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セクターカップリングで拓く低炭素・省エネ、そして強靭な社会

2050年、あなたの家が日本を救う?!

2019年6月13日 環境エネルギー第1部 吉田 郁哉

“今世紀半ばには、あなたの家が、日本のエネルギー問題や災害問題を解決する役割を担うかも知れない。”

突飛なことをいっているわけではない。政府は6月11日、地球温暖化対策にかかる長期戦略案「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を閣議決定したが、この戦略が進展すると、今まで自分の都合でエネルギーを使うだけだった住宅が、意識せずともエネルギーを貯めたり、提供したりすることで、エネルギーシステム維持のための新たな役割を担う可能性がある。

今あなたの家では、調理、給湯、照明、冷房、暖房、車にどのようなエネルギーを使っているだろうか。調理にはガスや電気(調理器)、給湯には灯油やガス、あるいは電気(給湯器)、照明は電気(照明器具)、冷暖房には電気(エアコン、電気ストーブ)や灯油、ガス(ストーブ)を使っている家庭が多いだろう。車には、ガソリンや軽油(内燃機関自動車やハイブリッド車)を使っている家庭が多いと思うが、近年は電気(EV)を使っている家庭もあるかも知れない。

ところで、用いている電気、ガス、灯油、ガソリンは、それぞれ電力会社、ガス会社、ガソリンスタンドなどからばらばらに購入し、使いたい時に使っているのではないだろうか。実はこの“使いたい時に”という使い方にエネルギーの無駄が潜んでいる。もちろん、「冷房時の設定温度を高くする」「照明をこまめに消す」「冷蔵庫にものを詰めすぎない」といった家の中での省エネ対策は実践している方も多いだろう。しかし、ここでいう無駄はあなたの家の外で起きている無駄なのである。そして、“ばらばらに購入する”という方法を変えていくことで、この無駄を減らせる可能性がある。それを実現する方法の1つが後述するセクターカップリングである。

まず、“使いたい時に”という使い方によって発生しているエネルギーの無駄について説明する。多くの家では、1日の中では、寝ている時間よりも起きている時間の電気使用量が多いだろう。また1年を通してみると、夏や冬はエアコンや電気ストーブなどを使うため、電気使用量が多くなるだろう。電気事業連合会の調査によると、昼は夜にくらべ1.8倍、夏・冬は春・秋に比べ1.2~1.5倍の電気使用量の違いがある(ただし、家庭以外のエネルギー利用も含む)*1

電力の供給側は、こういった需要の季節変動や日中の変動に対応しなければならない。現在のところ、このような変動には主に火力発電所の出力調整で対応している。これは、火力発電所が需要の変動に対し柔軟に出力を変えられる特性を有しているからである。ただし、火力発電所は一度停止してしまうと再び起動させるまでには一定時間を要するため、日中の変動に対応する場合には、需要が少ない時でも発電所を完全には停止せずに待機状態にしておく必要がある。これは、自動車でいえば停車中にエンジンをかけっぱなしにしているアイドリングの状態に相当する。そのため、この状態を維持するために無視できない量のエネルギー損失が発生している*2。このように、電気を使いたい時に使うことで一日の電気の需要を変動させてしまう行為そのものが、無駄を発生させる原因となっているのである。

これに対し、電気の需要を無駄が発生しない形に変えていく方策が「セクターカップリング」である。セクターカップリングは、ドイツにおいて、再生可能エネルギー電力を最大限活用する方策として提案された考え方である。ここでいうセクターとは、電力、熱、輸送といった、エネルギーの利用形態でみた大きな分野の括りであり、これをカップリングさせるということは、それぞれのセクターが連携して、再生可能エネルギー電力を最大限生かしたうえで、エネルギーの需要と供給全体を最適化させる、ということである。最適化には、電気を熱に変えたり(Power to Heatと呼ばれる)、ガスに変えたり(Power to Gasと呼ばれる)して使う方法なども含んでいる。これによって、エネルギー利用時の無駄をなくしつつ再生可能エネルギーを最大限に導入することが可能となる。

ここで、太陽光発電などの再生可能エネルギーやEVが十分に普及するとともに、家の電気機器やEVが、家の外と自由に電力融通ができるような未来を想像してみる。たとえば、太陽光発電の発電量が落ちる朝・夕など、エネルギー供給側の余力が厳しい時間帯にはエアコンの設定温度を上げる、また、電気式の給湯器や洗濯機、乾燥機、食洗機などをこの時間帯には使わないなどの方策によって、電気機器の利用をセーブすることができれば、この時間帯の需要を抑えることができる。

