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フードテックで変わる未来(3)

FoodTechに関する国内事例

2019年12月19日 経営・ITコンサルティング部 柴垣 圭一

現在、国内外で急速に注目を集めているFoodTech(フードテック)。第3回の今回は、連載第1回で定義したFoodTechが解決を目指す5つの課題・問題*1のうち、国内で特に関心が高いと思われるものについて、日本特有の社会動向や、食文化・国民性を踏まえた取り組みを紹介する。

日本特有の食にまつわる問題

まず、日本特有の社会動向に目を向けると、海外では「人口増加に伴う食料不足と飢餓問題」に注目が集まっているのに対し、日本は人口減少社会に突入しているため、こういった問題が取り上げられる機会は少ない。むしろ、働き手の減少により、農業をはじめとした食料生産者の「人材の不足」が問題となっている。

次に、食文化や国民性に目を向けると、海外では、宗教上の制限や動物愛護の観点にはじまり、カロリー過多の食事に対する問題意識などからヴィーガンに代表される「菜食主義の増加」が取り沙汰されている。一方、日本国内では、スーパーフードに代表される完全栄養食品にも注目が集まりつつあるものの、依然として「食の安全」に対する関心が高い。また、一定レベル以上の品質(味、量、衛生面など)の食品を容易に入手可能な日本では、食品そのものへの関心はもちろんのこと、共働き世代の増加に伴う時短調理の方法など健康的な食事を手早く入手したいといった食事や調理の方法に関するニーズの変化も見られる。加えて、「MOTTAINAI」や「いただきます」といった日本発の観念、独自の慣習に代表されるように食材・食品に対する特有の価値観から、「廃棄物の増加」に対する抵抗感も高いといえる。

そこで、今回は、日本国内の食にまつわる問題や関心と関連性の高い「人材の不足」「食の安全」「廃棄物の増加」に焦点を当てて解決に取り組む事例を紹介する。

FoodTechに取り組む国内事例

(1)「人材の不足」に対する省人・省力化対策(生産領域)

近年でも特に人材の不足が叫ばれている食料生産(農業)の現場において、テクノロジーを用いて人材不足への対策に取り組む事例が増えている。

(ア)農業におけるIoT・AIの活用

就農者の高齢化が進む農業においては、従来ノウハウや経験を基に行っていた圃場の管理をIoT・AIを用いたデータの利活用によって、省人・省力化を実現しようとする事例が見られる。株式会社オプティム(東京都港区)では、ドローンおよびセンサーから収集した各種データをAIが分析し、その結果を基にデータを可視化することで、植物の健康状態を示すNDVI(植生指標データ)や、AIが画像解析し病害虫検知を示すなどの圃場管理サービス(Agri Field Manager)を提供する。また、同サービスではドローンによるピンポイント農薬散布・施肥テクノロジーも提供する(特許第6326009号)。

また、その他にも温室・ビニールハウス内のデータから作物収穫量と時期の予測や、病害虫リスクの診断を行うハウス管理サービス(Agri HouseManager)、日々の作業記録をハンズフリーで音声記録し、技術伝承に活用する営農支援サービス(Agri Assistant)など多様なサービスを提供する。

(イ)農業における収穫用ロボットの活用

就農人口の減少は、人口減少だけが原因でなく、農業が身体的に負担の大きい作業を伴うがゆえに若者の就業意欲が低いことも原因の一つである。また、既存の農家でも高年齢化に伴い、立ったり座ったりを繰り返すために特に作業負担が大きい収穫作業の効率化を求める声は強い。こうした収穫作業の省人・省力化対策については、既存の農業機械やロボットアームとAIなどの技術を組み合わせた事例が多く、対象とする作物の性質にあわせて研究・開発中のものを含めて複数が発表されている。概して畑の畝に一列に収穫対象が並んでいる作物が中心となっており、りんごやみかんなど樹上に散発的に実がなるような作物は対象となっていない。


