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SDGsへの新たな期待

文化遺産国際協力と企業をつなぐもの

2020年3月17日 グローバルイノベーション&エネルギー部 熊久保 和宏

先日、「文化遺産とSDGsII」(主催:文化遺産国際協力コンソーシアム)というテーマの研究会に、スピーカーの一人として参加させていただいた。民間企業向けのコンサルティング業務に携わる私にスピーチの機会を作ってくれた主催者側には、SDGsが国際的な共通目標として認識されていく中で、文化遺産保護活動を政府間の国際協力の枠組みだけではなく、幅広いステークホルダーが参加する地域全体の取り組みへと変化させたいという狙いがあったと考えられる。特に、民間企業を文化遺産保護活動に巻き込んでいくためにも、彼らが公益的なSDGsをどのように解釈し、経営にビルドインしているかを知りたかったのであろう。

このようなオーダーに対する私のスピーチの大筋は、2019年は民間企業におけるSDGsブームといってもよい状況であったこと、ただし義務や規制がないSDGsについて経営として具体的に何をすればよいのか多くの企業が迷っていること、そのような状況の中でSDGsを本業との関係性を見つめ直すフレームとして活用し、強みとして表現する企業が現れていることなどである。日頃から企業の方との議論により得た私なりの仮説を、来場者の方々に示させていただいた。

さて、文化遺産に馴染みのない私にとって、「文化遺産とSDGsII」における他のスピーカーの方々の話は非常に興味深いものであった。特に、金沢大学国際文化資源学研究センターの中村教授の話は、歴史的文化遺産の保全に民間企業のノウハウが必要であることに気づかせてくれた。

中村教授はマヤ文明の遺跡の保全に取り組んでいる。マヤ文明は中米ユカタン半島において3世紀から9世紀ごろを最盛期として栄えたが、16世紀にスペインによって征服されて滅びた文明である。多い時は60以上の都市国家が熱帯雨林の中で成立していた。中村教授はその中の一つである世界複合遺産「ティカル国立公園」で保護活動を行っている。ティカルの遺跡は、熱帯の厳しい気候の中で建造物や石碑などが侵食や風化を受けて劣化し、多くの観光客の訪問や落書きなどで破壊されていた。とりわけ、地域住民の手による違法な伐採や保護動物の密猟、焼き畑による森林火災などは生活のためのとはいえ、文化遺産を棄損するものとして問題になっていた。彼らはマヤ文明の子孫ではないため、文化遺産に対する関心が低く、保護することの意義が浸透していなかったのである。

そこで中村教授は、2014年からJICAの草の根技術協力事業を通じて、文化遺産を地域資源として活用することで周辺住民に就労機会を創出し、住民の意識改革を促して文化遺産と周囲の自然環境の持続性を高める試みをスタートさせた。具体的には、民芸品製作のための技術研修、ローカルガイド養成、バードウォッチング研修、遺跡修復保存研修、土器修復研修など、さまざまな職業訓練を行っている。このような中村教授のチーム活動は、まさにSDGsの実現に資する取り組みであり、持続可能な地域社会を生み出すための「方法論」が埋め込まれている。そして売れるものを企画し、作るという企業のノウハウが活かせる場面でもあった。しかしながら、この文化遺産保護事業の推進体制の中で、企業は重要な役割を担っていない。今のところ、企業は文化遺産を保全する主たるステークホルダーとしては認識されていないのだ。

さて、最近、観光まちづくりの分野で、ディスティネーションという言葉をよく見聞きするようになった。これは旅行の最終目的地を意味しており、観光客が訪れたい最終目的地づくりを、観光客や観光業の観点だけではなく、地域の内外のステークホルダーと連携して作り上げていこうとする取り組みである。魅力的な旅行の最終目的地として、観光客が何度も訪れてくれることが、持続可能な地域社会の成立につながる。その実現のためにも、自治体、旅行会社、宿泊施設、教育、情報サービス、農林水産業、マスコミといったディスティネーションづくりに親和性があるステークホルダーの参画を働きかけていくことが、次世代への文化遺産継承において不可欠になるであろう。

今回、「文化遺産とSDGsII」での話題提供という機会において新たな刺激を受けた。今後も、文化遺産保護活動や地域活動に企業を巻き込んでいくストーリーを、SDGsの枠組みを使って考えていきたい。

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