調査部付 みずほ銀行産業調査部 欧州調査チーム出向 主任エコノミスト 川畑大地
daichi.kawabata@mizuhoemea.com
対トランプで結束を強める欧州
トランプ氏の米大統領就任により生じた国際情勢の変化は、欧州諸国の結束を強めるとともに、これまで停滞していた議論の進展を後押しする原動力になっている。
これまで欧州は、安全保障では米国を中心とするNATO(北大西洋条約機構)に大きく依存し、経済でも中国向け輸出が減少する中で対米輸出を増やすなど、幅広い分野で米国に依存してきた。しかし、自国第一主義を掲げるトランプ大統領は、十分な規模の防衛費を負担しない国に対する防衛を拒否する方針を示したほか、高関税政策により米国への製造業回帰と貿易赤字解消の実現を目指している。こうした米国の変化を受けて、欧州の多くの国が防衛費の増額方針を表明したほか、EU(欧州連合)レベルでも欧州委員会が提案した欧州再軍備計画(ReArm Europe Plan)を加盟27カ国が全会一致で承認するなど、欧州全体で防衛力強化に取り組む機運が高まっている。また、EUにおいては、行政手続き・報告義務を簡素化するパッケージ「オムニバス法案」の一部がスピード合意に至った。もともとロシアによるウクライナ侵攻後に浮き彫りとなった産業競争力の低下を改善すべく欧州委員会が提案したものだが、米国の高関税政策を受けた危機感の高まりがスピード合意を促したと言われている。さらに、ドイツは長年の緊縮財政政策を今年に入って急速に転換し、インフラ投資や防衛費増額を通じて低迷する経済の立て直しを図っている。このように、トランプ氏の各種政策に対する危機意識の高まりが、EU加盟国間の結束強化や、これまで停滞していた議論の進展を促す方向に作用している。
しかし、こうした状況下でもEU加盟国レベルでは極右を含む右派政党やポピュリスト政党が支持を拡大しており、各国の議会におけるポピュリスト政党の議席数は増加傾向が続いている(図表1)。本稿では、ポピュリズム政党の最近の動向と、それがEUの政策に与える影響について考察する。
図表1 EU加盟国の国政議会選挙における
ポピュリスト政党の獲得議席数

(出所)ParlGov、The PopuListより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
EUへの信頼度が改善する一方、自国政府への信頼度は上がらず
前述の通り、外部環境の激変による強い危機意識が欧州の結束を促しているが、各国の有権者の間でもEUに対する態度に変化がみられる。
EU加盟国民のEUへの信頼度の推移をみると、2010年代の欧州債務危機や欧州移民・難民危機を経て一時は大幅に低下したものの、足元では2007年以来の高水準に回復している(図表2)。
図表2 EU加盟国民の各機関への信頼度

(出所) Eurobarometerより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
直近の国際情勢を受けて、EUの存在意義とその重要性が改めて認識されたことが背景にあるとみられる。足元ではNATOへの信頼度が大幅に低下しているのに対し、EU加盟による利益の有無を問う調査では7割超が「利益がある」と回答した上で、加盟による恩恵については「平和保護と安全保障強化」との回答割合が最も高くなっている(図表3)。
図表3 EU加盟国民が感じる
EU加盟による利益の有無と加盟の恩恵

(出所)Eurobarometerより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
防衛力強化による「自立」が急務となる中、有権者の間でもEUが主導する全欧州的な防衛力強化の取り組みが必要との共通認識が生まれたことがEUへの信頼度を押し上げる一因になっているものと推察される1。
一方で、自国政府への信頼度は低水準での推移が続いている。この背景には、ロシアによるウクライナ侵攻後に深刻化したインフレと景気低迷により、有権者の生活水準が低下したことがあるとみられる。自国が直面する課題を問う世論調査において、物価や経済状況を挙げる人の割合が高まっていることがそれを示している(図表4)。
図表4 EU加盟国民が感じる自国が直面する課題

