ページの先頭です

新たな視点で目標を見つめる

「気温」で評価する企業目標

2020年10月30日 環境エネルギー第2部 氣仙 佳奈

2020年はSDGsとパリ協定が誕生して5年になる年。今や国際的な共通言語となったこの2つの目標は、国・企業・自治体・個人レベルにまで、達成に向けた活動が広がっている。中でも、企業がパリ協定レベルの目標を掲げるSBT(Science Based Targets、科学的根拠に基づいた排出削減目標)は、2020年10月に参加企業数が世界で1000社を超え、一大ムーブメントとなっている。今回は金融機関向けのSBT(金融版SBT)を基に、企業の温室効果ガス排出削減目標を巡る新たな動きを紹介する。

金融版SBTの方法論は、今年10月に一旦の完成を迎えた。金融機関と事業会社ではSBTを設定するうえでの焦点が異なる。金融機関は自社操業に伴う排出量は小さいが、投融資先に与える影響が大きい。したがって、金融機関のSBTにおいて焦点が当てられるのは投融資先への働きかけとしての目標設定だ。

現在の金融版SBTの方法論では、投融資先に対して3つの目標設定手法が提示されている。中でも、特に新しいのが「Temperature Rating(気温上昇スコア)」という考え方だ。気温上昇スコアは、投融資先の排出削減目標(バリューチェーン全体)を1.5℃~5℃の気温に変換する。企業の目標が、今世紀末に平均気温を何℃上昇させる排出ペースと一致するのかを紐づける発想だ。投融資先がSBT認定済みであるか否かに関わらず、公開されている全ての排出削減目標が対象となる。目標が公開されていない場合もデフォルト値が付与されるため、この変換を避けることはできない。

気温上昇スコアの手法を用いる金融機関は、目標の対象範囲(自社操業に伴う排出量/バリューチェーン全体での排出量)および時間軸(短/中/長期)別に「気温」を算出し、その結果を足し合わせることで、企業レベル、ポートフォリオレベルでの「気温」を導き出す。そして、それらを基に向こう5年間について設定した目標(5年間で3.2℃から2.9℃に下げる等)が、その金融機関が今後達成を目指す目標(SBT)となる。

気温上昇スコアを用いた金融機関は、SBTを達成するために、投融資先に対して目標の設定あるいは引き上げを求める対話を行う。場合によってはポートフォリオの組み替えやダイベストメント等につながる可能性もあるだろう。

気温上昇スコアが登場した今、SBTか否かにとどまらず、目標の有無も含めて、企業の目標は広く評価されるようになってきている。すなわち、より野心的な目標を掲げれば相応の評価を得る一方で、逆であれば自社の資金調達にとってリスクになり得るかもしれないということだ。

日本ではこれまで、積み上げ型の目標設定(インサイド・アウト・アプローチ)が主流であった。ところが、SBTをはじめ、大胆な目標を掲げている国内外企業の基本的な考え方は、中長期のあるべき姿から目標を掲げる考え方だ(アウトサイド・イン・アプローチ)。アウトサイド・イン・アプローチによる目標設定は、今後ますますその必要性が高まっていくだろう。目標を掲げることがスタートとなり、そこから達成に向けたイノベーションやコラボレーションが起きていく。SDGsやパリ協定がない世界を想像すれば、このことをより実感をもって感じられるはずだ。

誰も予想しなかったコロナ禍の到来など、将来は不確かであり、大胆な目標を掲げた先にリスク回避があるのか、機会獲得があるのかは誰にもわからない。しかし、その先には、きっと何か得るものがあるだろう。

関連情報

この執筆者はこちらも執筆しています

2019年11月15日
国際的な気候関連イベントに見る脱炭素化の動き
―「1.5℃」と「2050年実質ゼロ排出」―
ページの先頭へ