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2025年9月11日

Mizuho RT EXPRESS

常態化するフランス政治不安

今後の政局はEU政治・政策にも大きく影響

調査部付 みずほ銀行産業調査部 欧州調査チーム出向 主任エコノミスト 川畑大地
daichi.kawabata@mizuhoemea.com

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再び崩壊したフランス内閣

フランス政治の混乱が続いている。昨年12月に予算審議の過程でバルニエ政権が崩壊した後に就任したフランソワ・バイルー首相は、政権基盤が脆弱な中、社会党の協力を得ることで今年度予算を成立させるなど、辛うじて政権を維持してきた。しかしながら、2026年度の予算策定に向けた審議が本格化する前に議会の支持を取り付けるべく9月8日に実施された信任投票では、賛成票194に対して反対票364と可決に遠く及ばず、バイルー政権は崩壊することとなった。1958年に始まった第五共和政において、首相が自発的に信任投票を行い敗北した事例はない。バイルー首相の辞任を受けて、マクロン大統領は9月9日にセバスティアン・ルコルニュ氏を新首相に指名した。大統領会派に属するルコルニュ氏は、バイルー政権で国防相を務めたほか、2017年にマクロン氏が大統領に就任して以降、すべての内閣で閣僚を務めてきた唯一の人物であり、大統領の腹心と言われている。ルコルニュ氏がかつて所属していた共和党のほか、極右・国民連合(RN)にもパイプを持つこと等への期待が任命の背景にあるとみられるが、マクロン氏が自身に近い人物を首相に選出したことに対して、RNのルペン前党首は「マクロン主義の最後の切り札を切った」と批判しているほか、左派も強く反発している。

フランスではマクロン大統領が二期目を迎えた2022年5月以降、今回指名されたルコルニュ氏で首相は五人目であり、特に2024年以降は、不安定な政治が続いた第四共和政以来の頻度で首相が交代している。本稿では、フランス政治の現状を整理するとともに、政治の混乱が同国経済やEU政治に与える影響を考察する。

新首相指名でも不安定な政治情勢は変わらず、経済・財政への悪影響は継続

前述の通り、ルコルニュ氏が新首相に指名されたが、政治不安が解消されることはないだろう。フランスは半大統領制を採用しており、(国民から直接選出される)大統領が強い権限を有するものの、内政全般は首相が担う。首相は議会に対して責任を負うため、首相が属する政党・会派が国民議会(下院)の絶対多数を確保していない場合、議会からの不信任により倒閣されるリスクがつきまとい、内政中心に政治が不安定化しやすい。昨年6~7月に実施された解散総選挙の結果を受けて、現在の議会勢力は左派連合、大統領会派、極右という党派性の大きく異なる三つの勢力に分裂し、どの政党・会派も議会の絶対多数を保持しないハングパーラメントとなっている(図表1)。

図表1 フランス国民議会(下院)の
党・会派別議席占有率

(出所) フランス国民議会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

議会勢力図が変わらない以上、ルコルニュ氏も常に野党会派からの不信任リスクにさらされることになり、政権基盤が脆弱な状況は続くだろう。

政治不安の継続が予想される状況下において、まず懸念されるのが財政への影響であろう。フランスの政府債務残高はGDP比113%とユーロ圏の中で3番目の規模であり、財政再建が急務になっている(図表2)。

図表2 ユーロ圏各国の政府債務残高対GDP比

(出所)欧州委員会より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

バイルー前首相は財政再建を図るべく、社会給付や年金等支給額の実質削減、一部祝日の廃止等を含む緊縮的な来年度予算案を提示してGDP比1%超の財政赤字削減を目指したが、野党が激しく反発し、それが政権崩壊の主因にもなった。マクロン大統領はルコルニュ氏に対して新内閣組成よりも議会各会派との2026年度予算案等についての協議を優先し、妥協点を見出すよう要請しているが、野党がいずれも緊縮財政に強い拒否感を示していることを踏まえれば、順調に財政再建が進むことは期待し難い。こうした政治不安を背景とする財政悪化の可能性を織り込み、フランスの10年国債利回りはイタリアを一時的に上回るなど、上昇傾向で推移している(図表3)。

図表3 10年債利回り

(出所) LSEGより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

今後、主要格付け機関による格付け見直しが予定されているが、財政再建が進まないフランスの国債は格下げされる恐れがあり、一段と長期金利が上昇する可能性がある。川畑・諏訪(2024)が指摘するように、長期金利の上昇は利払いの増加を通じて財政を一層悪化させる要因になるだろう。

また、政治不安に伴う不確実性の上昇が経済に与える悪影響も懸念される。政治の不安定化を受けてフランスの経済政策不確実性指数はこのところ高水準で推移しているが、先行き不透明感の高まりは企業の投資姿勢を慎重化させる要因になる。実際、フランスの民間設備投資は足元で減少傾向にあり(図表4)、時系列モデルを用いるとフランスの経済政策不確実性指数の上昇は同国の民間設備投資を有意に下押しすると試算される(図表5)。