(出所)Eurobarometerより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成
物価上昇率は減速傾向にあるほか、景気についても財政拡張等により今後持ち直しに向かう可能性が高まっているものの、みずほリサーチ&テクノロジーズ(2025)が指摘するように、これまでのインフレに賃金上昇が追いついていないことや、エネルギーコストの高止まり等もあって有権者の生活実感は改善しておらず、先行き不透明感も強いままである2。加えて、移民の増加とそれを受けたポピュリスト政党による移民問題の争点化も、各国政府の支持率を低下させる要因になっている。EUへの信頼感が高まっているにもかかわらず、ポピュリズムが拡大しているのは、これらの問題に対する各国政府への不満が増大しているためであると考えられる。
ポピュリストはEUそのものの否定からEU内で自国優先的政策実現を目指す方針に
現下の欧州では、外部環境の変化に対する危機意識の高まりが国家レベルのみならず有権者レベルでもEUを軸とした結束を促す動きがみられるが、こうした世論の変化は勢力を増すポピュリスト政党の戦略にも影響を及ぼしている。
ポピュリズムの定義はいくつかあるが、「汚れなき人民」と「腐敗したエリート」という対立軸に基づき、一部のエリートを糾弾し一般大衆の利益を主張するのが典型である(庄司(2018)、ミュデ・カルトワッセル(2018))。EUの主要機関の多くは直接的に選挙で選ばれた人で構成されていないにもかかわらず、これらの機関は加盟国政府の行動に制限を課すため、欧州のポピュリスト政党にはEUの指導者や官僚を一般大衆の利益を脅かす特権的エリートとして批判し、EUに懐疑的な立場をとるものが少なくない。
もっとも、ポピュリスト政党は欧州懐疑的な思想を根本的には維持しつつも、近年は主張を変化させている。Kopecký and Mudde(2002)は欧州の政党を、現状のEUに対する態度(EUが自国や有権者の利益になると評価する「EU楽観主義者」と、その対極に位置する「EU悲観主義者」)と欧州統合に対する態度(欧州統合を支持する「欧州主義」と反対する「欧州嫌悪」)を組み合わせて「欧州実利主義者」、「欧州熱狂主義者」、「欧州懐疑主義者」、「欧州拒絶主義者」の四つに分類している(図表5)。
図表5 欧州の政党の党派性分類

これまで特に極右に分類されるポピュリスト政党は、世論のEUに対する信頼度の低さを利用し、欧州統合と現状のEUのいずれに対しても否定的な「欧州拒絶主義者」の立場をとる傾向が強かったと整理できる。こうした政治的態度ゆえに、フランスの国民連合(RN)やオランダの自由党(PVV)をはじめとする政党は、EUからの離脱や自国通貨復活など、EUそのものの存在を否定することで、自党の政策実現を目指す方針をとっていた。しかし、有権者のEUへの信頼度が改善している足元では、多くのポピュリスト政党は欧州統合に懐疑的な姿勢を維持しつつも、EU加盟のメリットを認めてEUの現状には肯定的な「欧州実利主義者」に変質している可能性がある。実際、昨今の各国ポピュリスト政党は、RNの「脱悪魔化」に代表されるように、EU離脱等の極端な主張を封印する傾向にある3。
こうした変化を踏まえれば、かつてのようにポピュリスト政党の台頭がEUの存立を脅かす事態に直結する可能性は低下しているようにも見える。だが、これをもって欧州の政治的リスクが消えたと判断するのは拙速であろう。
足元で勢力を拡大している右派ポピュリスト政党は特に国家主権を重視し、超国家的組織であるEUには懐疑的な思想を持つ傾向が強い。これらの政党は現在、有権者がEU加盟の恩恵を感じていることを踏まえてEUの存在そのものを否定する戦略を控える一方、EUという枠組みの中で自国優先的な政策の実現を目指す方針に変化しているとみられる。例えば、安全保障政策の面では、自国の主権を重視する右派ポピュリスト政党の多くが防衛費増額そのものには賛成しつつも、EUやNATOが主導する防衛費増額には反対している。その動機もロシアからの領域防衛を意識したものというよりは、自国の主権強化や国内の治安維持、国境警備強化等の移民対策に充てるべきとのナショナリズム的思想に基づくものとなっている。
また、欧州委員会は7月16日にEUの中期予算にあたる2028~2034年の多年次財政枠組み(MFF)の案を公表したが(図表6)、予算成立に向けてもポピュリスト政党の勢力拡大がネックになる可能性がある。
図表6 EUの2028~2034年の多年次財政枠組み案

