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PRAの原子力発電所の新検査制度への活用

リスク情報の検査への活用

2019年9月10日 サイエンスソリューション部 結城 文香

はじめに

日本では2020年4月から原子力発電所の新検査制度が施行される予定である。

現在の検査制度は、事業者が実施した検査の結果があらかじめ決められた基準を満たしているかを規制機関が確認し、満たしていない場合には事業者に是正措置が求められる制度となっている。

一方、新検査制度は、検査における指摘事項の安全上の重要度を規制機関が評価し、指摘事項が安全に及ぼす影響の度合いに基づいて、追加検査等の対応を事業者に求める制度となっている。

新検査制度では、検査指摘事項の安全上の重要度の評価には確率論的リスク評価(PRA: Probabilistic Risk Assessment)で評価した炉心損傷頻度(CDF: Core Damage Frequency)の変化量(⊿CDF)等が用いられることとなっている。

当社は長年PRAを用いた原子力発電所のリスク評価業務に携わっており、本コラムではPRAと新検査制度におけるPRAの位置付けについて紹介する。

PRAの概要

PRAとは、フォールトツリー解析(FTA: Fault Tree Analysis)とイベントツリー解析(ETA: Event Tree Analysis)の2種類のシステム信頼性評価の要素技術を組み合わせた手法であり、リスクを定量的に評価することができる。

具体的には、図の左側に示すFTで事故対策(炉心への冷却水の注水等)の失敗確率を算定する。次に、事故シナリオを表現する図の右側のETの各対策の失敗分岐に失敗確率を適用することで事故シナリオの発生確率を定量化する。

図 PRAのイメージ
図1


原子力発電所を対象としたPRAは、米国原子力規制委員会(U.S.NRC: United States Nuclear Regulatory Commission)が1975年に公表した原子炉安全研究*1(RSS: Reactor Safety Study)でその骨格がほぼ確立された。

RSSが公表された当時はPRAの有効性を疑問視する意見も存在したが、1979年に米国で発生したスリーマイル島(TMI: Three Mile Island)原子力発電所の事故*2の事故進展がRSSで重要と指摘された事故シナリオと同じであったことをきっかけとして有効性が認められるようになった。その後、米国では、安全規制においてPRAの結果を中心としたリスク情報の活用が進み、今日に至っている。

日本においても1980年代からPRAの研究が進められ、2000年頃から当時の原子力安全委員会を中心に、安全規制へのリスク情報活用に関する検討が開始された。特に、2006年9月に改訂された「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」*3において、残余のリスク*4の存在が明記され、その定量評価にはPRAが有効であるとされた。その後、2011年に日本で発生した福島第一原子力発電所の事故を受けて、日本が国際原子力機関(IAEA: International Atomic Energy Agency)へ提出した報告書*5の中で、原子力発電所の更なる安全性向上のための中長期対策におけるPRAの活用が挙げられ、規制活動にPRAが取入れられるようになった。

米国の検査制度におけるPRAの活用状況

米国では、TMI事故以降の原子力発電所の安全規制の見直しの中で、U.S.NRCが安全規制におけるPRAの活用についての検討を開始し、1995年にPRA政策声明書*6を公開した。これにより、PRAが原子力発電所の安全規制活動に積極的に取り入れられるようになった。この一環として、2000年頃から原子力発電所の運転実績指標に応じて規制当局の関与を変化させる検査制度の運用が開始された。この検査制度は、原子炉監視プロセス(ROP: Reactor Oversight Process)と呼ばれている。

ROPにおいては、原子力発電事業者のパフォーマンスが低下したと判断される指摘事項(例えば、ポンプの故障等)が見つかり、その事項が安全上重要だと規制機関が判断した場合には、その指摘事項の安全性に対する重要度に応じて規制側からの事業者への措置が決定される。安全上の重要度が低い事項については追加検査等の実施は求められないが、重要度が高いと判断された指摘事項へは追加検査の実施や報告書の提出が求められ、最も重い措置として運転停止が命じられる場合もある。事業者のパフォーマンスは、「起因事象」、「緩和システム」、「障壁の健全性」、「緊急時の対応」、「従業員被ばく」、「公衆被ばく」、「核物質防護」の7つの指標で整理され*7、指標ごとに重要度の高い順に、赤、黄、白、緑に色分けして区分されて一般公開されている。7つの指標のうちで、「起因事象」、「緩和システム」、「障壁の健全性」の指標に対する指摘事項の安全性への重要度は、規制機関がPRAによって⊿CDFや早期大規模放出頻度(LERF: Large Early Release Frequency)の変化量(⊿LERF)を定量化することで判定する。

