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世界が注目するTCFDで「攻め」の開示を

2020年10月29日 環境エネルギー第2部 大山 祥平

2020年10月9日、「TCFDサミット2020」がオンラインで開催された*1。TCFD*2は気候変動に関する情報開示のフレームワークであり、この数年間に世界の企業や金融機関の間で急速に普及している。TCFDサミットは昨年に引き続き2回目の開催となるが、主催者の経済産業省によれば、今回のサミットには国内外から約3,200名もの視聴登録があり、その関心の高さがうかがえる。

サミットの冒頭では、菅総理大臣や梶山経済産業大臣をはじめ、TCFDの生みの親である元イングランド銀行総裁のマーク・カーニー氏や世界最大の資産運用会社であるブラックロックのラリー・フィンク会長などが登壇し、TCFDの重要性を説いた。フィンク会長は、投資先企業に対して長期的なリターンに影響を与える情報の開示を呼びかける中でTCFDは重要な部分を占めており、企業運営のレジリエンスと柔軟性が試されている時代において、長期的な戦略に焦点を当てる必要があると述べた。また、カーニー氏は、2021年11月にグラスゴーで開催されるCOP26に向けて、TCFDの義務化へとシフトすることが重要であり、さまざまな国における義務化の方法を模索していくと述べた。

カーニー氏が述べたように、TCFDの義務化に関する動きは世界的に広まりつつある。英国では、労働・年金省が年金基金に対してTCFD開示を義務付ける提案を行っているほか、ロンドン証券取引所のプレミアム市場に上場する企業に対して、「Comply or Explain*3」ベースでTCFD開示を求める検討も行われている。同様にフランスやニュージーランドなどでも義務化の議論が進んでいる。TCFDが金融システムの安定化を目指すFSB(金融安定理事会)により作られたことを考えれば、投資家に十分な情報を提供するためには一定の義務化が必要という趣旨も理解できるが、その一方で義務的な開示は企業の創意工夫を損なうとの懸念も根強い。

日本のTCFD賛同機関により構成されるTCFDコンソーシアムは、本年7月に「よりdecision-usefulなTCFD開示の促進に向けて」と題した文書を発表した*4。この文書によれば、日本ではすでにコーポレートガバナンス・コードなどによる制度的基盤のもと、自主的なTCFD開示が進んでいるとしたうえで、投資家にとってdecision-usefulな(意思決定に役立つ)開示が企業から積極的に行われるような枠組の確保が重要であるとの意見が表明された。TCFDサミットにおいても、金融庁の池田チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサーからは、画一的・一律的な対応ではなく、それぞれの企業を取り巻くリスクと機会に応じて適切な開示を行うフレームワークを考えていく必要があるといった見解が示されており、国内外での今後の議論の進展が注目される。

また、その後行われたセッションでは、TCFDに基づく情報開示について、企業や投資家の実務担当者を交えた詳細な議論が行われた。投資家からは、マテリアリティやKPIの選定には産業ごとのアプローチが有効である一方で、マテリアリティを管理するための戦略は企業ごとに異なるものであり、各企業の独自性にも注目が必要であるという意見が述べられた。また、事業会社からは不確実な将来への備えに関する社内の意識共有やディスカッションの強化につなげることができる点が、TCFDの取り組みの大きな価値であることが示唆された。

これらの意見を踏まえると、TCFDは、企業が環境をCSRの文脈だけでなく、いかに事業戦略の中に取り込んでいるか、すなわち、「攻め」の環境戦略をどのように構築しているかを投資家に伝えるうえで非常に有効なツールだといえる。上述のTCFDコンソーシアムの会員向けアンケート結果*5では、TCFDに取り組むメリットとして、「投資家を含む金融機関等との関係向上に役立った」「自社の気候関連リスクと機会について社内の理解が深まった」といった点が挙げられており、攻めのツールであると同時に、自社の気候関連リスクに対する「健康診断」や「社内の理解醸成」にもつながっていることがうかがえる。また、経済産業省が国内外の主要な機関投資家向けに実施したアンケート結果*6によれば、回答機関の94%がTCFDを重視しており、開示された情報を企業とのエンゲージメントや業種内での個別企業比較の分析などに活用しているとの回答が得られている。このように、企業と投資家の双方からのニーズの高まりにより、今後TCFDの重要性はさらに増していくものと思われる。

TCFDに対する国際的な注目が高まる中で、鍵を握るのは情報を開示する企業側の取り組みだろう。投資家から求められたのでやむなく対応するという受け身の姿勢ではなく、自社の強みや戦略を発信するための攻めのツールと捉えて積極的な開示を行うことが、自社の企業価値向上や資金調達の円滑化にもつながっていく。

世界最大のTCFD賛同機関数を誇る日本企業の取り組みに、今、世界が注目している。

  1. *1経済産業省ニュースリリース(2020年10月15日)
  2. *2Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)の略。2015年に設立され、2017年に提言をまとめた最終報告書を公表した。
  3. *3コーポレートガバナンス・コード等において採用されている考え方であり、遵守(Comply)するか、遵守しないのであればその理由を説明(Explain)することを求めること。
  4. *4TCFDコンソーシアム「よりdecision-usefulなTCFD開示の促進に向けて」(2020年7月)
    (PDF/822KB)
  5. *5TCFDコンソーシアム「2020年度TCFDコンソーシアム会員アンケート集計結果」(2020年7月31日)
    (PDF/990KB)
  6. *6経済産業省「ESG投資に関する運用機関向けアンケート調査」(2019年12月)
    (PDF/891KB)
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