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「子ども食堂」と企業(2)―「できることを、少しずつ」で広がる企業支援の可能性―

2019年12月9日 社会政策コンサルティング部 齊堂 美由季

本コラムでは、様々な形で子ども食堂の支援に取り組む民間企業の事例と、そこに掛ける企業の思いを紹介する。全3回(予定)のコラムの中で、「子ども食堂との関わりを通じて、企業が得られるものとは何か?」という問の答えを探っていく。

第2回の本稿では、様々な企業が少しずつ、自分たちにできる支援を行うことで子ども食堂を支えているケースを紹介する。企業の多様な取組みを知れば、単なる「食事を提供する場」に留まらない、子ども食堂の存在意義が見えてくるかもしれない。

1. 子ども食堂に、企業ができること

企業が子ども食堂の支援に一歩踏み出すまでには、どのようなハードルがあるだろう?

子ども食堂に興味はあっても、「どこに連絡をすればいいのか」、「うちは食品メーカーではないし、できることが少ないのでは」・・・様々な疑問が浮かぶのではないだろうか。

また、社内で検討を進めていくうちに、「子どもの貧困は確かに問題だけど、福祉と関係ない我が社がどうして支援するの? 人手も資金も余裕がないのに…。」という声も聞こえてくるかもしれない。

しかし、子ども食堂を支援することは、実はそれほど大変なことではない。全国各地に子ども食堂への支援を取りまとめるネットワーク組織*1が立ち上がっているが、こうした組織に連絡を取れば、子ども食堂の様々なニーズを知ることができるだろう。事実、各地のネットワーク組織を通じて、子ども食堂と支援者とがつながっているケースは多い。

本コラムは、子ども食堂に関心のある民間企業の方に、支援に一歩踏み出すきっかけになる情報を発信することを目指している。第2回の本稿では、「できることを、少しずつ」をテーマに、地域の様々な企業が支援に関っている事例をご紹介する。

2. できることを、少しずつ ―宮崎県の事例―

1)ネットワークが支える子ども食堂

「いただきます!」 
「パンもらっていいと?」
「宿題持ってきた?」

地区交流センターの一室で、子どもたちの声が響き渡る。

ここは、2019年夏にオープンしたばかりの「地域食堂うみさち・やまさち」だ。全国有数のサーフィンスポットであり、県外からの移住者や観光客も多い宮崎市青島で活動している。食事、遊び体験、学習支援を通じて、世代を超えて青島の住民が交流できるコミュニティの場を目指したオープンな子ども食堂だ。

地域住民がボランティアとして参加し、食材や調味料も多くは寄付で賄っている。近所の会社社長から無償で貸してもらった土地で畑づくりも進めており、将来的には子ども達の農業体験に活用する予定だ。

台風で畑が沼地のようになり、農機具が埋まってしまった時も、通りかかった地域の人が掘り起こしてくれた。スタートしたばかりだが、地域の人に愛されている温かい子ども食堂だ。

代表者の原さんは、近隣の児童養護施設に管理栄養士として勤務する中で、「子どもたちが青島をふるさととして愛せるように、ほっとできる居場所を作ってあげたい」と考え、独立して子ども食堂を立ち上げることを決意したという。独立後の偶然の出会いから、宮崎市の子ども食堂ネットワーク「支え合いの地域づくりネットワーク」*2の黒木さんとつながり、前職の同僚やPTA等の協力を得て、「うみさち・やまさち」を立ち上げた。その黒木さんの仲介により、宮崎市の「地域の子ども支え合い事業補助金」の初の採択団体にも選ばれた。

写真1
デザートをよそう。配膳も大事な経験だ。*3

写真2
別室で勉強を教わることもできる。

「支え合いの地域づくりネットワーク」は、宮崎市の委託を受けて、市内各地域の子ども食堂の交流会、勉強会の開催、民間企業や個人からの支援の取りまとめ等を行う民間組織だ。支援は食材の寄付が多いが、中には運営上のノウハウ協力を申し出る企業もあるという。「企業が持つ経営、経理、広報といったノウハウは、運営経験が少ない子ども食堂にとって大きな価値があります。食品に関係のない企業も大歓迎です。」と黒木さんは語る。

2)通常業務の中で子ども食堂を支援する

宮崎市内に営業所を持つ株式会社倉府食品も、その特性を活かした支援を行う民間企業の一つだ。業務用の冷凍食品の卸売り企業である同社は、「支え合いの地域づくりネットワーク」を通じて、余剰在庫の冷凍たまねぎや冷凍からあげを寄付している。下ごしらえの手間がかからない業務用商品は、調理者から好評だという。

さらに、営業所に備えられた巨大な冷蔵庫を活用して、ネットワークに寄付された食材の保管場所も提供している。県内各地への商品配送のついでに、宮崎市から離れた子ども食堂に食材を届けることもできるという。各地の子ども食堂ネットワークの中には、常温保存できない食材の保管や、食材配送の手間・燃料費などの負担に悩んでいるケースも多く、こうした支援は心強い。

