ページの先頭です

フードテックで変わる未来(2)

海外の最新テクノロジーが変える食文化

FoodTech最前線

2019年11月28日 経営・ITコンサルティング部 竹岡 紫陽

はじめに

連載第1回で触れたように、今年度に入って最も注目されたIPOの1つはBeyond Meatである。本稿では、世界的に盛り上がるFoodTech(フードテック)について、海外トレンドや事例を中心に紹介する。

FoodTechを捉える場合は、海外ではサプライチェーンの上流(原材料の調達、食品の生産)と下流(加工、流通、販売)に分けて考えるケースが多い。基盤となるテクノロジーについては、上流ではICT(AI、機械学習、ロボティクス、センシング等)、バイオテクノロジー、マテリアルサイエンスなど広範な技術が用いられている。また、多くのビジネスがB2B領域である。下流ではICTの活用が主になり、B2B、B2C双方のビジネスが存在している。

上流領域の最新技術と投資資金の流入

上流領域では、新しい技術を活用するスタートアップが多数参入し、多くの資金調達に成功している。投資動向として、ベンチャーキャピタルだけではなく、事業会社の資金が流入している点も特徴である。これは、研究レベルから一歩進んだ、事業化を見据えた動きと捉えられるだろう。

最も話題となるのは、代替食品や新たな育種技術の開発であろう。冒頭でも触れたBeyond Meatはその代表例である。世界的な人口増加に伴って、特にタンパク質の不足が懸念されている。現在のタンパク源は大豆、食肉、乳製品、および卵が主になっているが、これらタンパク源の不足に対するアプローチとして、藻類や昆虫による代替が提案されている。

このような事業に取り組む企業には、たとえば、植物および藻類由来の代替エビを開発するNew Wave Foodsがあり、世界最大の食品企業であるタイソンフードからの出資を得て事業を展開している。その他にもAlphabet(Googleの親会社)の投資部門などを始めとして累計で3億ドル以上を調達しているImpossible Foodsも植物由来の代替肉を製造しており、米国ではハンバーガーショップなどで味わうことができる。これらの企業は植物由来のタンパク質をもとに食品を製造している。昆虫由来タンパク質ではコオロギ等を用いる場合もあるが、イスラエルのHargol FoodTechは、バッタを使ったプロテインパウダーを開発し、商業利用可能な量を生産している。

また、新たなタンパク質の生産手法として細胞培養のような手法で生産を行うものがある。これは植物由来の代替タンパク質を製造するのではなく、実際の肉牛等から細胞を抽出し、筋肉細胞や脂肪細胞を培養し三次元的に重ね合わせた食肉を作る手法である。この手法によって世界で初めてステーキ肉を作ることに成功したイスラエルのAleph Farmsは、2019年に穀物メジャーのカーギルなどから1200万ドルの資金調達に成功した。カルフォルニア州サンディエゴに拠点を置くBlueNaluは細胞培養で魚肉の製造を目指しており、2019年に2000万ドルの資金調達を行っている。

育種技術に関しては、ゲノム編集によるものが話題になっている。ゲノム編集技術はゲノム上の任意の遺伝子を改変する技術である。ゲノム解析が低廉に行えるようになってきたが、これはいわば設計図を読む技術である。これに対して、ゲノム編集は設計図を書く技術で、2012年以降にCRISPR-Cas9という遺伝子改変技術が実用化されて、一気に普及した。ゲノム解析とゲノム編集の実現によって、いわば生命の設計図の読み書きが可能になったことで、食料生産や育種に関する技術的なアプローチが大きく広がった。たとえば、ゲノム編集と機械学習のプラットフォームを提供するBenson HillがAlphabetの投資部門などから6000万ドルを調達している*1

代替食品についてはバイオテクノロジーに基盤を置く事例も多いが、生産の効率化などの分野ではICTを活用することも多い。サンフランシスコに本社を置くAquabyteは、画像認識と機械学習を用いて、リアルタイムでの養殖魚(鮭)のモニタリング、寄生虫の発生の検出、飼料の最適化を行うスタートアップであり2019年に1000万ドルをベンチャーキャピタルなどから調達している。

農業分野では、センサーデータから水分量の最適化等を行い、収穫量を増やすことができる技術を持つイスラエルのCropXがこれまでに2300万ドルを調達しているほか、果樹に対するドローンを用いたモニタリング技術を有する同じくイスラエルのSeeTreeが1500万ドルの調達を行い、米国やブラジルで事業を進めている。