ROPの導入により、検査指摘事項の安全上の重要度に応じて対応を決められるようになったことで、より合理的な規制活動が可能になったと考えられる。

日本の新検査制度におけるPRAの活用

国内では、原子力規制委員会(NRA: Nuclear Regulation Authority)が、2016年のIAEAの総合規制評価サービス(IRRS: Integrated Regulatory Review Services)における指摘事項*8をきっかけとして、現状の原子力発電所の検査制度を見直し、新検査制度の検討を開始した。新検査制度は、米国のROPを参考に設計されており、2018年の10月から試運用が始まり、2020年4月に運用が開始される予定である。

新検査制度では、検査指摘事項(検査結果が規制要求を満たさず、かつ安全上重要と考えられる事項)の安全上の重要度の評価結果に応じて規制措置が決められる。この検査指摘事項の安全上の重要度の評価指標として、PRAの結果である⊿CDF及び格納容器機能喪失頻度(CFF: Containment Failure Frequency)の変化量(⊿CFF)が用いられる。

おわりに

当社は、過去30年以上に渡り、原子力発電所のPRA関連業務に携わってきた。新検査制度が施行されることでPRAの活用範囲が広がり、その重要性も増すことになる。その流れの中で、これまで当社が培ってきたPRA技術をより幅広く活用していきたいと考えている。

  1. *1U.S.NRC,“Reactor Safety Study: An Assessment of Accident Risks in U.S. Commercial Nuclear Power Plants”,WASH-1400(1975).
  2. *2アメリカのペンシルバニア州スリーマイルアイランド原子力発電所の2号炉(Three Mile Island−2:PWR、959MWt)で、1979年3月28日に発生した事故。炉心の一部が溶融し、周辺に放射性物質が放出され、住民の一部が避難するという、これまでにない事故になった。定格出力で運転中、主給水ポンプが停止し、自動的に補助給水ポンプが起動したが、補助ポンプの弁が閉じていたため給水できず、炉内圧力が上昇した。自動的に加圧器圧力逃し弁が開いて、原子炉は緊急停止した。圧力が下がっても故障で弁が閉じなかったので非常用炉心冷却装置(ECCS)が働いた。しかし、運転員が加圧器圧力逃し弁の“開”のままの状態に気付かず、ECCSを停止してしまったため、炉心上部が露出し、炉心が溶融する事故となった。放射性希ガスと少量の放射性ヨウ素が環境へ放出されたが、放射線障害の発生はないとされた。
    (ATOMICA、「スリーマイルアイランド事故」
  3. *3原子力安全委員会、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」、平成18年9月19日
  4. *4一般には、ある特定の事故リスクや環境リスクについてリスク低減化対策を実施した後に残るリスクのことを残余のリスクと呼ぶ。本報告書では、耐震設計のために策定された基準地震動を上回る地震動の影響が施設に及ぶことにより、施設に重大な損傷事象が発生すること、施設から大量の放射性物質が放散される事象が発生すること、あるいは、それらの結果として周辺公衆に対して放射線被ばくによる災害を及ぼすことのリスクを残余のリスクと呼ぶ。(原子力安全委員会、「リスク情報を活用した安全規制の導入に関する関係機関の取組みと今後の課題と方向性―リスク情報のより一層の活用と進展に向けて―」、平成19年9月20日)
  5. *5原子力災害対策本部、「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書」
  6. *6U.S.NRC,“Use of Probabilistic Risk Assessment Methods in Nuclear Regulatory Activities”,60 FR 42622(1995).
  7. *7U.S.NRC,“Reactor Oversight Process”, NUREG-1649 Rev 6(2016).
  8. *8国際原子力機関、「IRRSミッション報告書」

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確率論的安全評価(PSA)/確率論的リスク評価(PRA)は、原子力プラント等の大規模な工学施設の安全性やリスクを評価するための手法です。みずほ情報総研では長年、原子力プラントのPSA/PRA関連業務に携わっています。

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