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「子ども食堂」と企業(4)―地域の未来を、ともに考える―

2020年2月5日 社会政策コンサルティング部 齊堂 美由季

本コラムでは、様々な形で子ども食堂の支援に取り組む民間企業の事例と、そこに掛ける企業の思いを紹介する。全4回のコラムの中で、「子ども食堂との関わりを通じて、企業が得られるものとは何か?」という問の答えを探っていく。

第4回(最終回)の本稿では、地域の未来を見据えて、子ども食堂支援を含めた「地域づくり」に取り組む企業を紹介する。

1. 毎日行ける居場所をつくる ―長野県の事例―

長野県南部、中央アルプスと南アルプスに挟まれた伊那谷と呼ばれる地域のほぼ中央に、松川町(まつかわまち)は位置している。100年以上のくだもの栽培の歴史を持ち、りんご、梨、もも、ぶどうなど、四季折々のくだものが名産品だ。ここには、子どもも大人もいつでも集まれる場所がある。NPO法人Hugが運営する、常設の居場所づくりの場だ。

鉄筋コンクリート造の外装に木を施した2階建ての大きな家屋に入ると、木材をふんだんに使った内装やデザイン家具が目に入る。キッズスペースや授乳・お昼寝スペースも用意され、子ども連れでもゆったりできる空間だ。日中は有料のカフェを営業しながら、毎週水曜夜には子ども無料、大人200円の子ども食堂「こどもカフェHug」が開催されている。また、併設のフリースペースは平日15時半~20時まで学習や交流の場として、子どもから大人まで誰でも無料で利用できる。

図1
日中運営しているカフェの店内(写真はプレオープン時)


図2
ランチメニューのひとつ。長野県の郷土料理が楽しめる。


NPO法人Hug代表の篠田さんは、かつて県外の通信制高校の教諭として様々な事情を抱えた生徒に向き合ってきた。そして、より早い段階から子どもたちの支援に取り組もうと、6年ほどの準備期間を経て、地元松川町で2017年にHugを立ち上げた。活動を続ける中で、地域の主婦や退職教員、高校生等のボランティアにも恵まれ、居場所づくりに加えて食事を提供し始めたことが、子ども食堂の活動にもつながった。子どもに限らず、地域とのつながりが必要な人を支える「いつでも誰でも行ける居場所」が、篠田さんのめざすところだという。

2. 農業による地域貢献

この地域でHugの活動を支えるのが、竹村工業株式会社だ。竹村工業は木毛セメント板と呼ばれる建築資材を生産するメーカーで、松川町の地元企業である。

実はNPO法人Hugの運営する施設は、竹村工業の製品実験棟を改装したものだ。2階建の広い家屋の1階部分を無償でHugに貸している。さらに、米や野菜、果物、味噌や蜂蜜など、様々な食材も寄付しているという。これらの食材も竹村工業の社員が作ったものだという。建築資材メーカーである同社が野菜や味噌を作っていたことは意外だったが、同社が農作物を作っているのはHugへの支援だけを目的としているものではなかった。背景には、同社特別顧問の竹村さんの松川町の将来への考えがあった。

東日本大震災における福島第一原子力発電所の事故による甚大な被害を目のあたりにして、同社は脱原発の一助として再生可能エネルギー事業の普及を目指し、大規模太陽光発電システム(メガソーラー)の設置に乗り出した。事業開始当時は太陽光発電による電気の買取価格が高額であったため、メガソーラー事業は大きな利益を生んだ。その利益を地域に還元するために始めたのが、農業だった。松川町では、後継者不足などの理由で休業する生産者が多かったため、田んぼや果樹園などの遊休農地を借りて、農業を始めたのだ。借り受けた農地は140箇所、広さにして14ヘクタールに及ぶ。

