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「子ども食堂」と企業(3)―ともに歩み、成長していく関係―

2019年12月23日 社会政策コンサルティング部 齊堂 美由季

本コラムでは、様々な形で子ども食堂の支援に取り組む民間企業の事例と、そこに掛ける企業の思いを紹介する。全4回のコラムの中で、「子ども食堂との関わりを通じて、企業が得られるものとは何か?」という問の答えを探っていく。

第3回の本稿では、企業と子ども食堂が1対1の関係を築いてきた事例を紹介し、企業が継続的に支援していくことの意味について考える。

1. 社員寮が子ども食堂に!―福岡県の事例―

博多から車で30分ほど、福岡県大野城市のとある住宅街に、西松建設株式会社の社員寮が建っている。普段は独身や単身赴任の男性社員が生活する静かな寮だが、この日は様子が違う。カラフルな飾りが玄関を彩り、中は大勢の子どもたちで賑わっている。社員寮の食堂を活用した「おおのじょうこども食堂みずほまち」が開催されているのだ。


図1
社員寮の玄関。子どもたちが受付で名前を書いている。


この日のメニューは、好きなおかずを選べるビュッフェスタイルだ。子どもたちだけでなく、社員寮の住人や、近隣に住む高齢者グループも同席し、食事を共にしている。

テレビとソファが置かれた談話スペースでは、大人と子どもが混じって、折り紙や人生ゲームで遊ぶ姿が見える。色紙で手作りの名刺を作って、見学に来た大人たちと名刺交換をしている小学生もいる。カードゲーム感覚なのか、「これで5枚集まった!」と嬉しそうだ。

ある子は臆せず、ある子はおずおずと、初対面の大人に話しかけ、世代を超えた交流が広がっている。


図2
子ども食堂の様子


「おおのじょうこども食堂みずほまち」は、NPO法人チャイルドケアセンター*1が毎月1回開催している子ども食堂だ。西松建設は3年前から、寮の食堂を会場として提供している。当時CSR担当だった多田さんが、大野城市で初の子ども食堂に関する報道を見て、運営者であるチャイルドケアセンター代表の大谷さんに連絡を取ったことがきっかけで、支援がスタートした。

しかし、はじめから現在のような形での支援を申し出たわけではない。

「何ができるのかはよく分かりませんでしたが、とにかく『子ども食堂』という取組みを応援したくて、電話をかけました。」と多田さんは話す。

はじめは社員がスタッフとして子ども食堂を手伝う形を考えていたが、大谷さんに話を聞くうちに、子ども食堂が抱える様々な課題が見えてきた。

まず、定期的に開催できる会場が確保できていなかった。子どもたちに継続して参加してもらうためには、場所が決まっていた方が良い。また、チャイルドケアセンターは筑紫地域の子ども食堂への寄付を取りまとめていたが、寄付された食材の保管場所に困っていた。冷蔵庫と冷凍庫を購入するための市の補助制度はあったが、置く場所を確保するための支援はなく、冷蔵品・冷凍品は断らざるを得なかった。

そこで多田さんは、土日は稼働していない社員寮の食堂を子ども食堂の会場として、長年空き部屋になっていた管理人室を食材の保管場所として無償で貸すことを提案した。


図3
寮の広いキッチンを使い、近隣に住むボランティアが調理を行う。



図4
空き部屋だった管理人室を使って、冷蔵・冷凍品を含む食品や備品を保管している。


2. リスクを切り分け、許容範囲を決める

しかし、会社の所有財産である社員寮に外部団体を入れることについて、社内で反対意見は無かったのだろうか?

