調査部 チーフ日本経済エコノミスト 酒井才介
同 エコノミスト 西野洋平
saisuke.sakai@mizuho-rt.co.jp
6月中旬時点の「みずほGDPナウ」は4~6月期GDPを前期比▲0.26%と予測
景気動向をいち早くタイムリーに把握したいというニーズを踏まえ、みずほリサーチ&テクノロジーズでは、浦沢(2023)等を参考にGDPナウキャスティング(GDPに先行して公表される経済指標を活用したGDP成長率のリアルタイム予測)に取り組んできた。太田他(2024)では、みずほリサーチ&テクノロジーズが構築したダイナミック・ファクター・モデルによるGDPナウキャスティングについての技術概要や予測パフォーマンス等を解説し、使用データがそろえば民間予測平均並みの予測精度が確保できることを示した。その上で、酒井他(2024)、酒井・西野(2024a)、酒井・西野(2024b)、酒井・西野(2025a)、酒井・西野(2025b)、酒井・西野(2025c)では、月次経済指標を用いたGDPナウキャスティングの結果を紹介してきたところである。
本稿では、太田他(2024)で説明したモデルを用いて、6月中旬時点までに得られる月次経済指標を用いた4~6月期GDPのナウキャスティングの結果を紹介する。米アトランタ連銀が発表するGDPナウの日本GDP版のようなものであるが、本稿では「みずほGDPナウ」と呼称することとしたい。使用データとしては、6月中旬までに得られる4月分の鉱工業生産、消費活動指数、所定外労働時間、消費財出荷指数、第3次産業活動指数、5月分の中小企業景況調査(売上げ見通しDI)を用いている(太田他(2024)が説明しているとおり、ステップワイズ法で使用データを採択している1)。
図表1のとおり、モデルによる6月中旬時点における4~6月期実質GDPの推計値は前期比▲0.26%(年率▲1.05%)となった。米国のトランプ政権による関税政策等を受けて企業の景況感(売上げ見通し)に下押し圧力がかかったほか、食料インフレの継続が個人消費の重石になり、現時点でテクニカルリセッション(2四半期連続のマイナス成長)に陥る可能性が高いことを示唆する結果となった。
図表1 4~6月実質GDPの予測値

なお、東京財団政策研究所による6月1日時点のナウキャスティングでは、4~6月期実質GDPは前期比+0.24%(年率+0.96%)とプラス成長の予測となっており、本稿の推計より強い結果となっている。東京財団政策研究所のナウキャストでは5月の出荷指数(補外予測値)が使用されるなど、使用データが本稿と異なる点が推計結果の違いにつながっているとみられる(詳細は東京財団政策研究所ウェブサイトのGDPナウキャスティングを参照されたい)。一方、日本経済研究センターが公表した6月のESPフォーキャスト調査(回答期間は2025年6月3日~6月10日、回答者は38名)における4~6月期実質GDPの民間予測値平均は前期比+0.01%(年率+0.04%)とほぼゼロ成長が見込まれており、こちらも本稿の推計より強い結果となっているが、本稿の予測値の違いについては、トランプ関税に対する企業行動の想定等が反映されている可能性があるだろう。例えば、日本企業が(現地販売価格が上がることを回避するため)輸出価格を下げることで関税コストを負担する形で輸出・生産を行うとすれば、企業の景況感は悪化するとしても日本の輸出数量はそれほど減少しない、といった見方がESPフォーキャスト調査における予測値に含まれていると考えられる(実際、5月の北米向け乗用車の輸出物価は前年同月比▲18.9%となっており、関税コスト(25%)の7~8割を負担している計算となる)。
なお、4~6月期のナウキャスティングについては、6月中旬までに公表された月次経済指標を使って、GDP1次速報値の予測値を6月中に2回更新した。予測値アップデートの過程と、各月次経済指標の寄与度を示した結果が図表2である。太田他(2024)で示した枠組みと同様、図表2の折れ線が各時点における実質GDP成長率の予測値であり、月次の経済指標が新たに公表されたり更新されたりすることで予測値がアップデートされる。棒グラフは、予測値の改定幅、すなわち前回予測との差を各月次経済指標で寄与度分解したもので、寄与度を合計するとモデル予測値の改定幅と一致する。6月2日時点では中小企業景況調査(売上げ見通しDI)がマイナスに寄与した一方、6月13日時点では4月分の消費活動指数や第3次産業活動指数2の増加がプラスに寄与し、成長率予測値を上方修正の方向でやや押し上げた格好になっている。4月の消費活動指数(旅行収支調整済)は前月比+0.2%(3月同▲0.5%)と2か月ぶりに増加したが食料インフレの継続で力強さを欠き、4月の鉱工業生産(確報)も生産用機械工業等を中心に前月比▲1.1%(3月同+0.2%)と減産となったことで、全体としてマイナス成長の絵姿に変わりはない。