では、これらの支援にはどのくらいの資金や手間が掛かっているのだろうか。宮崎営業所所長代理の沼口さんは、「寄付している食材は余剰在庫で、もともと営業先にお試し価格で買ってもらっていたものを活用しています。食材の保管場所は冷蔵庫のほんの一部ですし、配送も業務のついでにできます。」と教えてくれた。費用や手間をかけず、通常業務の中でできる支援を実現しているのだ。

「県外企業なので、宮崎で社会貢献を行うことは、地域に受け入れてもらうために大切なこと。余剰在庫を無理して売るより、子ども食堂に活用してもらった方が、社員も嬉しいと思います。」と沼口さんは語る。

3)「無理をしない支援」が持つ意味

無理せず可能な範囲で行う支援は、企業にとってハードルが低く、長続きしやすい。宮崎市内のきゅうり農園「心耕農園」代表の阿部さんも、「無理をしない支援」を心掛けているという。

阿部さんは2018年の冬から、週に1回、10kgのきゅうりを「支え合いの地域づくりネットワーク」に寄付している。規格外品ではなく、通常出荷できる品質のものを提供しているため、たまたま子ども食堂の開催が少なく、需要がない場合でも、別の流通先に出荷することができる。

「寄付する方とされる方、どちらかが無理をすると続きません。寄付する側が子ども食堂に必ず受け取ってくれることを期待するのではなく、余ったら他に回して対応できるくらいの状態でないと。」と、支援者としてのモットーを語ってくれた。

阿部さんは将来的に、子どもたちがきゅうりを植えてから収穫、調理までを体験する「食育」にも取組みたいと考えている。食べるまでの行程のどこかに関わることで、ただ「もらったものを食べている」という感覚がなくなり、子ども食堂に対する周囲の目も変わるのではというねらいだ。

2. 子どもたちに自社の誇りを伝えよう!―岩手県の事例―

1)食品関連企業でなくても、できること

ここまで読んで、「そうは言っても、食品に関係ない企業にできることは限られているのでは?」と感じた方もいるだろう。確かに、子ども食堂が単に「食事を提供する場所」であれば、そうかもしれない。

しかし、子ども食堂を「地域の大人と子どもたちが交流し、お互いに経験を広げる場所」という切り口で捉えると、どうだろうか。業種に関わらず、「働く大人」との交流は子どもたちにとって貴重な経験だ。企業にとっても、子どもたちや子育て世代と交流することで、地域の実情や課題に触れることができる。

ここからはそうした視点から、業種を問わず様々な企業と子ども食堂がコラボレーションしている事例を紹介しよう。岩手県盛岡市の「インクルこども食堂」*4が毎月開催している「しゃいん食堂」だ。

2)「しゃいん食堂」とは?

10月のとある土曜日に開催された「しゃいん食堂」。集まった子どもたちの前には、ガスボンベや風船、水槽が並べられ、ワクワクする雰囲気だ。この日の担当は岩手県北上市のガス会社、北良株式会社だ。

「これは、『窒素』というガスを-196℃まで冷やして作る『液体窒素』という液体です。これに、膨らませた風船を入れるとどうなるかな?」

前に立つ社員が質問すると、子どもたちからは「割れる!」「パーンッ!」と声がかかる。科学好きな少年から「しぼむんだよー。前に見たから知ってる!」と「ネタばれ」が飛び出すのもご愛嬌だ。それでも、液体窒素に入れた風船が音もなくしぼんでいく様子を実際に見ると、どよめきが起こった。

花やシャボン玉など、身近なものを次々に凍らせていく様子は、大人が見ても楽しい。ただし、楽しいだけでなく「風船がしぼむのは、中の空気が冷やされてぎゅっと縮むからです。」と解説も忘れない。自社商品である「ガス」を使った科学教室だ。

写真3
シャボン玉を液体窒素で凍らせる実験

写真4
二酸化炭素でつくった人工雪。子どもたちの歓声があがる。

この「しゃいん食堂」は2年ほど前から毎月開催され、不動産、ホテル、ビールメーカーなど、多種多様な20社以上が、趣向をこらして自社の業務を紹介してきた。

例えば、不動産会社が担当の回では、子どもたちが「理想の間取り」を考えた。間取りを考えることで、結婚や子育て等の「将来の設計図」を考える体験ができる。さらに、町のどこに家を建てるかも考えた。便利な場所は地価が高く、部屋が狭くなってしまうため、予算とのバランスも重要だ。「地価」という新たな視点を得て、子どもたちは地図を見ながら、自分の住む町と新鮮な気持ちで向き合う。地域の歴史や防災知識にもつながる、貴重な学びの出発点だ。

この「しゃいん食堂」のはじまりは、北良株式会社 社長の笠井さんのアイディアだった。

「子どもたちに、企業で『働く』ことをイメージできるようになって欲しい。働いて、稼いで、スキルを身につけて、それを誰かを助けるために使うことを学んで欲しいです。それは、子どもの自己肯定感にもつながります。」と笠井さんは語る。

