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企業の脱炭素戦略発信と資金調達の新手法

トランジションファイナンス

2020年12月23日 環境エネルギー第2部 永井 祐介

脱炭素社会の実現には、再生可能エネルギーの導入事業や脱炭素技術の研究開発事業等に莫大な資金が必要となる。近年、こうしたグリーンな事業のための資金調達手法として、グリーンファイナンス(グリーンボンドやグリーンローン)の活用が拡大してきた。そして最近では、事業単体ではなく、脱炭素に向けた企業の移行戦略*1全体に対する資金調達手法として、「トランジション(移行)ファイナンス」が注目されている。

トランジションファイナンスは新しいコンセプトであり、これまでその内容や要件に関する国際的な共通認識がなかった。しかし、この12月9日にICMA*2が「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」というガイダンスを公表したことで、普及に向けた土台が整った。さらに今後、日本国内でも経済産業省が2020年度内にICMAのガイダンスを参考に「トランジションファイナンス基本方針(日本版)」を策定し、2021年度には実証事業や業種別ロードマップ策定等を実施予定である。こうしたルール明確化等を契機に、国内外でトランジションファイナンスの急拡大が予想される。

ICMAのガイダンスはトランジションファイナンスの考え方や、開示推奨事項を示すものであり、移行戦略の策定やトランジションファイナンス検討時に参考になる(ポイントは下表参照)。

また私見だが、同ガイダンスを踏まえると、トランジションファイナンスには「産業や地域の状況も加味した企業の移行戦略」に第三者評価を取得することが可能になる、というメリットがあると考えられる。これは既存の手法にはない特徴である。たとえば従来のグリーンファイナンスでも第三者評価の取得は可能だが、主たる評価対象は資金使途事業であり企業の移行戦略ではない。また、TCFD*3に基づく情報開示は企業の移行戦略を発信するものだが、第三者評価の取得は想定されていない。脱炭素目標を認定する仕組みとしてはSBT*4もあるが、地域の違いを踏まえた移行経路は認められていない。つまり、トランジションファイナンスは企業にとって資金調達の新手法であるだけでなく、移行戦略の社会発信方法の新手法ともいえる。

菅総理の2050年カーボンニュートラル宣言を受け、脱炭素に向けた移行戦略を検討している企業も多い。そうした企業の次の一手として、策定した戦略を効果的に投資家や社会に訴求し、資金調達の選択肢を広げるため、トランジションファイナンスの活用検討も重要ではないか。


ICMAクライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブックのポイント

  • トランジションファイナンスでは、グリーンファイナンスのように調達資金を活用する事業ではなく、脱炭素に向けた企業の移行戦略の信頼性が問われる。
  • 長期目標としてはパリ協定の目標水準に沿う事を求める一方、そこへ到達するまでの移行経路(温室効果ガスの削減経路)については、業界や地域による違いを認めている(これにより、さまざまな企業がトランジションファイナンスを活用可能であることが明確となった)。
  • 移行戦略の実施の透明性を求めており、可能な範囲で設備投資計画等の開示も求めている。
  • トランジションファイナンスの対象事業を定めるものではなく、トランジションファイナンスにおいて開示が推奨される事項を示すものである(開示推奨事項:1.企業の気候変動戦略とガバナンス、2.ビジネスモデルにおける環境重要性、3.「科学に基づく」目標と道筋を含む気候移行戦略、4.実施の透明性)。

  1. *1気候関連リスクに効果的に対処しパリ協定の目標との整合に貢献する方法で、ビジネスモデルを変革するための企業戦略。要約すると、脱炭素社会に向けて自社事業をどのように変えていくかという戦略。
  2. *2International Capital Market Association(国際資本市場協会)。国際債券市場にかかる自主規制団体。債券の発行体や仲介業者、アセットマネージャー、投資家など570以上から構成される。ICMAが公表したグリーンボンド原則やソーシャルボンド原則、サステナビリティ・リンク・ボンド原則等は各ESG債券発行時に開示すべき事項に関するグローバルなデファクトスタンダートとなっている。
  3. *3Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)。企業などに対し、気候変動関連リスクおよび機会に関する項目の開示を推奨している。
  4. *4Science Based Targets(科学に基づく目標)。パリ協定が求める水準と整合した、5年~15年先を目標年とする企業の温室効果ガス排出削減目標およびその認定の仕組み。

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