図表2 予測値の改定過程と各経済指標の寄与度

(出所)内閣府等より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
以上のとおり、6月中旬までに得られる4月分のデータを用いた「みずほGDPナウ」では4~6月期の実質GDPはマイナス成長が予測され、経済活動の停滞を示唆する結果と言える。トランプ政権の関税政策に対する企業行動等を反映した今後の経済指標の動向によってナウキャストの予測値は修正される可能性もあり、引き続き景気動向を注視していきたい。なお、次回の「みずほGDPナウ」の推計・発信については、5月分の鉱工業生産や消費活動指数の結果等を踏まえて7月中旬頃のレポート発刊を予定している。
酒井(2025)が指摘しているように、1~3月期の実質GDP成長率(2次速報)は在庫投資の上振れによる押し上げが大きく、4~6月期はその反動が出ることでマイナスに寄与する可能性が高い。さらに、関税コストの上昇を日本の輸出企業が吸収し続けることは難しいとみられ、6月以降に現地販売価格が徐々に上昇することに伴う需要減が先行きの輸出数量や生産を下押しする可能性は十分に考えられるだろう。トランプ関税政策で企業収益が下押しされることに加え、関税政策を巡る不透明感が企業の設備投資を慎重化させる公算も大きい。現時点で、4~6月期は2四半期連続のマイナス成長に陥る可能性は十分に考えられるとみている。日本経済の動向については注意が必要な局面を迎えることから、ナウキャストによる景気動向の把握はより重要なものとなるだろう。
[参考文献]
浦沢聡士(2023)「GDP ナウキャストと景気判断~景気判断実務における GDP ナウキャストの活用に向けて~」、内閣府経済社会総合研究所「経済分析」第208号
太田晴康・仲山泰弘・酒井才介・松浦大将・越山祐資・西野洋平(2024)「「みずほGDPナウ」の推計~DFMを用いた日本のGDPナウキャスティング~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほインサイト』、2024年8月30日
河田皓史(2024)「個人消費は強い?それとも弱い?~強弱入り乱れる消費指標を読み解く~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほインサイト』、2024年1月17日
酒井才介(2025)「年率▲0.2%と1次速報から上方修正(1~3月期2次QE)」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『QE解説』、2025年6月9日
酒井才介・西野洋平・太田晴康・仲山泰弘(2024)「「みずほGDPナウ」で見る景気動向~9月中旬時点で7~9月期GDPは前期比+0.0%と推計~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2024年9月19日
酒井才介・西野洋平(2024a)「「みずほGDPナウ」で見る景気動向~10月中旬時点で7~9月期GDPは前期比+0.1%と推計~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2024年10月18日
酒井才介・西野洋平(2024b)「「みずほGDPナウ」(24年12月中旬時点)~10~12月期GDPは前期比▲0.1%(年率▲0.3%)と推計~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2024年12月18日
酒井才介・西野洋平(2025a)「「みずほGDPナウ」(25年1月中旬時点)~10~12月期GDPは前期比+0.2%(年率+0.8%)と推計~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2025年1月22日
酒井才介・西野洋平(2025b)「「みずほGDPナウ」(25年3月中旬時点)~1~3月期GDPは前期比+0.07%(年率+0.28%)と推計~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2025年3月19日
酒井才介・西野洋平(2025c)「「みずほGDPナウ」(25年4月中旬時点)~1~3月期GDPは前期比+0.75%(年率+3.05%)と推計~」、みずほリサーチ&テクノロジーズ『Mizuho RT EXPRESS』、2025年4月24日
- 1今後のモデルの予測精度のパフォーマンス評価等を踏まえ、採択するデータについては見直しを行う可能性がある。
- 2基準年次が2015年(平成27年)基準から2020年(令和2年)基準に改定されたことを受け、新系列データが公表されていない2017年12月以前を含む旧系列データと、新系列データを独自に接続させて推計に使用している(本稿執筆時点では接続指数が公表されていないため)。