一方で、夏季の休日など、太陽光発電の発電量が多いにも関わらず需要が少ない時期には、せっかく発電した電力が需要を上回り、余ってしまう場合もありうる。実際、九州などで、太陽光発電の発電量が需要を上回る時に太陽光発電事業者に出力抑制(一時停止)を求める状況が生じているが、今後さらに再生可能エネルギー導入が拡大すると、このような状況が多発する可能性も考えられる。そこで、供給側がこの時間帯に安く電気を提供し、各家庭でその時間帯に電気を用いてお湯を貯めたり、洗濯乾燥機を使用したりすれば、需要を上回る電力も活用でき、無駄にならない。また、変換ロスは生じるものの、Power to Gas技術を活用して、ガス給湯器や衣類乾燥機を使用する方策も考えられる。

さらに、自家用車がEVの場合、駐車中のEVを電力システムにつなげて蓄電池として活用し、電気料金が安い時に貯め、高い時には使ったり売ったりすることができれば、やはり需要をずらすことに貢献できる。自家用車は移動手段として所有していると思うが、ガレージに眠っているEVであればその蓄電池を活用できる。製品評価技術基盤機構の調査によると、自家用車の運転時間は1日あたり平均1.3時間*3にしかならない。これがEVであれば、各家庭が持っている大容量の蓄電池がほとんど使われていないことを意味している。移動手段としての使用を阻害しない範囲で、電力システムの安定化に貢献できるのであれば、EVも電力システムにおける蓄電池としての役割を担うことができるのである。

これにより、変動する需要に対応するための火力発電所や蓄電池の設備導入量や運転時間を削減することができる。設備コストやランニングコストが削減されるとともに、それが火力発電所であれば二酸化炭素排出量も削減される。また、電気料金の安い時に利用し、高い時に売るような仕組みができれば、利用者にとっても経済的メリットが得られる。

さらに、地震や台風などの自然災害時に電力供給が不安定になっても、供給側からの利用抑制に皆で対応し、必要最低限の電気を使うようにすれば、停電の事態も避けられるかもしれない。また、家と家の間での電力融通が実現すれば、太陽光発電設備を持つ家が近隣と電気を分け合うことも可能となるだろう。

このようなセクター間、あるいはセクター内のエネルギー融通を活発にすれば、余剰な発電設備を持たず、太陽光などの再生可能エネルギーの電力を無駄なく使うことができ、さらに災害にも強くなる。これが我が国全体に広がれば、快適な生活環境を維持しながら、低炭素で省エネな強靭な社会が実現できるだろう。

これらを実現するための政策面での支援はすでに始まっている。家庭や業務の需要家を束ね、需要家側のエネルギー源や省エネルギー行動を発電所のように機能させる「バーチャルパワープラント構築実証事業」や、需要家が発電側の指令によって電気機器の利用をセーブ、あるいは増加させる「デマンドレスポンス」、需要家間でのエネルギー取引を可能にする「ブロックチェーン技術を用いた電力取引実証事業」などはその代表的な例である。

もちろん、実現には困難も伴う。外部との連携を行う電気機器の開発は技術的に実現可能と考えられるが、普及までには時間がかかるだろう。EVが電力システムに貢献するには、取引や接続の仕組みを整備する必要がある。そもそもEVの普及に向けた基本的な課題である「蓄電池が高い」「充電に時間がかかる」「1回充電あたりの走行距離が短い」などの課題も依然として残っている。

しかし、これらが成し遂げられず、私たちが今のエネルギーの使い方のまま、なし崩し的に将来を迎えるならば、国際的な低炭素社会の実現に向けた動きに乗り遅れるだけでなく、深刻なエネルギー不足やエネルギー料金の値上げを引き起こすなど、私たちの生活を直撃することも考えられる。

前述のように政策的支援も進められているところではあるが、いつの間にか困難から抜けられない“ゆでガエル”にならないうちに、さらに大胆に政策を進める必要があるだろう。政府の強い意志に基づく政策推進が期待される。

  1. *1http://www.fepc.or.jp/enterprise/jigyou/japan/
  2. *2日中の変動に対応する出力調整を行う代表的な発電所として火力発電所の他に揚水発電所がある。また、将来的には蓄電池の利用なども検討されている。これらを利用する方法も電気を貯めてから使うまでに相当量のエネルギー損失を発生させる。
  3. *3 https://www.nite.go.jp/chem/risk/exp_4_1.pdf(PDF/1,298KB)
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