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ケミマガコラム【Vol. 2】

簡易測定法とリスクアセスメント

「はかる」ことは未来を創ること

2019年10月25日 環境エネルギー第2部 貴志 孝洋

「はかる」とは、過去を省み、現在を知り、未来を創ることかもしれない。過去がどんな状態であったかを省みるためには、「はかった」データが重要だ。そして、現在を「はかる」ことで、より良くなったのか、悪くなったかを知ることで未来に向かって次の一手を打つことができる。つまり、「はかる」ことでより良い未来を創ることができるのだ。

これは、我々の職場においても同じことがいえる。たとえば温度や湿度を測ることで熱中症の防止に役立てることができる。騒音を測ることで難聴のリスクに気付くことができる。「はかる」ことで、気付いていなかったことに気付き、対策を考えるきっかけになるのである。

本稿では、「はかる」ことで化学物質のリスクをどのように低減するかについて考える。

はじめに

2016年6月に、化学物質のリスクアセスメントの義務化などを含む改正労働安全衛生法が施行され、一定の危険有害性を有する化学物質(SDS交付義務対象物質)を製造または取り扱う場合、業種や規模に関わらず、「全ての」事業者は、リスクアセスメントを実施することが求められている。SDS交付義務対象物質は、「労働安全衛生法施行令」別表第9および別表第3第1号に2019年10月現在で673物質が掲げられている*1

改正労働安全衛生法に基づくリスクアセスメントにおいては、化学物質を吸入することなどで健康を害する「有害性」だけではなく、引火や爆発などの「危険性」も対象となっているが、本稿では有害性のリスクアセスメントと「はかる」ことについて考察する。

さまざまな有害性のリスクアセスメント手法

化学物質の有害性のリスクアセスメントの基本は、化学物質の気中濃度を「測定」し、その濃度とばく露限界値(OEL、Occupational Exposure Limit)を比較し、リスクの程度を判断することである(実測法)。

取り扱っている化学物質が多種多様である、あるいは作業環境測定を実施するコストの問題などで測定することが困難な場合は、気中濃度を「推計」し、その推定濃度とOELを比較し、リスクの程度を判断する方法(推定法)も用いられている。

厚生労働省とみずほ情報総研では、これまでさまざまなリスクアセスメント手法を開発しており、特に2017年度に開発し、2018年度に機能追加を行った「CREATE-SIMPLE*2」は、幅広い業種に対応しており、中小零細の事業者だけではなく大手の事業者も積極的に作業場のリスクアセスメントやリスク管理などに採用している。

しかし、推定法は、あくまでも化学物質の気中濃度を推計しているため、必ずしも実際の事業場の状態を指し示しているものではないため、たとえばCREATE-SIMPLEなどでリスクレベルが高いおそれがある、と判断される場合は、実際に気中濃度を測ることでより確実に現在のリスクレベルを把握することが可能となる。

さまざまな実測法とリスクアセスメント

実測法として作業環境測定などが知られているが、比較的コストがかかるため、二の足を踏む事業者も少なくない。しかし、検知管やリアルタイムモニター(直読計)などは簡易測定法として広く利用されており、厚生労働省とみずほ情報総研では、2016年度に、検知管で測定した化学物質の気中濃度(実測値)を用いたリスクアセスメント手法を開発し、「検知管を用いた化学物質のリスクアセスメントガイドブック*3」として公表している。


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実測法の概要
測定方法 主な特徴 得られる結果 主な比較対象
検知管
  • 測定可能な化学物質が多い
  • 簡便かつ専門的な設備や知識は不要
  • その場で結果が得られる
  • 個人のばく露濃度や「場」の測定も可能
  • 共存ガスの影響を受けやすい
  • 長時間の作業には向いていない
ばく露濃度*4 OEL
直読式ガス検知器(リアルタイムモニター)
  • 簡便かつ専門的な設備や知識は不要
  • その場で結果が得られる
  • 個人のばく露濃度や「場」の測定も可能
  • 長時間の作業には向いていない
  • 校正が必要
ばく露濃度など OELなど
個人ばく露測定(パッシブ式・アクティブ式)
  • 実際に個人がばく露する量(ばく露濃度)を測定
  • かつて個人の負荷が大きいといわれていたが、現在は改善されている*5
ばく露濃度 OEL
作業環境測定
  • 「場」を測定する方法
  • 定常的な作業を行う作業場の測定に適している
  • 管理濃度が設定されていない化学物質が多い
作業環境濃度 管理濃度

測定することで見える世界

化学物質の気中濃度を「はかる」ことは、現在の作業場のリスクレベルを知る以外にもさまざまなメリットがある。測定値を積み重ねることで、過去との比較ができるため、現在の排気装置の状態や効果を把握することができる。また、さまざまな場面で「はかる」ことで、どこで濃度が高くなっているのか、どんな作業を行った場合に濃度が高くなるのかなどを知ることができるため、効果的な対策の検討や効率的な作業方法の検討などに活用することができる。

安全対策は、時おり「生産性がない」と揶揄されることがあるが、きちんと「はかる」ことで、無駄な対策の見直しと効果的な対策の導入、効率的な作業方法の構築につながるため、製品の品質向上や省エネなどによるコストダウンも期待される。つまり、「はかる」ことは、過去を省み、現在を知り、未来を創ることにつながるものである。

  1. *1https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/130813-01-03.pdf
    (PDF/2,260KB)
  2. *2https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ankgc07_3.htm
  3. *3https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/ankgc07_4.htm
  4. *4作業者の呼吸域で測定した場合。
  5. *5最近では、コンパクトかつデジタルでリアルタイムにばく露濃度を測定可能な個人サンプラーが新コスモス電機株式会社や理研計器株式会社などから登場している。

[参考]
厚生労働省では、簡易測定法のうちリアルタイムモニターを用いたリスクアセスメント手法を検討しており、2019年12月から2020年2月にかけて、全国各地で同手法に関するセミナーを開催予定。

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