多田さんいわく「リスク管理の観点から、安全対策やコンプライアンスには気を使いましたが、それ以外の点に関しては、地域貢献ということで受け入れられました。」という。では、どのようにリスク管理方法を検討していったのか。

ここでポイントとなるのは、「許容できるリスクとできないリスクの切り分け」と考えられる。西松建設が注目したリスクを整理すると、(1)セキュリティ管理、(2)子どもたちの怪我や食中毒等のトラブル対策、(3)運営団体の信頼性の3点に分類される。

多田さんは、会社側から提示されたこれらのリスクに対する対応(下表参照)を、大谷さんと話し合いながら決めていった。それぞれの対応はシンプルなものだが、民間企業が安心して子ども食堂を支援するためには重要だ。

左右スクロールで表全体を閲覧できます

着目したリスク 対応
  1. (1)セキュリティ管理
寮の鍵の管理の徹底(開錠は寮の管理人が行い、チャイルドケアセンターには渡さないこととした。)
  1. (2)トラブル対策
    ※食中毒、怪我等
  • 保健所主催の食品衛生管理・食中毒予防関連の研修の受講。
  • 家具類のレイアウトの工夫。
  • 参加するスタッフや子どもたちのNPO活動総合保険への加入。
  1. (3)運営団体の信頼性
チャイルドケアセンターが取組んできた子ども・子育て支援活動に関する実績、体制を示す資料の提示。

このように、許容できないリスクについては対策を立て、その他のリスク、例えば子どもがはしゃいで備品を傷つけてしまう等は、地域貢献活動で生じるコストとして受け入れることで、支援が実現しているのだ。

3. 企業が子ども食堂と共に歩む意味

そうして支援が始まり3年、西松建設は場所の提供だけでなく、共に子ども食堂を運営するパートナーとして信頼関係を築いている。

寮に住む社員が協力して机と椅子をセッティングし、子どもたちの遊び相手をしたり、一緒にご飯を食べたりして交流している。強制はしていないので、毎回参加する社員も、そうでない社員もいる。自然体で取り組んでいることが、継続の秘訣かもしれない。

多田さんは支援を通じて、ある効果を感じているという。

「子ども食堂を始めてから、地域の方に社員が声を掛けていただけるようになりました。寮ができて何年も経ちますが、初めて地域に受け入れられたと感じました。」

子ども食堂のスタッフは、寮の近隣住民を中心に構成されている。子ども食堂を通じて住民と顔見知りになることで、地域との信頼関係の土壌を築いているのだ。子どもたちも「西松に行こう」と誘い合って子ども食堂に来るという。子ども食堂をきっかけに、「西松建設」という会社が地域に浸透してきた様子が伺える。

一方、子ども食堂側にも、企業との連携による思わぬメリットがあった。支援開始までの過程で、大谷さんは多田さんのアドバイスを受けながら、体制や過去の実績を示す様々な書類を作成した。そのことで、企業が注目するポイントが理解できるようになったというのだ。

「きちんと資料を作ること、記録を残すことが、企業との連携においていかに重要か、西松建設さんとのやりとりで実感しました。この時の資料が、他の企業と連携する際にも役に立っています。」と大谷さんは話す。

企業との連携を通じて運営団体がステップアップし、さらに多くの企業とつながっていくというサイクルは、企業による地域貢献のひとつの理想形と言えるのではないか。

4. 子ども食堂と信頼関係を築くために

今回の事例では、企業側が気になるリスクを運営団体に明確に伝え、対応を一緒に考えたことが、支援のポイントとなった。

企業にとって、リスク管理は当然必要だ。しかし、一方的にハードルを設定しては、せっかくの支援が頓挫してしまうかもしれない。運営団体と共に実現可能な対応を協議し、すり合わせていく、丁寧なプロセスが望まれる。個別団体と協議することに躊躇するのであれば、子ども食堂のネットワーク組織に相談しても良いだろう。

このプロセスは、支援内容を決める際にも重要だ。子ども食堂の理念や運営体制によって、必要な支援は異なる。今回の事例でも、企業が支援内容を決める前に運営団体に声を掛け、課題を聞き取っている。

「支援のアイディアは子ども食堂側が持っているので、まずは気軽にアプローチしてほしい。」と西松建設の多田さんは語る。

3年間続いてきた「おおのじょうこども食堂みずほまち」も、「とにかく何かできないか」という思いで掛けた一本の電話が始まりだった。まずは一歩踏み出し、その後に丁寧な話し合いを進めていくことで、企業と子ども食堂とが相互に良い影響を与えながら、共に歩んでいくことができるだろう。

  1. *1NPO法人チャイルドケアセンター 公式ウェブサイト
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