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農業分野における気候変動への適応

2019年1月30日 環境エネルギー第1部 大西 弘毅

はじめに

近年、極端な気温上昇や豪雨の増加など、気候変動が要因の一つとして考えられている現象が日本でも増加している。気候変動によって影響が生じる範囲は、防災、水資源、健康、農林水産、生態系などさまざまな領域に及ぶが、農業分野への影響は、農作物の価格高騰等、一般市民が日常生活を通してその影響を感じやすく、関心も高い。生産者も日頃の気象への対応を通して、農作物等への影響を軽減する取り組みを従前から実施してきており、気候変動による影響への備え(適応)に資する知見が蓄積されてきている。

そこで、本稿では農業に焦点を当て、気候変動による影響や適応について紹介する。本稿が気候変動の影響や適応について知る、そして考える一端となれば幸いである。

気候変動の影響

農業分野は、水稲、果樹、野菜、花き、畜産など、その分野は多岐にわたる。2018年11月に農林水産省が改定した農林水産省気候変動適応計画(*1)には、気候変動が要因と考えられる影響が各分野で発現していること、将来の気温上昇等により、その被害が拡大する見通しであることが記載されている。

被害事例として、水稲では白未熟粒(*2)などの多発、果樹では果実の着色不良や日焼けの発生など、品質への影響が挙げられる。畜産では、高温による家畜の健康問題や乳量の低下などが生じている。農業分野横断的な影響としては、病害虫や疾病等の発生増加、土砂災害や洪水浸水等の生産基盤への影響などが発生している。

また、暑熱等による直接の影響だけでなく、ナシやモモ等の落葉果樹が暖秋によって寒さに備える耐凍性を十分に獲得できず、冬の一定の寒さにより被害を受ける凍霜害の事例も報告されている。

気候変動の影響への対策(適応策)

冒頭でも述べたように、農業分野は気象に対応してきた歴史があるため、上記のような影響への対策も比較的進んでいる。対策は分野や品目、品種に応じてさまざまだが、たとえば、成長過程に合わせた施肥管理や水管理、遮光資材の活用、空調制御可能な施設の設置、気象予測情報の活用といった、栽培方法における工夫がこれまでも行われている。また、水稲や野菜、果樹などでは高付加価値化を目指した品種改良(食味が良い、病気に強い、労働負担が少ないなど)が従前から進められているが、近年では高温に強いことも重要な要素となっている。

このように生産者は気象や気候による被害にうまく対応(適応)し、市場に安定的な作物等の供給を実現しており、お正月やクリスマスなど、大きな需要が見込まれる時期においても、ピンポイントで高品質な供給を行うことが可能になっている。

気候変動がもたらす機会の活用

一方で、今後一定の気温上昇が避けられない状況のもと、これまで寒さにより栽培困難であった作物が栽培可能となることも考えられる。このような、温暖化等がもたらす機会を活用する方法も有効な適応策となり得る。

新たな作物への取り組みは簡単ではないものの、一部の地域ではすでに取り組みが始まっている。たとえば、愛媛県でのブラッドオレンジの生産や、北海道での醸造用ブドウの栽培の拡大が挙げられるだろう。これらの取り組みは地域振興を目的としている部分も大きいが、気候変動がもたらす機会を活用したものといえよう。果樹の場合、その多くが永年性作物(*3)であるため、長期的視野に立った取り組みが不可欠である。

最後に

農業分野にはさまざまな影響が生じており、それに備える対策(適応策)も幅広く実施されていることを紹介してきた。しかし、適応が進んでいる本分野においても、今後の気候変動によって経験したことのない影響を受ける可能性は十分考えられる。

2018年12月1日には、気候変動適応法(*4)が施行された。農産物の影響は地域によってさまざまであるため、地方公共団体が主体となって、適応に関する施策を推進することが求められている。今後の気候変動影響に対して、地域が効率的に対策を検討していくには、これまで日本全体で培ってきた知識やノウハウをフル活用することが重要であろう。環境省や文部科学省のプロジェクト(*5)では地域レベルでの研究が推進されており、それらの情報の一部は、たとえば国立環境研究所が提供するプラットフォーム(*6)などを通じて入手可能となっている。

このような各省庁の取り組みがあるが、特に農業分野の影響・適応について詳しいものに農林水産省の「気候変動の影響への適応に向けた将来展望(*7)」がある。現状では中間報告であるが、地域のニーズをもとに、農林水産分野で今後生じうる影響が、最新の科学的知見をベースにまとめられている。また、影響への適応策も整理されると共に、各地域の適応に資する取り組み事例も具体的に紹介されている。地域の農林水産業を引っ張る地方公共団体には、今後生じうる影響を把握し、他自治体の取り組みなどを参考にしたうえで対策を進めるための一助となるのではないか。

地域での適応が求められる中で、さまざまな情報を活用しながら地域に根差した有効な適応が進められていくことを期待したい。

  1. *1農林水産省気候変動適応計画
    (PDF/824KB)
  2. *2十分に登熟しないことにより、コメが白濁してしまう現象であり、食味が悪くなるため、コメの格付け低下へと繋がる。
  3. *3一度樹を植えると長年に渡って収穫することが可能な作物。果樹は樹を植えてから果実の収穫が可能となるまでに数年を要し、また、長いものでは数十年同じ樹から収穫することとなる。そのため、特に果樹を植える際には、将来の気候変動影響を考慮する必要性が高い。
  4. *4気候変動適応法(環境省)
  5. *5S8 温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究(国立環境研究所)
    SI-CAT:気候変動適応技術社会実装プログラム
  6. *6 A-PLAT:気候変動適応情報プラットフォーム
  7. *7 気候変動の影響への適応に向けた将来展望【中間報告】(農林水産省)
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