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収穫用ロボットの提供・研究事例
収穫作物 特徴 提供企業・研究機関
キャベツ、たまねぎ カメラが検出した収穫作物の列に沿って、収穫機が自動運転される。作物の検出にAIを活用。 立命館大学、ヤンマー、オサダ農機、訓子府機械工業
アスパラガス 圃場のラインに沿って自動走行し、収穫適期の作物を識別してロボットアームで収穫する。ロボットは販売するのではなく、従量課金型のビジネスモデルで展開する。 inaho
ベニバナ 撮影データを基にAIが花弁とその位置情報を取得し、ロボットアームが収穫。1台のカメラで位置情報を特定することができる。 佐賀大学、山形大学
イチゴ 画像処理装置が着色度を判定するため、人の判断が不要のまま収穫適期の果実を収穫できる*2 農研機構、前川製作所

(2)「廃棄物の増加」に対する事前・事後防止対策(生産領域)

すでに世界の共通言語の1つとなった「MOTTAINAI」に代表されるように、多くの日本人は、まだ食べられる食材を廃棄することへの抵抗感が強い。しかしながら現在、日本国内では年間に2759万トン*3の食品廃棄がなされているとされ、その中でもまだ食べられるのに廃棄されている食品は、643万トン*4にも上るとされている。以下はこうした食品ロスの事前、事後の防止に取り組む事例である。

(ア)規格外野菜の事前廃棄防止

株式会社アイル(長崎県平戸市)は、乾燥海苔の生産技術を野菜に応用して、生鮮野菜をシート状の加工食品VEGHEET(べジート)に加工する技術を開発した。野菜をそのままの形ではなく別の形で保存・流通させることで、これまでは傷入りや規格サイズ外であることを理由に廃棄されていた野菜も加工食品に活かせるようになる。この結果、生産した作物が消費期限を向かえることなく廃棄されることを防止できる。

(3)「食の安全」のさらなる向上と食のあり方の変容(調理加工領域、メディア領域)

「食の安全」については、数年前に偽装問題や異物混入事件が話題になったように依然として関心が高い。また、一方で共働き世代の増加に伴い、健康的な食事を手早く準備したいなど、家庭における食事・調理に関するニーズにも変化が見られる。

(ア)異物混入検知(調理加工領域)

キヤノンITソリューションズは、同社が持つAI・ビッグデータ分析ツールと画像認識技術を組み合わせた画像処理システムを、食品分野をはじめとした製造加工現場に提供すると発表している。原材料内の異物混入の検知のほか、形状や色の違いを検出可能としており、食の安心・安全の向上に期待が持たれる。日本が世界に誇る機械系生産ラインの効率化技術を食品分野へ転用する試みとなる。

(イ)食事の準備を手間なく実現(メディア領域)

dely株式会社では、レシピ動画サービス「クラシル」をはじめとして、1週間分の献立を提供する機能や、買い物いらずでクラシルの人気レシピを作ることができるクラシルミールキットの販売なども行っている。調理時間の短縮と健康志向の両立といった食と調理の方法に関するニーズと、スマートフォンなどの普及により個人が手軽に情報を受発信できるようになった結果、新たなサービスが生まれている。

おわりに

国内におけるFoodTechに関する取り組みは、日本特有の社会問題や食文化、国民性に着目した事例も多い。また、活用する技術に着目すると、金融とITの融合とされるFinTechなどと同様にITは重要な技術要素の1つとされるが、FoodTechでは、ITに加えて分子工学やロボット工学などの技術要素も活用の範囲となっており、今回紹介した企業のほかにも特殊冷凍技術による高品質の食品保存、生化学・培養技術による人工肉の生産、植物工場など、活用が期待される分野は多岐にわたっている。

これまで日本では、和食を基本としながらも世界各国の食文化を受け入れ、さまざまな料理をローカライズして楽しんできた。FoodTechの分野においても、これまで培ってきた高い食品生産技術と独自の食文化が、ITをはじめとしたさまざまな先進技術と組み合わさることで、豊かな技術発展がなされることを期待したい。

  1. *1人口増加による食料不足と飢餓問題、廃棄物の増加、菜食主義の増加、食の安全、人材の不足
  2. *2https://www.naro.affrc.go.jp/laboratory/iam/urgent/urgent100/069789.html
  3. *3我が国の食品廃棄物等及び食品ロスの発生量の推計値(平成28年度)の公表について(2019年4月12日、環境省)
  4. *3食品ロス量(平成28年度推計値)の公表について(2019年4月12日、農林水産省)

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2019年11月28日
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