イノベーション拠点の地理的広がり

これまで述べてきたように、多くのスタートアップが多額の資金調達を実施しており、スタートアップと大企業の連携はFoodTech領域でも話題になっている。スタートアップの支援や大企業との連携を推進しているForward Foodingでは、世界のFoodTech関連スタートアップのマップを作成している*2。これによると、米国西海岸および東海岸、欧州ではフランス、ドイツおよび北欧諸国、そのほかイスラエルおよびオーストラリア等のスタートアップが多数紹介されている。スタートアップと聞いて想起されるのは、イノベーションの聖地ともいうべきシリコンバレーだが、イノベーションの拠点は地理的に世界各地に広がっている点に留意したい。

たとえば、米国と並んで最もFoodtech領域でのスタートアップが多い地域としてイスラエルが挙げられる。日本ではあまり知られていないが、イスラエルはGDPあたりのベンチャーキャピタル投資額が世界で最も多いとされる。すでに世界ではイノベーション国家として有名であり、当然、FoodTechやAgriTechにおいても注目すべき国である。とりわけ、同国ではB2Bの上流領域で活動する企業が多い。

イスラエルのFoodTechは、歴史的には、キブツ(ユダヤ人の共同体、多くの場合は農業も行っている)での点滴灌漑技術の発明や、ヘブライ大学によるチェリートマト(ミニトマト)の開発の事例が有名である。イスラエルの強みは、豊富な人材や研究インフラのほかに、政府による積極的な支援も挙げられる。イスラエル・イノベーション庁は、2018年にFoodTechに特化したインキュベータ(起業育成施設)をツファットに設立することを表明している*3。イスラエルのスタートアップ支援や統計整備を行うStart-up Nation Centralは、同国には現在、350以上のAgriFoodTech分野のスタートアップが設立されており、2016年からの3年間で100社以上の企業が誕生したことを報告している*4。最近では、AB InBevによる飲料分析会社WeissBeergerの買収(8000万ドル)、International Flavors & Fragrancesによる調味料会社Frutaromの買収(71億ドル)、ペプシコによるソーダストリームの買収(32億ドル)など、大型のM&A案件が相次いでいる。

おわりに

本稿では、先端的なFoodTechの一例として、米国やイスラエルを中心とした世界の動向を紹介してきた。重要な点として、(1)FoodTechは科学技術を基盤に置き、高い不確実性と大きな可能性を持っている点、(2)開発の主役はリスクマネーを集めるスタートアップである点、(3)穀物メジャーや食品会社などの伝統的なプレーヤーだけでなく、Google等のテクノロジー企業が参入してきている点、(4)イノベーションの拠点が世界に分散・拡大している点、などが挙げられる。

スタートアップ企業の資金調達動向についても注目しておきたい。有力スタートアップは数十億円単位の資金調達を行っている。一方で、多くの日本企業が1つのプロダクト、プロジェクトに対して数十億円を投資することは容易ではない。したがって、FoodTechを活用するためには、自社による研究開発の推進だけでなく、スタートアップとの連携も欠かせない視点となるだろう。

伝統的に日本は高い品質の食品を生産し、コールドチェーン(低温輸送網)に代表される技術的な優位性を保持してきた。また、多様な気候風土と地域文化を基に、あるいは海外の食文化の受け入れとその日本化を通じて、世界でも最も豊かな食文化を享受してきた国の1つといえる。食料問題は世界的な課題であり、大きな機会でもある。願わくは100年後も、その先も豊かな、そして新しい食文化が存在していることを期待したい。

  1. *1ゲノム編集技術を用いた食品についての規制や対応については世界各国で議論されているところであるが、本コラムでは取り上げない。
  2. *2The Global FoodTech Map
  3. *3Innovation Authority to set up food-tech incubator in Safed
  4. *4START-UP NATION CENTRAL:(2019)START-UP NATION CENTRAL:FINDER INSIGHTS SERIES ISRAEL’S AGRIFOOD-TECH SECTOR 2019

関連情報

【連載】フードテックで変わる未来

この執筆者はこちらも執筆しています

2019年3月
Start-Up Nation
ーイノベーション大国 イスラエルへの招待ー
ページの先頭へ