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対策当初の混乱期における正しい行動のあり方

マイクロプラスチック狂想曲

2019年7月18日 環境エネルギー第1部 鍋谷 佳希

はじめに

マイクロプラスチックとは粒径5ミリメートル以下の微細なプラスチック片である。化粧品等に含まれているマイクロビーズや、我々人間が環境中に捨てたプラスチックごみが紫外線や波の影響で微細化したものだ。近年、海洋プラスチックごみ問題と共に、このマイクロプラスチックについてもメディア等で頻繁に取り上げられるようになった。論文数もここ数年で指数関数的な増大を見せており、確実に世の中の関心を集めている。しかしそれと同時に、人体への危険性など、人々の不安を仰ぐ不確かな情報も散見されるようになった。さまざまな情報が飛び交う混乱期の中、私たちはどのように行動すればよいのだろうか。本コラムでは筆者の経験も交えながら考えていきたい。

ここで問題です。あなたはこの問題を正しく理解しているでしょうか。

次のうち正しいものはどれでしょう。

  1. プラスチック製ストローやレジ袋はマイクロプラスチックとして問題になりうるが、ペットボトルやビニール傘は問題にはならない。
  2. 生分解性プラスチック(微生物の働きにより水と二酸化炭素まで分解するプラスチック)は海水中で完全に分解するため、マイクロプラスチックを生成しない。
  3. 化粧品中のマイクロビーズは下水処理場で完全に除去される。

問題を正しく理解する

マイクロプラスチックをテーマにした記事の多くが、生態系への影響を指摘している。以下の仮説はみなさんもメディア等でよく見かけるのではないだろうか。

「マイクロプラスチックは炭素と水素の骨格から構成されているため、海水中の有害な化学物質を高濃度で濃縮している(同じような物性を持った化学物質は引き付けあうため)。すなわち、魚がマイクロプラスチックを誤って摂取した際に、同時に有害な化学物質も体内に取り込まれる。そして最終的には、魚を食べた我々人間に有害化学物質は濃縮していくのである。」

焼魚定食をためらってしまうような、なんとも恐ろしい話だが、果たしてこの仮説は本当に成り立つのだろうか。生態系への影響に関して、科学的な視点から以下の3段階で紐解いてみた。

  1. (1)化学物質を本当に吸着しているのか?
  2. (2)化学物質は生物の体内へ移行しているのか?
  3. (3)マイクロプラスチックの寄与率は高いのか?

(1)については、概ね「YES」といえるだろう。マイクロプラスチックに吸着している化学物質については、比較的研究が進んでおり、世界の海洋中のマイクロプラスチックから多環芳香族炭化水素類(PAHs)、ポリ塩化ビフェニル(PCBs)、ジクロロジフェニルトリクロロエタン(DDTs)、ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)等の有害な化学物質が検出されている。加えて、プラスチックは製造時に酸化防止剤、難燃剤、紫外線吸収剤など、用途に応じてさまざまな添加剤が加えられる。マイクロプラスチックに含まれる化学物質については、海水中から濃縮した物質、元から加えられている添加剤の2種類が考えられるだろう。

(2)については、「YES」でも「NO」でもない。上述のように、マイクロプラスチックはさまざまな化学物質を含んでいるため、魚がマイクロプラスチックを摂取すると同時に、化学物質も摂取することになる。この際、化学物質がマイクロプラスチックから魚の体内へ移行するかどうかが大きなポイントとなる(化学物質を吸着したまま排泄されるのであれば問題はない)。一般に、生物体内への化学物質の移行のしやすさは、生物濃縮係数(BCF)という指標で表される。マイクロプラスチックから検出されているようなPAHsやPCBsといった物質は、このBCFが高く生物体内に濃縮しやすいという特徴がある。これが「魚がマイクロプラスチックを誤って摂取した際に、同時に有害な化学物質も体内に取り込まれる」という仮説につながっていると考えられる。しかし、BCFは、水に溶けている化学物質を魚が取り込んだ際に、どの程度体内に濃縮するかを室内実験により求めた指標であり、マイクロプラスチックに吸着した状態で魚が取り込んだ際に、どの程度体内に濃縮されるかを直接示していない。生物体内への移行に関しては、室内実験レベルではいくつか報告はあるが、実際の環境中での調査例は非常に限られており、決定的な証拠は得られていない。

