限に関税を設定する権限を与えたものではないこと、違法薬物・不法移民対策としての関税措置は「異常かつ例外的な脅威」の条件を充足していないことが示され(図表1)、相互関税に加えて、移民・薬物問題を理由に中国、カナダ、メキシコへ課した関税が違法であると判断された。
図表1 米・国際貿易裁判所「関税訴訟判決」の概要

なお、自動車や鉄鋼製品など特定品目に課される関税は異なる法律(1962年通商拡大法232条)によって実施されており、差し止め対象には含まれていない(図表2)。
判決前の時点で有効であった関税を踏まえると、みずほリサーチ&テクノロジーズの試算では米国の平均関税率は15.3%まで上昇する見込みだったが、今回の判決に基づいて政権が関税を引き下げた場合、平均関税率は7.0%まで低下する計算になる(図表3)。
トランプ政権発足以降、関税引き上げに伴う景気悪化懸念に注目が集まっていたが、今回の判決を受けて、マーケットは総じてリスクオンで反応している。大手テック企業の好決算なども押し上げ材料となり、株式市場では日本時間5月29日午前時点でCMEダウ先物が+1%超上昇、為替市場では1ドル=146円超までドル買いが進行した。しかし、今後トランプ政権の関税に対する姿勢が顕著に軟化していくという見方はやや楽観的過ぎるかもしれない。
図表2 トランプ政権の主な関税政策

(注2)2024年輸入実績に基づく試算値。一部例外規定については省略
(出所)ホワイトハウス、米国商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表3 平均関税率の推移

(注2)2024年輸入実績を基にした推計であり、輸入数量の減少は考慮していない
(出所)Tax Foundation、米国商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
トランプ政権は他の法的根拠を模索する見込み
平均関税率の低下は世界経済にとって好材料だが、トランプ政権が関税を自身の政策の中心に据えている以上、IEEPAを根拠とした関税引き上げが司法に差し止められたとしても、何らかの手段を講じた上で関税引き上げを試みることが予想される。
図表4は、今後トランプ政権がとりうる手段をまとめたものだ。トランプ政権はCITの判決を不服とし、連邦裁判所に控訴する方針を示した。控訴審で政権が勝訴すれば、合法的にIEEPAに基づく関税政策が実行可能になる。しかし、本件は最高裁まで持ち込まれる可能性が高く、最終的な司法判断までは長い時間がかかるだろう。
最悪のリスクケースとして考えられるのは、政権が裁判所の判決に従わず、現行の関税政策を維持し続けることである。トランプ政権は移民政策においても司法と対立しているが、裁判所からの命令にあからさまに従わないことがあれば 、三権分立という国の根幹を揺るがす事態となるだろう。
現実的にはIEEPA以外の法律に基づいて関税を課そうとする可能性が高い。今回の判決の中では、貿易赤字への対処は「1974年通商法122条に従うべきである」と言及している。通商法122条では、150日間、最大15%という制限があるものの、全輸入に対する関税率引き上げが可能となる。そのほか、通商拡大法232条(鉄鋼・アルミ・自動車関税の根拠法)の適用範囲を他の品目にも拡大する手段や、通商法301条(第一次トランプ政権における対中関税の主な根拠法)を用いた特定国への関税引き上げ手段も存在する。IEEPAによってこれまで実施してきた関税政策と比較すると、他の法律には期間や対象品目に制限があるため、政策の自由度は下がる。しかし、トランプ政権がこうした法律を活用しながら、実質的に現行の関税政策に近い関税を課そうとすることは十分にあり得る。
今回の判決を受けてトランプ政権の関税政策は一時的に緩和する可能性があるものの、予断を許さない状況が続くだろう。
図表4 政権がとりうる手段

- 1米政権は、2025年4月23日、連邦裁判所が差し止め命令を出したにも関わらず移民の強制送還を実施したことを認めている。本件では、裁判所の差し止め命令と移民を乗せた航空機の離陸のタイミングが論点となったが、今回のIEEPAによる関税の撤回を求める判決にはそのような曖昧な議論は発生しづらいと考えられる。
- 2232条は安全保障上の問題となる品目への関税や輸入規制を、301条は貿易相手国の不公正な取引に対する関税や輸入規制を課すことを認めている。