次期中期予算案は総額約2兆ユーロ、EUのGNI対比1.26%と過去最大の規模になっており4、なかでもクリーン技術やデジタル、バイオ、防衛等への資金拠出を通じてイノベーション促進・競争力強化を図る内容の約4,500億ユーロの競争力基金の創設が注目されている。2024年にマリオ・ドラギ氏がEUに提言した「欧州の競争力の未来(通称「ドラギ・レポート」)」をもとに、競争力強化を最重要課題として注力する姿勢が見て取れる。一方、競争力基金創設の裏で、これまで全体の約3分の2を占めてきた農業と地域間格差是正への予算が全体の4割強に縮小したほか、予算の独自財源の上限をEUのGNI比1.4%から同1.75%に引き上げることが提案されている。また、EUの人員拡充や中央集権的と言われる資金配分方法も提示されており、ドイツのための選択肢(AfD)やRNをはじめとする政党は主権が脅かされるとして強く反発している。ポピュリスト政党は各国で勢力を拡大して政権入りを果たす、あるいは閣外協力や最大野党として政権に圧力をかける等の様々な経路を通じて、EUの政治・政策に影響を及ぼし、自国優先的な政策実現を目指すとみられ、合議制を基本とするEU内での対立・分断や意思決定速度の低下等が懸念される(図表7)。
図表7 ポピュリスト政党躍進が
EU政治に与える影響

中期予算成立には、2027年末までにEU全加盟国と欧州議会の承認が必要だが、各国のポピュリスト政党等が早くも批判していることを踏まえれば、競争力強化に向けた予算が縮小される可能性は相応にあるだろう。競争力基金は民間投資を誘発する役割も有するため単純比較はできないものの、ドラギ・レポートでは官民合わせて年間7,500~8,000億ユーロ規模の投資が必要とされている。そもそも競争力基金の規模が不十分との指摘もある上に、ポピュリスト政党等による批判・妨害が直接・間接的に影響することで、EU全体として競争力強化への取り組みが中途半端に終わることが懸念される。
EUはウクライナ戦争以降の景気低迷やトランプ氏による保護主義的な政策を受けて、経済や防衛等の分野でこれまでの外部依存体質から脱却し、域内の競争力を高めるべく各種政策による取り組みを強化している。今年に入ってからの金融市場では、こうした変化を好感して、ドイツを中心とした株高やユーロ高が進行した。しかしながら、足元で勢力を拡大するポピュリスト政党は、EU内での自国利益追求の過程でこうした機運に水を差しかねない。欧州が目指す「競争力強化」と「自立」の成否を左右する重要なファクターの一つとして、ポピュリスト政党の動向にはこれまで以上に注意を払っていく必要があろう。
[参考文献]
みずほリサーチ&テクノロジーズ(2025)「中国で進む自立自強に向けた動き」『MHRT Global Watch』8月26日号、みずほリサーチ&テクノロジーズ、2025年8月26日
Federle, J. Mohr, C. and Schularick, M (2024), “Inflation Surprises and Election Outcomes”, Kiel Working Papers, 2278
カス・ミュデ, クリストバル・ロビラ・カルトワッセル著、永井大輔,高山裕二訳(2018)『ポピュリズム~デモクラシーの友と敵~』白水社
庄司克宏(2018)「欧州ポピュリズム~EU分断は避けられるか~」、ちくま新書
Kopecký, P. and Mudde, C(2002), “The Two Sides of Euroscepticism Party Positions on European Integration in East Central Europe”, European Union Politics, 37 (2), 361-378
- 1コロナ・ショック後に創設されたEU復興基金(NextGenerationEU)が各国経済に恩恵をもたらしていることも、近年、EUへの信頼度が上昇傾向で推移していた要因の一つと考えられる
- 2 Federle et al.(2024)は、実質賃金の減少を伴う予想以上のインフレや景気減速は急進ポピュリスト政党の得票率上昇につながると分析している
- 3 EU離脱を主張するポピュリスト政党が減った背景には、英国がEU離脱の前後で政治・経済的に大きく混乱したこともある
- 4うち、1,680億ユーロはEU復興基金の返済に充てられるため、実際の予算案総額は約1兆8,169億ユーロ、EUのGNI対比1.15%程度と計算される