(3)についても、「YES」でも「NO」でもない。魚は通常、餌や水などからも化学物質を摂取する。マイクロプラスチックの影響を評価する際は、餌や水など他の経路からの化学物質の摂取量と、マイクロプラスチック由来の化学物質の摂取量を比較する必要がある。すなわち「マイクロプラスチックの寄与率」が重要なのである。しかし寄与率に関しては、複数の媒体が影響し合うため非常に複雑である。現状ではモデル化のアプローチは行われているが、実際の環境中での調査にはまだまだ至っていない。

以上のように、もはや(2)の段階で決定的な証拠が得られていないのが現状だ。魚を通じて人体へ悪影響を及ぼすというのは、いささか話が飛躍し過ぎではないだろうか。過熱する報道やブームに惑わされるのではなく、科学的な根拠を基に、こうした仮説が正しいのか見極める必要があるだろう。

環境への流出を止める

前述の通り、現段階ではマイクロプラスチックの影響は未知であるが、何も手を打たなくてもよいというわけではない。一部の魚の消化管からマイクロプラスチックが検出されているのはまぎれもない事実である。国際的には、予防的原則の立場からさまざまな対策が進められている。私たちもそれぞれが問題を正しく理解したうえで、次なる行動を取ることが大切である。

その際、まずは環境への流出を止めることを第一に考えるべきだろう。環境中に出さない、元を絶つことが何よりも重要だ。誰もがすぐに実践できることは、“ポイ捨て”をしない(正しく捨てる)ことである。たかがポイ捨てと思うかもしれないが、そもそもポイ捨てや不法投棄は犯罪行為である*1。なにより、マイクロプラスチック問題のポイ捨てによるインパクトは大きい。500ミリリットルのペットボトル(約30g/本)を河川敷にポイ捨てしたとしよう。マイクロプラスチックの重量は、大きさや素材にもよるが約2mgなので、ペットボトル1本はマイクロプラスチックを約15,000粒生成するポテンシャルを持っている。日本海表層水からは1トンあたり平均3.7粒のマイクロプラスチックが検出されている*2ため、概算ではあるが、ペットボトル1本をポイ捨てすると、環境中に25メートルプール約8杯分にあたるマイクロプラスチック(のポテンシャル)をばらまくことになる。視点を変えると、河川清掃でペットボトルを1本回収すると、25メートルプール約8杯分のマイクロプラスチックの流出を未然に防いだことになるのだ。たかがポイ捨て、されどポイ捨てである。この問題は、私たち一人ひとりの行動を環境中に色濃く反映している。

最後に

冒頭の3題はすべて「誤り」である。

  1. プラスチック製ストローやレジ袋はマイクロプラスチックとして問題になりうるが、ペットボトルやビニール傘は問題にはならない。
    → ウミガメの鼻にストローが刺さった画像をきっかけに、プラスチック製ストローの廃止が世界中に広まったが、プラスチックごみに占めるストローの割合は1%にも満たない。環境流出の観点からすると、ペットボトルのポイ捨てや放置されたビニール傘の占める割合は大きく、水環境中からもPET(ポリエチレンテレフタレート)のマイクロプラスチックが検出されている。
  2. 生分解性プラスチック(微生物の働きにより水と二酸化炭素まで分解するプラスチック)は海水中で完全に分解するため、マイクロプラスチックを生成しない。
    → 海水中はプラスチックの分解を担う微生物の量が少ないため、分解に多くの時間を要する。その間に、波や紫外線の影響で微細化し、マイクロプラスチックを生成する(現在、生分解性プラスチックに関する研究は進んでおり、経済産業省は海洋生分解性プラスチック開発・導入普及ロードマップ*3を策定している)。
  3. 化粧品中のマイクロビーズは下水処理場で完全に除去される。
    → 下水処理場に流入したマイクロビーズは完全には除去されず、一部は環境中に流出する。

あなたの理解は正しかっただろうか。

対策当初の混乱期にはさまざまな憶測が飛び交い、問題の解決には必ずしも結びつかない情報もある。マイクロプラスチックの影響は現時点では未知であると理解したうえで、環境中に流出させない取り組みが求められる。

  1. *1プラスチック資源循環戦略
    (PDF/272KB)
  2. *2平成28年度 沖合海域における漂流・海底ごみ実態把握調査業務報告書(概要版)
    (PDF/850KB)
  3. *3海洋生分解性プラスチック開発・導入普及ロードマップ
    (PDF/1,840KB)
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