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スーパーコンピュータ「富岳」を活用した大規模流体解析

SC20を終えて

2020年12月14日 サイエンスソリューション部 山出 吉伸

SC20とスーパーコンピュータ「富岳」

今年の11月16日から11月19日にかけてオンラインで開催された、高性能計算に関する国際会議「International Conference for High Performance Computing, Networking, Storage, and Analysis(SC20)」において、我が国で開発されたスーパーコンピュータ「富岳」が、スーパーコンピュータの性能ランキング(top500)において、442 PFLOPSを達成し世界1位を獲得した。今年6月の世界1位に続く快挙である。さらに「富岳」は、流体解析や構造解析といった連続体系のアプリケーションの計算性能に対応するランキング(HPCG)、ビッグデータの解析に用いられる大規模グラフ解析の計算性能に対応するランキング(Graph500)および人工知能処理速度に対応するランキング(HPL-AI)においても世界1位を獲得し4冠を達成した。これらは、「富岳」が幅広い分野において高い性能を有することを意味しており、今後は多くの分野において、「富岳」を用いた成果創出が期待される。

流体解析コードFrontFlow/blue

筆者は、乱流の高精度予測を最大の特長とし、大規模計算機で動作する流体解析コードFrontFlow/blue(FFB)の開発・実証に携わってきた。FFBでは乱流中に存在する微小な渦の運動を直接計算することにより乱流の高精度予測を実現し、車体から発生する騒音の大きさや船体の推進抵抗を実験と同じ精度で予測できることを示し、その有用性を実証してきた。船の周りの水の流れや、車の周りの空気の流れといった、我々が普段目にする工業製品の周りの流れは多くの場合、乱流状態にある。乱流中に存在する渦のサイズは物体近傍で特に小さくなり、FFBはこの小さな渦の動きを正確に計算することにより乱流の高精度予測を実現する。時速30キロメートルで走行する車体の周りの流れを例にとると、車体近傍の渦のサイズはおよそ1ミリメートル程度となる。流体解析では、解析対象の空間を計算格子に分けて、各計算格子における流れの量(速度や圧力)を計算する。1ミリメートルサイズの渦の運動を計算するためには、このサイズ以下の計算格子を使用し、これを数メートル規模の解析対象の空間に配置する必要があるため、数百億規模の計算格子が必要となる。上記のような大規模計算を実現するためにはスーパーコンピュータの利用が不可欠である。これまでスーパーコンピュータ「京」を用いて、数百億の計算格子を用いた大規模流体解析を実施し、風洞試験や水槽試験を代替しうることが確認されてきたが、計算時間が長くなることが実用化のための大きなハードルとなっていた。FFBは文部科学省「ポスト「京」で重点的に取り組むべき社会的・科学的課題に関するアプリケーション開発・研究開発」プロジェクト(2014年~2019年)のもと、富岳で高速に動作させることを目的に東京大学生産技術研究所が理化学研究所と連携してコードの高速化技術を開発してきた。開発された高速化技術は、2019年度より「富岳」試作機を用いて検証が進められた。

ゴードンベル賞

コードの高速化技術の開発の成果、および「富岳」での性能測定の結果をSC20で発表されるゴードンベル賞に投稿し、最終候補に選出された。ゴードンベル賞は、科学計算分野で最も顕著な成果を創出した研究論文に与えられる賞である。2020年、ゴードンベル賞の最終候補に選出された論文は6本であった。FFBに関する論文のタイトルは「Toward Realization of Numerical Towing-Tank Tests by Wall-Resolved Large Eddy Simulation based on 32 Billion Grid Finite-Element Computation」(東京大学、みずほ情報総研、理化学研究所、日本造船技術センター)である。この論文では、開発した高速化技術を実装したコードを「富岳」に適用することにより、「京」と比較し70倍の高速計算を実現した。曳航水槽を代替するための船体抵抗を予測するための計算時間は、「京」を用いた場合、約二日間要していたが、「富岳」を用いれば37分で終了する見通しがつき、これにより数値計算による曳航水槽の代替の実用化が可能であることを実証したものである。この論文に加え、富岳を用いた研究として、気象予測に関する論文が選出されている。候補論文6本のうち、富岳を用いた論文が2本であったが、残る4本は、富岳につぐ計算性能を有するスーパーコンピュータSUMMIT(米国)を用いた論文であり、量子化学系が2本、ビッグデータ系が2本というラインナップであった。受賞論文は「Pushing the Limit of Molecular Dynamics with Ab Initio Accuracy to 100 Million Atoms with Machine Learning」(カリフォルニア大学等)である。第一原理計算では計算量の点から原子数の多い大きな分子の挙動の計算は困難で、これまでは数千原子程度が限界であったが、この研究では機械学習を組み合わせることで第一原理計算と同等の精度で1億原子規模が可能となった。

今後

残念ながら、ゴードンベル賞の受賞には至らなかったが、受賞を目指しさらなる高速化に取り組んだことにより、FFBの開発の加速につながった。ゴードンベル賞の候補論文に選出されたとの通知は2020年5月に受けたが、この時点より、8月の最終論文提出、11月のプレゼンテーションに向けて、FFBの研究チームではコードのさらなる高速化に取り組んだ。最終論文提出時の実行性能は16.7 PFLOPS*1であったが、プレゼンテーション時点では22.6 PFLOPSまで向上することができた。この性能は流体解析や構造解析といった連続体系のアプリケーションの性能を評価するためのHPCGランキングにおいて「富岳」が達成した計算性能16.00 PFLOPS(2位のSUMMITは2.93 PFLOPS)を上回る性能(ただしHPCGは倍精度計算、FFBは単精度計算)である。FFB開発の最終目的は、乱流の高精度予測技術を産業界に適用し、その有用性を実証し、モノづくりの高度化に貢献することにあると考えている。本当の意味での成果創出の正念場は、「富岳」の本格運用が始まるこれからである。現在、ターボ機械、船舶、車等の分野で実証の準備が進められている。筆者もその一助を担うことができれば幸いである。

  1. *1富岳共用前評価環境における評価結果は、スーパーコンピュータ『富岳』の共用開始時の性能・電力等の結果を保証するものではない。
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