3)人材育成・人材発見の場としての「子ども食堂」

笠井さんによれば、「しゃいん食堂」は企業にとっても大きなメリットがあるそうだ。ほとんどの業界において、子どもたちは直接の顧客ではない。その分、会社の仕事や存在意義を説明するには、工夫が必要だ。社員が自社の価値を見つめなおし、頭をひねってプログラムを考えることで、自分の仕事が社会で果たす役割、意義を再認識するという。

中には、「しゃいん食堂」を新人研修に活用した企業もある。北良株式会社の科学教室で前に立ったのも、新入社員と3年目の社員、そして来年入社予定の内定者だ。

「しゃいん食堂」を開催する「インクルこども食堂」では、他にも、盛岡市内の大学生と共同で「がくせい食堂」を定期的に開催するなど、大学生のボランティアとも積極的に連携している。「しゃいん食堂」に参加した学生ボランティアが、それをきっかけに担当した企業に関心を持ち、新卒として就職したケースもあったという。

他の子ども食堂でも学生ボランティアが関わっていることは多い。地域に愛着を持ち、ボランティアにも積極的な学生との出会いの場は、企業にとっては魅力的だ。

「しゃいん食堂」は各企業にとっては単発のイベントであるため、人件費を含めた負担は少ない。また、自社の備品を活用するので費用はほとんどかからず、企業の子ども食堂支援の「入門編」として気軽に取り組める。その気軽さが、2年間続いてきた秘訣でもあるのだろう。ここでも、「できることを、少しずつ」がキーワードだ。

がくせい食堂の一例(チラシからの抜粋)
図5

3. 「支え、支えられる」大人に―支援を通じて見えてくる、子ども食堂の存在意義―

本稿で紹介した宮崎と岩手の事例では、各社が特徴を生かし、無理をしない範囲で様々な支援を行っていた。支援の形はそれぞれの子ども食堂のニーズと、企業のアイディア次第だ。

子ども食堂を支援する企業からは、よく、企業の側にも支援を通じて様々なメリットがあると聞く。「しゃいん食堂」も、子どもたちと社員の両方にとっての学びの場となっていた。

このように双方にメリットを生じる支援のあり方は、子ども食堂を通じて、子どもたちが「支え、支えられる」大人に成長するためにも、重要な役割を持つと考えられる。

インクルこども食堂を運営する「特定NPO法人インクルいわて」理事長の山屋さんには、子どもたちが「支える側」となった、忘れがたい思い出があるという。

以前、とある男性から定期的に大きなかたまり肉の寄付を受けており、子どもたちは肉が思い切り食べられると、毎回楽しみにしていた。しかしある時、男性が大怪我をしてしまい、寄付は途絶えた。子どもたちに伝えると、非常に心配したため、みんなでお見舞いの寄せ書きを作って男性に贈ったという。

すると、ほどなく男性から返事の手紙が来た。そこには、「怪我で辛い思いをしたけど、みんなの言葉で勇気が出ました。本当にありがとう。僕はみんなを支えていると思っていたけど、支え支えられるとはこういうことなんだね。みんなの力はすごいね。」と書かれていた。

「インクルこども食堂には、震災の時に沿岸部から盛岡に引っ越してきた子も多く参加しています。震災の経験から、男性や家族の生活をとても心配して、励ましたい一心で寄せ書きを作っていました。男性からの感謝の手紙は、被災者として色々な人に支えられてきた子どもたちが、子ども食堂での経験を通じて、支える側に成長したことの証です。」と、山屋さんは話す。

これは、子どもたちが、家族や先生以外の大人と関わることができる子ども食堂ならではのエピソードではないだろうか。

子ども食堂はこれまで「子どもの貧困問題」の文脈で語られることが多かった。確かに、「子どもたちを助けたい」という想いが子ども食堂の出発点となることは多く、貧困問題と関連付けて考えることは、間違いではない。

しかし、それは「子ども食堂」という社会的なムーブメントの一つの側面に過ぎない。子ども食堂のスタイルと理念は、ひとつひとつ異なる。支援が必要な子どもに限定した居場所づくりを目指す子ども食堂もあれば、老若男女が誰でも入れる地域の交流拠点として、自らの活動の意義を見出す子ども食堂もある。どれが優れているというものではなく、全て唯一無二の「集いの場」であり、「成長の場」だ。

企業を含む地域の様々な大人たちが子ども食堂に関わることは、行政による支援とは別の意味を持つ。多くの企業が「できることを、少しずつ」持ち寄ることで、地域ぐるみで、次世代を担う子どもの学びと「社会の支え手」としての成長を見守ることができるのではないだろうか。

  1. *1全国子ども食堂ネットワークのウェブサイトには、各地のネットワークの一覧が掲載されている。
  2. *2支え合いの地域づくりネットワーク 公式Facebookページ
  3. *3支え合いの地域づくりネットワーク 公式Facebookページより引用
  4. *4運営団体「特定NPO法人 インクルいわて」公式ブログ

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【連載】「子ども食堂」と企業

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