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石炭火力発電の廃止における「公正な移行」

2020年11月30日 環境エネルギー第1部 金池 綾夏

2015年12月に採択されたパリ協定では、世界全体の平均気温を産業革命以前の水準対比で少なくとも2度未満の上昇にとどめつつ、1.5度以内の上昇に抑えることが目標として掲げられた。これに向けて、近年、世界各国で脱炭素化に向けた動きが加速している。日本でも菅総理が2020年10月26日の所信表明演説において、2050年までの実質排出ゼロを目指すと宣言した。同時に菅総理は、この目標を達成するために、革新的なイノベーションの促進に向けたグリーン投資の拡大や規制緩和を進めるとともに、「これまで長年続けてきた石炭火力発電に対する政策を抜本的に転換する」と表明した。このように、日本政府が石炭火力発電の廃止に向けて動き出したことを受け、本稿では、欧州の取り組みに着目しながら、脱炭素社会への移行を公正に行うための政府による支援について紹介したい。

脱炭素社会への移行に求められる「公正」とは

そもそも、脱炭素社会への移行を「公正」に行うとはどのようなことだろうか。再生可能エネルギーやCCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)、バイオ燃料、水素燃料といった低炭素技術への投資をはじめとする脱炭素化に関する施策は、エネルギー・気候変動分野における雇用拡大や、経済の活性化によるGDPの成長に寄与するとされている。その一方で、脱炭素化への移行の過程では、化石燃料産業の中でも特に温室効果ガスの排出量が多い石炭産業を筆頭に、事業規模の縮小によって失業者が発生するほか、それらの産業が集中する地域では、経済活動の転換が迫られることになる。今年1月には世界最大規模の資産運用会社である米ブラックロックが、収益の25%を石炭生産から得ている企業からの2020年半ばまでのダイベストメント(投資の引き揚げ)を発表し、同じく7月には英国最大の年金運用制度である国家雇用貯蓄信託(NEST)が、石炭等の化石燃料関連活動を2030年までに廃止するという明確な計画を持たない企業を対象に、遅くとも2025年までにダイベストメントを行うと発表するなど、石炭産業からの投資撤退の動きが急速に強まっている。そしてこのような背景もあり、たとえば米ゼネラル・エレクトリックでは、石炭火力発電部門の業績悪化による人員削減に追い込まれ、今年9月に石炭火力発電の新規建設からの撤退を表明している。

以上のように、脱炭素社会への移行は特定の業界にマイナスの影響を及ぼすことが不可避となることから、移行の過程において雇用・経済的に不利な状況に置かれる労働者や地域等を対象に補助金の支給や就労支援などを行い、社会全体において脱炭素化が受容されるような政策を実施することが、移行を円滑に進めるうえで重要であると欧州環境庁は指摘している*1。そして、政府が弱者に対して支援を提供することにより新たな雇用やビジネス創出につなげ脱炭素社会への移行を進めることは、「公正な移行」と呼ばれている。

欧州における「公正な移行」に関する取り組み

それでは、具体的にどのような支援の方法があるのだろうか。ここでは、気候変動分野で世界をリードする欧州における支援の事例を紹介する。

欧州連合(EU)では、化石燃料部門の雇用者数が多い地域等の移行における社会や経済への影響緩和を目的とした「公正な移行メカニズム」という制度を導入し*2、特に石炭依存国であるポーランドやドイツに重点的に資金を配分する予定である。加盟国は支援を受けるにあたり、移行の影響を受ける地域に関する2030年までの移行プロセスを示した計画を策定し、欧州委員会の承認を得る必要がある。そして、移行計画の内容に適合する公正な移行の取り組みに対してのみ支援が行われる。具体的には、労働者のスキルアップ訓練や求職者の就職支援、主力経済の転換・多様化に向けた中小企業やスタートアップ企業への投資などで、石炭燃料の生産・流通・燃焼に寄与する取り組みは支援対象から除外されている。

また、石炭依存国のドイツでは、石炭からの脱却に向けて、2020年8月に「脱石炭法」と「石炭地域における構造強化法」を定めた。これらの法律では、遅くとも2038年までの石炭火力発電の廃止を定めるとともに、解雇せざるを得ない高齢労働者に対して最大5年間の手当を支給することや、石炭火力発電や石炭産業に依存する地域におけるイノベーションやビジネス環境の整備といった雇用創出あるいは経済構造の多様化に資する取り組みに対して、2038年までに総額140億ユーロを拠出することを定めている。

このように、欧州では脱炭素社会への移行を公正に行うための具体的な施策が講じられており、支援対象となる取り組みの種類など、今後、日本政府が公正な移行を検討するうえでの参考となると考えられる。

日本の石炭火力発電所の廃止に関する検討状況と今後の期待

冒頭の通り、日本では菅総理が石炭火力発電に対する政策を抜本的に転換すると言及したところだが、2020年7月から、梶山経済産業大臣の指示の下、「石炭火力検討ワーキンググループ」などで2030年までの非効率石炭火力発電の段階的廃止に向けた新たな規制措置の導入や、早期の廃止を誘導するための仕組みについての検討が行われている。ここでは、地理的な制約や需要構造などにより非効率石炭火力発電に頼らざるを得ない地域や地域経済・雇用、発電事業者への影響を検討事項の一つとして掲げ、電力業界や製造業界の事業者に対し休廃止による経済や地域への影響などに関してヒアリング等を実施しているものの、公正な移行に向けた支援策を提示するには至っていない。

石炭火力発電の段階的廃止には、雇用面や経済面において一定のマイナスの影響を伴う。しかし、政府が適切な施策を講じて移行を公正に進めることができれば、その影響を低減しつつ石炭に依存しない新たな雇用やビジネスを創出することにつながる。むしろ、石炭火力発電の廃止は日本のさらなる経済成長のためのチャンスといえるのではないだろうか。今後、日本政府が廃止に向けた施策をさらに検討していくにあたり、上記のような欧州における取り組みなども参考にしながら、公正な移行に関する具体的な検討が深まっていくことに期待したい

  1. *1Sustainability transitions: policy and practice(欧州環境庁)
  2. *2Just Transition Fund(欧州議会)
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