図表4 フランスの経済政策不確実性指数と
設備投資

(出所)Scott R. Baker, Nicholas Bloom and Steven J. Davis(2016)“Measuring Economic Policy Uncertainty” www.PolicyUncertainty.com.、フランス国立統計経済研究、より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

図表5 フランスの経済政策不確実性指数上昇が
設備投資に与える影響

(注) 世界鉱工業生産指数、政策不確実性指数、10年債利回り、企業向け貸出金利、設備投資向け借り入れ需要、民間設備投資を内生変数、2020年を1とするダミー変数を外生変数とするVARモデルにより推計。シャドーは1標準偏差バンド。ショックの識別は上記順のコレスキー分解。政策不確実性指数が10%上昇した場合の設備投資下押し幅
(出所) オランダ経済政策分析局、ECB、フランス国立統計経済研究、LSEG、Scott R. Baker, Nicholas Bloom and Steven J. Davis(2016)“Measuring Economic Policy Uncertainty” www.PolicyUncertainty.com.より、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

政治不安はすでに経済に悪影響を及ぼし始めている可能性が高い。不安定な議会情勢を踏まえれば、新首相が再び辞任に追い込まれる可能性が相応にあるほか、昨年に続き次年度予算が年内に成立しない懸念もある。極度に政治が行き詰まれば、昨年に続き解散総選挙を余儀なくされる可能性も排除できない。これらを踏まえれば、不確実性が高い状況は当面変わらず、経済には下押し圧力がかかり続けると予想される。政治不安により経済成長が抑制されれば、税収が減少し財政が一段と悪化する悪循環に陥ることにもなりかねない。

政治不安と経済停滞の悪循環は極右の追い風に

以上のように、フランスでは政治不安と経済停滞の悪循環が続く可能性が高まっているが、こうした中で懸念されるのがRNの一層の支持伸長だ。フランスは来年に地方選挙を控え、2027年にはポスト・マクロンを決める大統領選挙が予定されている。足元の世論調査では政党支持率でRNがトップを走っているほか、次期大統領選挙を想定した政治家への支持を問う調査では、ルペン氏やバルデラ氏などRNの政治家が上位に立っている(図表6)。

図表6 フランスの政党支持率と
次回大統領選の政治家別支持率

(出所) PolitPro、ipsosより、みずほリサーチ&テクノロジーズ作成

RNの勢力拡大はフランスのみならず、EU(欧州連合)の政治にも影響を及ぼす可能性がある。RNは近年、EU離脱のような極端な主張は控え、現実路線をとる「脱悪魔化」により支持を広げてきた。しかしながら、フランスは歴史的な経緯もあり国内でのEUに対する信頼度は他の欧州諸国と比べて低く、こうした世論を背景としたRNの根本的な反EUの姿勢は変わらない。

足元では国際情勢の変化を受けて、マクロン大統領がかねてより主張してきた欧州の戦略的自立の重要性が増しており、こうした文脈でEUは防衛力強化や競争力改善に取り組んでいる。それに対し、国家主権を重視する極右政党であるRNは防衛費増額の必要性を認めつつも、超国家的組織であるEU主導の全欧州的な防衛力強化には否定的であり、あくまで国家主権強化のための防衛力強化を主張している。また、競争力基金の創設で注目されるEUの中期予算にあたる2028~2034年の多年次財政枠組み案について、RNは農業向け予算の削減や大企業向け新税制の導入等について、農業への打撃や企業負担の増加、国家主権の侵害などを理由に強く反発している。RNが勢力を拡大すると、他国の極右勢力等と連携し、欧州委が競争力回復を目指して取り組む改革を阻害する恐れが強まる。

2027年の大統領選については、決選投票を含む二回投票制を採用するフランスでは決選投票で反極右の票がまとまり極右大統領の誕生を阻止する可能性があること、EUの資金を不正に利用した罪に問われているルペン氏が判決次第で次期選挙への出馬が危ぶまれていることなど、現段階では不確定要素が多い。しかしながら、政治・経済の停滞による政府への不満が追い風になることで、RNの大統領誕生や同党が議会の絶対多数を占めるリスクは日に日に高まっていると言えよう。

フランスはドイツに次ぐ欧州の大国であり、米トランプ政権のもとで国際情勢が劇的に変化する中、同国の国際政治における役割は増している。安全保障や経済面での自立を目指すEUにとって、ドイツと並んでリーダーシップを果たすことが期待されるフランスの政局や経済・財政状況の不安定化は、大きな懸念材料としてのしかかってくることになりそうだ。

[参考文献]

川畑大地・諏訪健太(2024)「にわかに高まるフランス政治不安~今後の政局はポスト・マクロンを占う試金石に~」みずほリサーチ&テクノロジーズ『みずほインサイト』、2024年7月2日