調査部 シニア米国経済エコノミスト 松浦大将
調査部 エコノミスト 中信達彦
tatsuhiko.nakanobu@mizuho-rt.co.jp
米消費者マインド指標が低迷、一方で財消費は高水準を維持
米消費者の購買意欲が減退する一方で、個人消費の実態を示すハードデータはいまだに堅調を維持している。
ミシガン大学やコンファレンスボードが発表する消費者信頼感指数は、第二次トランプ政権発足以降、冴えない動きが続いている(図表1)。関税引き上げに伴う将来の物価上昇や、企業業績の低迷を通じた雇用抑制への懸念が消費者マインドの下押しにつながっていると考えられる。
他方、個人消費の実態を示す実質小売売上高(図表2)は、高水準を保っている。自動車販売を中心に3~4月にかけて関税引き上げを前にした駆け込み需要が発生した後、5月にはその動きが一服しながらも、家具・家電や衣料品が全体を押し上げる格好となった。
トランプ政権による関税政策の影響があっても、米国経済は個人消費に支えられて堅調を維持できるのだろうか。本稿では、過去の景気悪化時の消費の動きを分析し、先行きの米国経済を展望する。
図表1 消費者マインド

図表2 実質小売売上高の推移

(出所)米国労働省、商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
景気減速を早期に察知する不要不急サービスには既に悪化の兆候
個人消費の中でも、景気低迷時に先行して変調を示す項目には既に悪化の兆候が見られ始めている。
図表3は、過去の景気後退局面における消費動向を財・サービス別にみたものである。個人消費支出(PCE)を構成する各項目について、景気後退の開始月を基準に変化率を整理(詳細な分析方法は図表注を参照)し、悪化傾向を示した時期に色付けを行った。この結果をみると、景気の悪化をいち早く察知する「炭鉱のカナリア1」は、宿泊や自動車であることが分かる。それに、金融サービスや家具・家電、娯楽が続く。これらの項目には、相対的に単価が大きい不要不急の財・サービスが多く含まれており、家計に先行き不安が生じた際に抑制しやすい項目となる。一方、飲食料品や医療、家賃などの生活必需品・サービスの支出を抑えることは容易ではない様子が窺える。
図表3 景気後退局面における項目別消費動向

(出所)米国商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
これら比較的早期に景気の変調が現れる不要不急の財・サービスについて、足元の動きを確認してみよう。自動車を含む財消費については、先述した通り、関税に伴う駆け込みと反動が生じているため、実勢を捉えづらい。そこで、駆け込みの影響がない宿泊サービスについて、旅行関連の指標を確認すると、徐々にトレンドが崩れ始めていることがわかる。図表4は、PCEのうち旅行に関連する消費支出項目と、米国運輸保安局(TSA)が公表する搭乗ゲート通過数(米国空港の保安検査場を通過した人数)の前年比変化率を見たものだ。どちらの指標も減速傾向で推移しており、特にTSAゲート通過数はマイナス圏に落ち込んでいる。なお、この指標が前年比で減少に転じるのはコロナ禍(2021年)以来4年ぶりである。
また、こうした業界では、需要の減退に対応する形で、企業が人員の採用を絞る動きも出始めている。図表5は、消費関連業種の求人数の推移を見たものだ。全体的に減少傾向となっているものの、2025年の5月以降は宿泊・観光の減少幅が特に大きい。
以上を踏まえると、足元の小売統計などハードデータの強さを以て、今後も米国経済が堅調を維持できると考えるのはやや楽観的だと言えよう。サービス消費にはすでに家計が支出を控えようとする動きが現れており、寧ろこの先は関税引き上げに伴うインフレへの影響が本格化するなかで、個人消費全体が力強さを失っていくと考える方が自然ではないか。6月24日に行われた下院金融委員会の公聴会において、パウエルFRB議長は「現在小売で販売されている商品は、2月や3月の関税導入前に在庫に加えられていた可能性がある。したがって、この影響は夏の間、たとえば6月や7月のデータに現れ始めると考えている」と発言している。6月のFOMC参加者の見通しでは、コアPCEデフレーターが足元(5月)の前年比+2.5%から2025年10~12月期には同+3.1%まで上昇するほか、失業率も4.5%(5月時点:4.2%)に悪化すると予想されている。米国経済は、これから先の数カ月間に正念場を迎えることになりそうだ。
図表4 サービス消費関連指標

2.TSA搭乗ゲート通過数の6月の値は、2025年6月16日までのデータで推計
(出所)米国運輸保安局(TSA)、商務省より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
図表5 消費関連業種の求人件数(Indeed)

(出所)Indeedより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
- 119世紀から20世紀初頭にかけて、炭鉱作業員は有毒ガス(一酸化炭素やメタンなど)を検知するためにカナリアを鳥かごに入れて炭鉱に持ち込んでいた。この実例になぞらえて「炭鉱のカナリア」は、差し迫る危険や悪化の兆候をいち早く察知する「前兆」「警告サイン」の比喩表現として用いられる