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「1.5℃」と「2050年実質ゼロ排出」

国際的な気候関連イベントに見る脱炭素化の動き

2019年11月15日 環境エネルギー第2部 氣仙 佳奈

「あなた達が私達を裏切る選択をするのであれば、私達は決してあなた達を許さない」。未来の世代を代表し、各国首脳らに気候変動対策の緊急性を訴えたグレタ・トゥーンベリさん(16)のスピーチは全世界で反響を呼んだ。

このスピーチは、9月23日に開催された国連気候行動サミットにおいて、重要な出来事であった。しかし、これに留まらず私達が認識すべきことは、この期間に気候変動対策の潮目が大きく変わったことである。このことについて、現地での訪問を踏まえて解説する。

9月下旬のニューヨークは「気候変動」をテーマに各国から人が集まり、ありとあらゆるイベントが開催される期間であった。グテレス国連事務総長の呼びかけにより国連気候行動サミットが開催されたのを筆頭に、9月23日から29日までの1週間をかけてクライメート・ウィークが開催され、150を越える気候関連イベントがニューヨーク市内で行われた。そうした中、全体に共通するキーワードは、ほかならず「1.5℃」そして「2050年実質ゼロ排出」であった。

これを大きな変化と捉えることができる背景には、「2℃目標」の存在がある。2015年にパリ協定が世界全体の目標として合意されて以来、2℃目標という言葉が世界の共通言語として用いられてきた。パリ協定の目標は、厳密には「世界の気温上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準に抑え、1.5℃に抑えることを目指す」というものだが、「2℃」の目標として語られることが多かった。

しかし、この9月になされた多くの表明は2℃ではなく「1.5℃」。そして、気温上昇を1.5℃に抑止するために必要とされるCO2排出量の「2050年実質ゼロ排出」である。今回の国連気候行動サミットでは、65カ国およびEU、102の都市、93の企業、12の投資家等が2050年実質ゼロ排出を表明。このほかにも各国から多くの取り組み・貢献が表明され、1.5℃や2050年実質ゼロ排出を謳う新たなイニシアチブも数多く誕生している。

世界共通の目標が、1.5℃・2050年実質ゼロ排出になったといっても過言ではない状況だが、その達成の難しさについては認識しておきたい。その一例として、現在見通されるあらゆる政策は、積み上げても1.5℃・2050年実質ゼロ排出のシナリオには届かない。このことは、9月にPRI(責任投資原則)が投資家向けに作成した報告書「避けられない政策対応:政策予測」から読み取れる。今後の気候関連政策(緩和政策)の予測のシナリオが示されているが、そのシナリオは、2050年実質ゼロ排出のシナリオにはほど遠いものとなっているのだ。

そのような状況にもかかわらず、なぜ企業はこうした厳しい目標を掲げて脱炭素化に取り組んでいるのか。その背景にはビジネスの存続性がある。豪雨・台風など気温上昇に伴い増大する「物理的なリスク」や炭素税の導入など脱炭素化に向かって規制が厳しくなる「移行リスク」は、企業にとって大きなリスクとなりえる。こうした各社のリスク認識はビジネスの変化にもつながり、それはその上流・下流に位置する企業にも影響をもたらすといえる。こうした観点から、取引先から脱炭素化が求められる可能性が高まっており、その対応策として、自らも脱炭素化に乗り出す企業が増えていると考えられる。仮に取引先が1.5℃・2050年実質ゼロ排出を掲げるとすれば、その要請はさらに強いものとなりうるだろう。

気候変動への対応は、未来の世代が訴える地球の存続という観点だけでなく、ビジネスの存続という観点からも無視できないものとなってきている。1.5℃・2050年実質ゼロ排出をキーワードに加速がついている脱炭素化の動きにどう対応するか。今後を見据えた戦略的な取り組みが必要だ。

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1.5℃目標・実質ゼロ排出に関するイニシアチブ等の事例
主体 取り組み 概要
  • 世界経済フォーラム(WEF)
  • Energy Transitions Commission(ETC)
“Mission Possible Platform”発足 2050年頃に実質ゼロ排出を目指す、重工業・運輸セクターの8つの業界ごとのイニシアチブ(アルミニウム、化学、セメント、海運、鉄鋼、航空、トラック輸送、自動車)で構成されるプラットフォーム組織が発足。
  • 世界資源研究所(WRI)
“Zero Carbon Building for All”発足 2030年までに新築の建物、2050年までに既存の建物の全てにおける実質ゼロ排出を目的とするイニシアチブが発足。
  • 国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)
  • PRI
“Net-Zero Asset Owner Alliance”発足 2050年までに投資ポートフォリオが実質ゼロ排出に移行することを目的とする投資家イニシアチブが発足。
  • 国連グローバルコンパクト
  • SBTi
  • We Mean Business
“Business Ambition for 1.5℃”キャンペーン実施 グローバル企業87社が1.5℃目標に即した排出削減と事業展開を約束。日本からは丸井グループとアシックスが表明。

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