当初は、同社でも農業は遊休農地の有効活用による「自給自足」を目的にした活動としており、収穫物は社員で分け合っていた。しかし、より必要とする方への寄付をと考え、教育委員会などと相談した上で、小・中学生がいる困窮家庭に米を寄付することにした。このような活動を通じ、町役場からの紹介を受けてHugの活動も知り、食料の寄付や会場の提供、建物のリフォームなど、現在まで様々支援を行ってきた。

図3
広々とした二階建ての製品実験棟。Hugは1階スペースで活動している。


3.地域とともに生きる企業

竹村工業はもう一つ大きなプロジェクトとして、Hugにほど近い場所に、子育て世代向け賃貸住宅の建設を進めている。家族構成に合わせて部屋数を後から変更することができ、ストレッチャーも入れられる、子どもから高齢者まで安心して暮らせるマンションだ。子育て中の家族には、子ども1人につき家賃1万5千円引きで貸し出す予定である。

目指すのは「小学校の子どもを増やすこと」だ。人口減少が続く松川町に町外の子育て世帯を呼び込み、町の活性化に繋げたいという。

民間企業による未来を見据えた「地域づくり」としては、大きな投資にも見える。ただ、同社の竹村さんは以下のように考えている。

「メガソーラーで得た利益は、自分たちの努力の成果ではなく、運のようなもの。それを自分たちのためだけに使う道理はない。『利益をどう社会に還元するか』を考えるのが基本です。社員も、利益が経営者の贅沢に使われるより、自分たちが住む町のために使われた方が、会社を誇りに思ってくれるでしょう。」

地元で生まれ育ち、社員も多くが地元か近隣地域から通っている企業ならではの精神だろう。

同時に、地域に根ざした中小企業ならではの生存戦略の側面も感じる。竹村工業はメガソーラーだけでなく、建築資材メーカーとして確かな収益基盤を持っている。しかし、企業が収益を上げていても、町全体が衰退すれば雇用は減る。若者や子どもが出て行けば、次第に人材確保もままならなくなる。既に全国の人口減少地域で起こっている現実である。

竹村工業はHugへの支援に限らず様々な地域貢献を行っているが、地域と企業の将来が密接にかかわっていることを踏まえると、持続可能な経営戦略としての合理性も見えてくる。

竹村さんに子ども食堂の支援で、心配していることを尋ねると、「(Hugの篠田さんが)働きすぎて倒れないかが心配。」と笑いながら、何があっても竹村工業があると思って、頼って欲しいと話してくれた。

4. 企業にとっての、子ども食堂の意味

本稿では、子ども食堂に限らず、地域全体に対して大きな投資を行う企業の姿をご紹介した。もちろん、すべての企業が同様の支援を行えるわけではないだろう。本連載で紹介してきた企業には、それぞれに工夫を凝らした支援の形があった。規模も業種もばらばらだが、共通するのは「地域の子どもの成長を支えたい」という思いだ。きっかけは、人としての素朴な善意であるかもしれない。同時に、活動基盤である地域が地盤沈下すれば、企業として成り立たないという危機感でもあるだろう。

近年、地域の人間関係の希薄化が叫ばれて久しく、自治会などの自治組織の衰退も全国的に進んでいる。一方で、子ども食堂は、ここ数年で爆発的な広がりを見せている。子ども食堂をはじめた自治会が、再び活発化した事例もあると聞く。「めんどうなもの」と敬遠されがちな地域活動だが、「地域の子どものため」という目的が大きな力になっているようだ。

子ども食堂は、理念や運営形態などがそれぞれ異なる。多様な子ども食堂に対して、支援の仕方も多様である。資金を提供する、食材を寄付する、会場や食材の保管場所を貸す、一緒にイベントを企画する、企業仲間に声をかけて支援を広げる。連載の中では、資金や人手をそれほど割かない支援の事例もあったと思う。小さな一歩から始まる子ども食堂との関係が、あなたの企業が根差す地域を、輝かせることになるかもしれない。

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