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ムーンショットが描く2050年の未来像

2020年1月10日 サイエンスソリューション部 小野 耕平

ムーンショットとは

ムーンショット(Moonshot)という言葉をご存知だろうか。その語源は、米国のアポロ計画におけるジョン・F・ケネディ大統領の「1960年代が終わる前に月面に人類を着陸させ、無事に地球に帰還させる」という言葉とされる。

転じて、ムーンショットは、未来社会を展望し、困難な、あるいは莫大な費用がかかるが、実現すれば大きなインパクトをもたらす壮大な目標や挑戦を意味する言葉として使われるようになった。近年では国家だけでなく、Googleなど先進企業においても企業戦略としてムーンショットを発表している。

優れたムーンショットとは

一般的に、優れたムーンショットは、Inspiring(人々を魅了する)、Imaginative(創意にあふれ斬新である)、Credible(信憑性がある)の3つの要素を満たすとされている。

それでは3要素を念頭に次の未来像(ムーンショット)を読んで頂きたい。

  • ロボットと生体組織とを融合したサイボーグ化技術が確立。老化により低下する視聴覚機能や認知運動能力等が補強され、誰もが必要とする能力をいつでも拡張できる。
  • プラスチック代替素材の開発などによりプラスチックごみを地球から根絶するとともに、既に海洋や地表に投棄されたプラスチックごみの自動回収や資源化が実現。
  • 光年単位での宇宙航行における生物学的寿命の延伸が可能となる人工冬眠技術が確立。
  • AIが膨大な実験データ等の中から自律的に仮説を構築し、実験作業等をロボットに自動化させることにより、ノーベル賞級の発見が次々と生み出される。

これらの未来像は、今年7月に「ムーンショット型研究開発制度に係るビジョナリー会議」から2050年頃までに目指す未来像と25のミッション目標例として公表されたムーンショットである*1。一読しただけでは、現在の最先端科学技術が進展していくと想定される延長線上で考えても、SF小説や映画の世界の話だとか、実現されるとしても遥か遠い未来の話だと思われるのではないだろうか。いずれも、Inspiring、かつ、Imaginativeであるが、30年後の未来像ということもあり、Credibleか否かの判断をすることは難しい。今後、実現可能性の根拠を積上げ、時間軸上に落とし込んだマイルストーンを達成しながら信憑性を高めていくことが必要であろう。

いよいよ始まるムーンショット型研究開発

ムーンショット型研究開発制度は、我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を、司令塔たる総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の下、関係省庁(内閣府、文部科学省、経済産業省が中心)が一体となって推進するべく平成30年度に創設された制度である。平成30年度第2次補正予算で5年間に1000億円(文科省800億円、経産省200億円)が計上され、基金運営により最大10年間の支援を可能としている。世界から尊敬・信頼される科学技術立国日本の復活を目指す。

12月17、18日にムーンショット国際シンポジウムが開催された。多くの国内外の政府関係者や有識者が参加し、政府資金によるムーンショット型研究開発の運営・管理・意義や日本に対する期待、7つのWGによるミッション目標の設定など活発な議論がなされた。今後、具体的な研究開発プログラムの組成に向けて、我が国だけでなく人類が目指すべき未来像やその実現に向けて着手可能なミッション目標(ムーンショット)をCSTI本会議にて決定し、プログラム公募が開始される予定である*2

我が国のこれまでの研究開発プログラム制度と比較して本制度のポイントとして、

  • 30年という長期の未来に対する目標設定を起点としたバックキャスティングによるミッション志向型の研究開発であること
  • 基礎研究から応用研究まで複数テーマを採用し競争原理を働かせたポートフォリオによるプロジェクト管理・運営をすること
  • 失敗と途中の成果のスピンアウト/スピンオフを許容すること
  • 研究成果を世界中で共有するためのデータプラットフォームを構築・運営すること
  • 分野横断、あるいは国内外の研究者の多様性を受容すること

など、過去の教訓や知見を多く取り入れた制度設計となっていることが挙げられる。果たして、どのようなムーンショットが設定されるのだろうか、期待は大きい。なお、米国、欧州においても我が国と同様に巨費を投じたハイリスク・ハイリターンな挑戦的研究開発を計画・推進しており、国際連携に対する期待も大きい*3

【目指すべき未来像及び25のミッション目標例】
図1
(出所)「ムーンショット型研究開発並びに各分科会の概要」、内閣府、ムーンショット国際シンポジウムのお知らせ(更新)
(PDF/497KB)

2050年の未来像実現に向けて

前述のとおり、制度設計は過去に例がないほど壮大で多くの期待を抱かせるものである。あとは、課題先進国としての日本の覚悟と実行力が問われることになる。これまでの国や企業の研究開発プログラムの結果、ノーベル賞受賞などの基礎研究の萌芽や事業化により経済的な利益を生み出す成果を挙げると同時に、研究開発における失敗から反省し学んでいくことなど、研究開発プログラムを推進する上での膨大な知見と教訓が我が国の財産として蓄積されているはずである。

これらの財産を本制度のプログラムマネジメントにも活かし、自然科学、社会科学、人文科学などの分野横断・融合、産学官・国際連携の下で”One Team”となり、社会受容性を高めながら人材育成も推進していくことが必要となるであろう。我々も一助となり、世界中の多くの人々の幸福のために持続的に科学技術を発展させることで、2050年までに多様な価値観を包含できる真のイノベーションが一つでも多く創出されることを切に願うものである。

  1. *1「ムーンショット型研究開発制度が目指す未来像及びその実現に向けた野心的な目標について(案)」、令和元年7月31日、第4回ムーンショット型研究開発に係るビジョナリー会議
    (※)3つの領域、13のビジョン、25のミッション目標例がある。その他のミッション目標例についても本資料を参照願いたい。
    (PDF/478KB)
  2. *2「ムーンショット型研究開発制度」、内閣府ウェブサイト
  3. *3例えば、全米科学財団(National Science Foundation ; NSF)では、未来に向けて投資すべき10の研究領域(21世紀の科学・工学のためのデータ革命の活用、人間と技術のフロンティアにおける未来の仕事、量子飛躍、宇宙の窓、生命法則の理解、新たな北極海の航海など)を設定した、”10 Big Ideas”という研究開発プログラムが2017年から開始され、2019年度は3.43億米ドルが予算化されている。
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